同時多発テロで高まる雇用不安

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年12月

2001年9月11日の同時多発テロは、ニューヨーク金融街の機能を麻痺させ、航空業界、ホテル業、航空機製造業など、多くの産業に打撃を与えた。景気後退がほぼ決定的になり、失業率の上昇が予想されている。しかし、連邦準備理事会による利下げなどが功を奏し、懸念された株価下落幅は、ほぼ予想の範囲内に収まった。ただしテロの影響は、数字には表れていないものまで広範にわたる。メキシコからの移民受け入れ拡大に向けた政府間交渉は、もはや検討課題から大きく後退し、政府、民間ともテロ対策に多くの時間と費用を割かれ、将来への不安に対処することを余儀なくされている。

多くの組合員をテロで失った労組は、何百万ドルもの募金を犠牲者や遺族に送った。好景気の中で労組は組織化に力を傾注してきたが、今後は失業者支援に積極的に乗りだすことになる。

産業別人員削減

同時ハイジャック以後、旅客減少が続いている航空業界では、航空各社が人員削減を発表し、アメリカン航空3万人、デルタ航空2万人など、10月初めまでに業界で約8万人に達している。50億ドルの無償援助、100億ドルの貸付債務保証などを定めた航空救済法が成立したが、犠牲者への補償を政府が行うなど航空会社の支援が中心で、同業界の労働者への支援策は、ほとんど含まれていない。アメリカ労働総同盟産別会議(AFL-CIO)は、これを批判している。

凶器の機内持ち込みを許した空港の杜撰な警備体制について、労働者の資質を高める必要性が論議されている。各航空会社は手荷物検査業務を外注しているが、空港手荷物検査係には、低賃金、最低限の給付を受ける未熟練労働者が多く、業務上のストレスが高いため転職率も高い。手荷物検査の不備は以前からマスコミで指摘されていたが、最大手の空港警備保障会社アージェンブライト・セキュリティ社が、犯罪歴を十分に確かめずに応募者を採用していたことも明らかになった。今後の対策として、議会では、連邦政府職員が手荷物検査業務を行うように求める動きがある。しかし政府職員の労組組織率が高いため、労組の勢力拡大につながりかねない提案に政府・共和党は消極的で、政府は、手荷物検査係を連邦職員にせずに、検査係の採用および検査係が満たすべき職業訓練基準の策定に連邦政府が責任を持つことを提案した。

レンタカー業界などの観光業界も不振で、中でもホテル業で人員削減が進んでいる。特に高級ホテルの客室稼働率の落ち込みが目立つ。シェラトンホテルなどを運営するスターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイド社は従業員の23%(約1万2000人のフルタイム従業員)削減を発表、MGMミラージュ社はラスベガスで2000人以上の人員削減、マリオット・インターナショナル社は各ホテルで人員削減を進めるとともに、本社の約10%の人員削減を発表した。国際ホテル・レストラン労組によると、同組合員のうち、ワシントン特別区では6割、サンフランシスコでは3割が人員削減されている。同労組は、ホテル産業と協力して議会に対するロビー活動を行い同産業と労働者への資金援助を働きかけている。労組は特に失業者の医療保険の継続を求めている。

航空機製造では、ボーイング社が3万人の人員削減を発表したほか、ゼネラルエレクトリック(GE)社が2002年初めまでに航空機エンジン部門の4000人削減を発表している。航空機用電子部品製造のロックウェル・コリンズ社も従業員の15%にあたる2600人の削減を発表した。ボーイング社民間航空機部門2万人のエンジニアが所属する労組(SPEEA)は、同労組組合員に、一時解雇されるエンジニア支援のために募金するよう求めている。

IT関連部門の低迷も続いている。電気通信部門では、光ファイバー製造のコーニング社が4000人の追加削減を発表。半導体大手のAMD社は、テキサス州の2工場閉鎖、2002年6月までに全世界で2300人の削減方針(全従業員の15%)を発表し、インターネット電話のクラレント社は従業員の50%にあたる350人を削減すると発表した。

テロ被害を直接受けた金融部門でも人員削減が始まり、モルガン・スタンレー社が投資銀行部門で200人の人員削減、チャールズ・シュワブ社が2001年中に5000人以上削減するとしている。

9月の人員削減は過去最高

再就職斡旋を行うチャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス社によると、2001年9月の人員削減数は24万8000人で、前年同月比で5倍、同社が統計を取り始めた1989年以来、最多の数字であった2001年7月の20万6000人をも大きく上回った。

一方、2001年10月5日に発表された労働省雇用統計には、統計集計時点の関係でテロの影響はほとんど反映されていない。しかし、非農業部門の雇用者数は19万9000人減少(91年2月以来最大の減少幅)した。3月以来、雇用者数の純減は計50万人近くに達している。そのうち、製造業で9万3000人減、サービス部門で10万2000人減となっており、製造業では14カ月連続で減少している。なお9月の失業率は前月と同じ4.9%であった。

政府の失業者支援策

ブッシュ大統領は10月4日、失業者支援策政府案を発表した。①テロ事件以降、失業率が30%以上上昇した州を対象に、失業保険給付期間を26週から39週にする。ただし、ニューヨーク州のようにテロの影響を直接受けた州を大統領が指定した場合、給付期間は失業率にかかわらず39週となる。②失業者の医療保険の継続、所得保障、職業訓練を行うための30億ドルを特別緊急助成金として州に拠出する。③連邦プログラムで既に用意されている職業訓練、職探し、職業紹介のための予算60億ドルを失業者が活用するよう促す。④低所得失業者の医療保険購入を州が援助するため、低所得家庭の子供を対象にした医療プログラムで生じている黒字110億ドルを転用する。

この案に対し、リベラル派グループや民主党議員から、支援規模が不十分との批判がある。特に、プログラムが本来助けようとしている子供から資金を取り上げ、失業した大人のために使う④に最も厳しい批判が寄せられている。

雇用者の医療費負担増加へ

医療費の高騰が進む中、景気減速とテロの影響で使用者は医療費負担の削減を迫られている。医療費は、1990年半ばの5年間は安定していたが、その後の3年間に顕著に増加した。さらに人手不足が続いた労働市場で、有能な労働者採用と確保のために医療給付の提供が盛んに行われた。

近年、使用者は値上がりの続く処方箋薬にかかる費用を削減するため、医療保険における雇用者負担を高めていたが、今後は他の費目についても雇用者負担が増すと予想される。無党派の医療 制度変革研究センターのポール・ギンスバーク氏は、とりわけ医療保険料が2割、3割、あるいはそれ以上上昇する中小企業労働者の中には、追加負担をする余裕がなく、自身と家族の医療保険を解約する人がでてくると予測する。

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