大統領、人間工学基準廃止法案に署名

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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ブッシュ大統領は2001年3月20日、職場における反復運動損傷への対策として2001年 10月に施行が予定されていた人間工学基準(本誌2001年2月号参照)を廃止する法案(下院223対206,上院56対44で可決)に署名した。約10年の準備期間を経て、クリン トン前政権末期に成立した人間工学基準に対し、産業界は、過度に包括的で負担が重すぎるとし、国会議員に施行廃止を求めるファックスを多数送っていた。人間工学 (人体に、疲労、酷使、摩耗による傷害が起きないように仕事や機械などを設計する学問)基準廃止にあたり、共和党は、これまで、さほど重要な法と考えられてい なかった1996年議会再審理法(Congressional Review Act of 1996)を重要な規制に対 して初めて用いた。同法は、連邦政府による規制を抑制することを目的とし、議会が 新たな規制について、速やかに再審理することを義務づけ、上下両院のそれぞれで過半数の議員が規制廃止に賛成し、大統領が署名した場合、立法された規制を廃止する というものである。また、類似した内容の規制を再び立法する場合には、廃止された規制と実質上類似の内容を持つ規制を作成することを禁じている。そのため、労組を支持基盤とする民主党議員は、反復運動損傷への実質的な対策を再度立法できないと予想する。

民主党議員も、1996年の再審理法成立時には、穏健な法と考えていたため、上院では100対0で法案成立しており、議論した記憶のない議員さえある。医療・教育・労働・年金委員会のエドワード・ケネディ議員(民主党)は、「これは、人間工学基準に 対する原爆である。」と不満を漏らしている。アメリカ労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は、人間工学基準廃止に反対するキャンペーンを行っていたが、共和・民主両党の 勢力が拮抗している上院での廃止案可決について、ジョン・スウィーニーAFL-CIO会長は「『不正直で恥ずべき』と言っても言い過ぎではない。」と非難した。

エレーン・チャオ労働長官は、3月14日に労働組合代表者との会合で、人間工学基準が対象とする筋骨格傷害(MSD)に関する新たな対策を講じる意志を表明した。腰痛等のMSDを経験する労働者は、毎年約180万人に上ると推定され、その大部分が女性である。 大統領が廃止案に署名する前に、労働省は、人間工学基準に代わる新たな規制の検討を始めている。労働省職員によると、新たな規制の作成、強制力のない任意指針、そ して、議会主導によって策定される新たな規制の3つの選択肢を検討中である。チャオ長官は、まず、廃止された規制と「実質上類似の内容」とは何を意味するか、同省 法律専門家に解釈を求めている。

労働安全衛生局(OSHA)によると、現在、約25%の企業が、MSD対策として何らかの人間工学プログラムを持つ。今回の人間工学基準廃止によって、人間工学プログラム導入を見送る予定の企業もあるが、人間工学プログラムを引き続き整備する予定の企業も多い。

4つの大統領命令

ブッシュ大統領は、人間工学基準廃止以外にも、クリントン政権が導入した労組寄り政策の転換を図っている。2001年2月17日、大統領は4つの大統領命令を出し、

  1. 労組のない企業を連邦政府の公共事業受注から締め出す規制の廃止
  2. 連邦政府契約受注企業において、労使交渉などの純粋に労働に関連した出費以外に労組が組合費を使用しようとした場合、従業員はその部分の費用負担を承諾しない権利を持っていることを企業が従業員に周知させることを義務づける
  3. 連邦政府機関である労使協議委員会の廃止
  4. 公共事業受注企業のサービス労働者に対する雇用保護政策の廃止
    を行った。

労組や労組を支持基盤とする民主党議員は、これらの大統領命令に強く反発した。ただし、政治の流れが反労組一色になった訳ではない。連邦政府はこれまで、連邦政府の公共事業で、受注企業に対し、組合との交渉による労働協約に従うことを義務づけてきたが、これを撤廃する大統領命令に対し、現在の契約条件が無効になれば、混乱やストが起こる可能性があるとして、労組、連邦政府公共事業受注企業、そして労組勢力が強いアメリカ北東部諸地区の共和党議員が、大統領命令を穏便なものに改めるよう要請した。その結果、大統領は4月6日、「すでに存在している(preexisting)」労働協約に ついては、この大統領命令の対象外であるとして、労組に対抗する政策を軟化させた。 この決定は主として、全国最大規模の長期公共事業である、ボストンのセントラル・アーテリー・プロジェクトに影響を与える。

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