フォルクスワーゲンとIGメタル、「5000×5000」協約モデルで合意

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年12月

ドイツの自動車大手フォルクスワーゲン(VW)社は、1993年の経営難に際して、賃金カットと週休3日制による雇用確保を実施する等、労働時間を含む雇用政策ではドイツ企業の中で先進的なモデルを提供してきたが、今回、失業者5000人を一律に月収5000マルクの賃金で雇用する新たな協約モデル(「5000×5000」協約モデル)を提言し、IGメタルとの間で通常の企業協約とは別個の賃金協約の締結を目指して交渉を行ってきた(注1)。この提言は、労働時間の弾力化等を含む革新的な構想として注目を集めたが、交渉は2001年6月に一旦はIGメタルの反対で挫折した。しかしその後、シュレーダー首相のVW社とIGメタル双方に対する強力な働きかけもあり、交渉は再開され、8月28日に交渉が妥結して賃金協約の締結に達した。

以下、VW社の基本構想、交渉の経過の概略、締結された賃金協約の要点、各界の反応を記する。

(1) 基本構想

ドイツの自動車業界における製造コストをチェコやポルトガルと同等の水準に押え、国際競争力に耐えうる企業立地条件の改善を図る戦略が背景にある。同時に、新たな雇用を創出して失業者を雇用することを企図しており、VW社が新たに設立する子会社で、資格付与のための職業訓練教育を継続的に施しつつ、新モデル車製造のために失業者を一律に月収5000マルクの賃金で5000人雇用する。このため独自の賃金協約を締結し、製造については受注との関係で決定される製造台数等の目標を定め、製造目標の達成については自己責任の原則を取り入れ、この原則により雇用者の労働時間に通常の賃金協約とは異なる弾力性を持たせる。つまり、目標製造台数の不達成又は製品の欠陥については、雇用者の自己責任で土曜労働を含む超過労働による労働時間の増加を認め、場合によっては法定労働時間(週60時間)の範囲内で時間増加を認めて目標達成を図る。このような方法により、通常の賃金協約のもつ労働時間の硬直性を打破し、かつ、他の部署で雇用を削減することなく新規の雇用を創出することができ、製造コストの削減による国際競争力の強化も図れることになる。

(2) 交渉の経過

このような基本構想の下に、VW社はIGメタルに、まずニーダーザクセン州ヴォルフスブルグでミニバン製造のために失業者3500人、次いで州都ハノーバーでマイクロバス製造のために失業者1500人を新規に雇用し、賃金は一律に基本給としての月収3500マルクとボーナス500マルクとする賃金協約の締結を提言した。労働時間に関しては、金属業界の産別協約が週平均35時間であるのに対して、職業訓練教育の時間も含めて週48時間までを自己責任で認めるとされた。

これに対して、IGメタルは主に3点について反対した。まず、提示された賃金が、通常のVW社との企業協約の水準を週35時間労働に換算して40%下回ることに異議を唱え、次に労働時間について、金属業界の週平均35時間を超えることに強く反対し、職業訓練教育を含めた週35時間を主張した。さらに、製造目標台数不達成や欠陥についての雇用者の自己責任による超過労働については、企業側の負担すべき危険がすべて雇用者に転化されることを強く批判した。すなわち、今日一般に通用している労働契約に対して、請負契約では一定の報酬に対して労働者が一定台数の自動車を製造・供給し、その際労働者がすべての製造、品質、部品供給等の危険を負担せねばならないが、VW社の提言は、一般の労働契約に替わってこの請負契約を復活させるものだと批判した。

その後、VW社側は労働時間を週35時間とし、これに資格付与の職業訓練教育を加えて週42.5時間とし、ただ、この7.5時間の超過部分には目標達成に至らない場合の超過労働時間が含まれるとの妥協案を提示した。一方IGメタルも、職業訓練教育の一部は労働時間週35時間の枠外とすると譲歩を示した。しかし、ツビッケルIGメタル委員長が最終段階で、雇用の新規創出には賛成するが、VW社の条件が、賃金、労働時間のいずれにおいても金属業界の産別協約の水準を下回るとの理由で反対し、結局妥協が得られず、6回に及んだ交渉は6月25日に一旦決裂した。

しかしその後VW社は、他の部署の雇用を削減して、すでに準備されたヴォルフスブルグでのミニバン製造を行うと表明し、他方、VW社の経営協議会(事業所委員会)からはツビッケル委員長に対する批判が起こり、また、VW社の大株主であるニーダーザクセン州(同州はVW社の株式約20%を保有する最大株主)のジーグマール・ガブリエル首相は双方に交渉の再開を呼びかけた。さらに、前同州首相でVW社の監査役会委員として強い影響力をもっていたシュレーダー首相が、VW社とIGメタル双方に合意に努めるように強力な働きかけを行い、8月になって交渉が再開した。そしてVW社が、基本構想は維持しながらも、労働時間については労働時間口座(貯蓄)を利用する等、IGメタルが反対した主要な3点に対して一定の妥協を示し、8月28日に交渉が妥結して賃金協約が締結された。

(3) 賃金協約の要点

産別協約の下の硬直した労働時間(金属業界のみならず、ドイツの産別協約一般について指摘される)に弾力性を付与することを中心とする妥結内容は、概略以下のとおりである。

  1. VW社は、子会社「自動車5000有限会社」を設立して、ヴォルフスブルグで失業者3500人、ハノーバーで失業者1500人を雇用し、この子会社はVW社の企業協約に拘束されず、新たに成立した賃金協約に従って律せられる。ヴォルフスブルグの操業は2002年秋に開始される。
  2. 新賃金協約は9月25日に施行され、有効期間は3年6カ月とする。
  3. 雇用される失業者は公共職業安定所で選出され、まず職業訓練教育が施され、週平均3時間がこれに当てられる。その時間の半分は有給となる。
  4. 労働時間は、事業所で製造に携わる労働時間は原則として週平均35時間とするが、さらに土曜勤務を加えて週42時間まで増加しうる。この超過部分は労働時間口座(貯蓄)に積み立て、最高200時間までの積み立てが可能になる(200時間に達するまで超過労働が可能)。さらに、受注によって決定される目標製造台数を達成できないか製品に欠陥が存在する等、製造目標が達成されない場合は、雇用者の自己責任で労働時間をさらに増加して目標達成が図られる。この場合、VW社によると、受注が少ない場合は同一の賃金で労働時間が少なくなり、会社が明らかに負担すべき欠陥については、雇用者に自己責任が及ばないようにより明確に規定するから、不都合はないとされる。
  5. 賃金は、一律に月額で基本給4500マルクとボーナス500マルクの合計5000マルクとするが、個人の業績に応じて業績給が支給される。さらに、会社の利益が増大した場合、雇用者にも利益の分配にあずかる特典が与えられる。それと同時に、賃金がニーダーザクセン州の産別協約の水準を下回らないこと(2002年の賃金協約交渉以後も)が保証される。

(4) 各界の反応

紆余曲折を経て成立したVW社の新たな賃金協約は、企業よりのドイツ経済研究所(IW)等、学界の一部から当初のVW社の構想から一歩後退したとの評価はあるものの、失業者の雇用創出にも役立つ新たな協約モデルとして、概ね歓迎されている。

労働側では、産別労組や経営協議会が、産別協約が骨抜きにされるのではないかとの懸念をもって交渉の行方に注目していたが、ハインツ・プツハマー労働総同盟(DGB)幹部会委員は、その懸念はなくなったと安堵感を表明している。また、特に同業の自動車業界からは、フォード社の従業員を代表するディーター・ヒンケル総経営協議会委員長が、VW社の同僚諸君に祝意を表したいと述べている。

経営側では、使用者連盟(BDA)のラインハルト・ギョーナー代表業務執行理事は、VW社の協約モデルはドイツ産業界に積極的影響力をもった革新的なものだと述べ、特に労働時間口座(貯蓄)の利用で200時間までの超過労働を可能にしたことは、労働時間に高度の弾力性をもたらすと称賛している。また同理事は、製造のための週35時間労働に、資格付与のための職業訓練教育が週3時間加わったことで、実質週38時間となり、通常の労働時間の延長に道が開かれたことも評価している。

他方、VW社とIGメタル双方に影響力を行使したシュレーダー首相は、新協約モデルを称賛し、他の産業の協約当事者にもVW社とIGメタルのモデルに従うように呼びかけた。同首相は、労働時間の弾力化、雇用者の資格付与のための職業訓練教育、使用者団体と労組が責任ある賃金水準の土壌を形成すること、の3者が相俟って、新たな雇用創出の正しい道が形成されると述べている。

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