政府諮問委員会、年間5万人の移民受け入れを答申

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年10月

ドイツでは、 2000年2月のシュレーダー首相のIT技術者へのグリーンカード発行容認発言(本誌2000年5月号参照)以来、 単にIT部門のみならず他の専門領域においても専門労働力を導入すべきことが、 主に経済界から強く要請されていた。 だが、 政府、 与野党間では、 この問題は移民法改正の枠内でもっと包括的に処理する必要があるとの声が強かったことから、 オットー・シリー連邦内相は2000年7月に、 高名な女性法学者で前連邦議会議長のリタ・ジュースムート氏(キリスト教民主同盟CDU所属)を委員長とする諮問委員会を設け、 移民法改正に係る包括的な建議の取りまとめを要請した。 その後、 政党では緑の党やキリスト教社会同盟(CSU)が独自の提言を行っていたが、 諮問委員会からは2001年7月4日、 同委員長名の答申案が政府に提出された。

ジュースムート委員会は21人の専門家で構成され、 その323頁にわたる答申案では、 移民を認める外国人グループを、 移民側のイニシアティブによるいわば供給サイドのグループとドイツの労働市場の需要(企業側のイニシアティブ)によるグループに大きく分け、これをさらに各3グループに分けて合計6つのグループとし、 それぞれの要件を定めて、 まず全体として年間5万人の移民導入枠を設定することを要請している。 その際、 グループによっては、 移民先進国であるカナダやオーストラリアで採用されているような評価制度を採用して、 評価基準に達した者を移民として認める等内容は詳細にわたるが、 その要点は以下の通りである。

答申案のポイント

(1) 移民側のイニシアティブによるグループ

第一は、 高学歴で職業資格を有する若年者で、 初年度は2万人の人数枠を設け、 これを評価制度を通して受け入れ、 このグループには最初から移民として永住権を認める。 評価制度では、 移民希望者がドイツ社会や労働市場で統合され得る能力を問うが、 評価基準としてはドイツ語能力、 資格、 職業経験、 家族関係、 年齢等が問題になる。 毎年設定される人数枠(初めは上述のごとく2万人)ごとに、 評価基準をクリアしたものが移民として認められるが、 最低基準に達しない者が多い場合は、 人数枠に満たなくても基準に達している者しか移民として認めない。

第二と第三のグループは外国人学生と外国人起業家であり、 これには初年度の人数枠は設定されておらず、 今後の移民としての可能性を認めるものである。 外国人学生については、 従来卒業後のドイツでの就業に対してIT部門等職種による限定があったが、 この限定を外してドイツの大学過程終了と同時に一定の滞在期間を設定してドイツで就業することを認める。 外国人起業家については、 起業プラン等一定の要件を満たせば、 初めから移民として永住権が認められる。

(2) 労働市場の需要によるグループ

第一は、 ドイツで職業教育を受ける若年労働者で、 初年度の人数枠は1万人である。 このグループには、 職業教育修了後、 評価制度を通して永住権の獲得が認められる。

第二は、 「不足労働力」と呼ばれるグループで、 これはドイツで労働力が不足する職種において、 企業が、 特にEU諸国の外からも、 外国人労働者を採用することを可能にするものであり、 初年度は2万人の人数枠を設定している。 職種については、 外国人の労働力を不当に低い賃金で利用する弊害を防止するために、 あらかじめ定められることになっている。 また、 労働力の不足する職種では、 優先権を有するドイツ人労働力を就業させ得ないことの証明が企業側に必要だが、 企業がこの職種の平均年間収入の15%の保証料を提供することによって、 従来必要とされた証明に変え得ることも提言されている。 このグループの滞在期間は5年に限定されるが、 このグループにも、 評価制度を通して永住権を獲得する道が開かれる。

第三は、 経済部門と学術研究の一流の学識者で、 人数枠はなく、 このグループは一定額の年収のような基準で選別され、 永住権が認められる。 このグループの家族には、 ドイツで直ちに就業する可能性も付与される。

この他、 ジュースムート答申案では、 移民に同伴する家族の年齢制限について、 その制限を従来の16歳から18歳に緩和することを提言している。 また、 移民の問題と関連して常に論議される基本法(憲法)上の庇護権(Asylrecht)と難民問題については、 移民に消極的な野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)がこれを制限的に解釈し、 特に保守的なCSUは長期的には移民を制限するために基本法を改正すべきだとしている。 これに対して答申案は、 基本法上の庇護権の廃止にも制限にも反対し、 また、 庇護権の審査手続きの迅速化と国家以外から迫害を受けた者(適例として、 国際的に批判されるイスラム諸国での女性の性器切除手術の慣行に関し、 これらの女性を保護すること等)に対する庇護権容認を要請している。

概略以上のような答申をなすに当たり、 ジュースムート委員会は、 人口統計学的にドイツの人口が現在の8200万人から2050年には5900万人に減少すると見積もっており(現在の出生率と海外移住、 国内への移民がないことを前提とする)、 そのためドイツの繁栄と未来を守るためには外国の労働力の導入が是非とも必要だとしており、 答申案に盛られた移民法の改正によって、 人口減少を増加には転じることはできないまでも、 くい止めることはできるとしている。

答申案への各界の反応

このようなジュースムート答申案に対して、 2002年秋の連邦議会選挙を控えてのそれぞれの思惑も手伝い、 政府、 与野党、 経済界、 労働組合等からは以下のような反応が出ている。

最大野党CDU・CSUは、 ドイツ社会の高齢化等の人口統計学的理由による移民の必要性に反対しており、 ドイツ社会の無制限な移民受け入れ能力を否定し、 移民政策の中核はそれをいかに制限すべきであるかだとして、 全体として答申案の内容に反対している。 ここから移民に同伴する家族についても年齢制限を強化すべきで、 現在の16歳から10歳に引き下げるべきだと主張している。 また、 現在の高失業率のもとで、 「不足労働力」をドイツに導入することについて反対し、 職業教育の枠についても、 ドイツ国内の職業教育強化を優先すべきだとしている。 さらに、 庇護権に関しても制限強化を主張し、 いかなる拡大解釈による難民保護にも反対し、 国家以外からの迫害を庇護権保護事由に加えることについても反対している。

経済界は、 もともと移民政策を推進することを強く主張していたが、 今回のジュースムート答申案を即座に実現すべきことを4大使用者団体が共同声明で要望している。 経済界は、 高失業率は移民政策を推進することの反対理由にはならないとし、 むしろ答申案の実現はドイツの企業立地条件の改善にも有益だとし、 答申案に盛られている移民統合のための諸施策に進んで協力する用意があることを表明している。

労働組合は、 始めは「不足労働力」の移民枠を認めて外国人労働力を導入すると、 不当に安い賃金で外国人がドイツ企業に雇用される危険があると難色を示していたが、 答申案発表後は、 むしろ早急に実現すべきだとして、 支持を表明している。 また、 教会関係者も答申案に賛成している。

政府・連立与党については、 ジュースムート委員会の答申を待ってシリー内相が独自の対案を発表することになっているが、 従来国家以外の者の迫害を庇護権保護事由と認めるか等につき、 賛成派の緑の党・社会民主党(SPD)の多数議員とSPD執行部の不一致があった。 しかし発表された答申案の内容には概ね賛成のようで、 移民に同伴する家族の年齢制限の緩和にも賛成している(もっとも緑の党は、 年齢制限を18歳からさらに21歳まで引き上げ、 緩和をさらに進めるべきだとしている)。

シュレーダー首相のIT技術者へのグリーンカード発行発言をきっかけとして、 経済界の強い要望でドイツの将来の労働力をめぐって包括的な移民法の改正にまで議論が進展した。 これに憲法問題も絡んで、 保守派のCSUの政治的立場からの発言もあり、 ホットな論戦が展開され、 さらに大量失業下に外国人労働力を移民として導入することの是非が議論され、 来年の総選挙に対する思惑も絡んで議論を複雑化させた。 しかし、 前SPD党首ハンス・ヨッハン・フォーゲル氏等も含む要人を集めたジュースムート委員会の答申案が出たことで、 (今後与野党の選挙を踏まえた議論の進展は予測されるが、 )この問題にひとつの区切りがついたものと思われ、 シリー内相も秋にジュースムート答申案の大筋を踏まえた移民法案を連邦議会に提出する予定である。

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