年金改革修正法案、連邦議会を通過

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年4月

リースター労相の構想によって2000年9月に発表された年金改革法案は(本誌2000年12月号参照)、その後、野党(CDU・CSU)のみならず、労組、年金問題専門家、連立与党(SPDと緑の党)内部からも批判を受け、12月半ばには連立与党によって修正が決定されたが、このように紆余曲折を経ながらも、この修正法案が2001年1月26日に連邦議会で可決された。年金改革は、シュレーダー政権(SPD主軸)が税制改革と並んで懸案として いたものであり、今後連邦参議院での審議を残すとは言え、連邦議会通過は来年の連邦議会選挙を控えた同政権にとって大きな前進である。修正された改革法案の内容は、年金改 革が国民の将来の生活に大きくかかわるものだけに、詳細にわたるが、以下、当初のリースター案の修正決定から修正法案の連邦議会での可決に至る経緯につき、その要点を記することにする。

リースター労相の改革法案の構想は、少子高齢化という社会構造の変化に対処することを企図し、将来の公的年金の保険料の増額をできるだけ抑え、これに対応して年金支給額は減額されるが、これを補うために国家の助成を伴う個人年金、事業所年金を強化するというもので、この基本構想自体は正しい方向として是認されてきた。だが、将来の公的年金の減額に世代間の不平等が生じることを止むをえないとし、しかも現在年金保険料を負担する若い世代が将来的に受ける支給水準が年配の世代の水準よりも低くなり、それが賃金の約70%という現行水準から64%に大幅に減少することに強い反対があった。労働側は若い世代についても年金の支給水準が賃金の67%以下になることに断固反対し、改革法案の中心的部分の修正を要求した。また、この年金支給額の減額とこの減額水準に関する世代間の不平等については、労働側のみならず、野党、年金問題専門家からも強い反対があり、さらに政権の母体である連立与党からもリースター案の見直しの要求が起こり、ホットな議論が重ねられた。その結果、2000年12月半ばに至って連立与党の協議で、2001年1月に当初の法案を修正することが決定された。

リースター案では、現行の保険料率19.3%を、2020年までは20%以下に抑え、2030年までは22%以下に抑えるが、年金の支給額はこれに対応して減額される。その場合世代間に差を設けて調整を図り、2011年より前に年金生活に入る世代は賃金上昇にスライドさせて支給水準を決定するが、2011年以降に年金生活に入る世代については、賃金スライドの水準から毎年0.3%減額し、2030年には6.0%の減額となるようにする。その結果、世代 間の不平等を生じ、年金支給水準は前者の世代については賃金の68.55%となるが、後者の世代については64.44%となり、現行の70.88%の支給水準から大幅な減少となる。

これに反対して有力な修正構想を提起したのが、年金保険機関連合(VDR)の専門家フランツ・ルランド業務執行理事である。ルランド氏は、世代間の格差は公正を欠く不当なもので、憲法違反でもあるとし、すべての世代の年金受給者について支給額の減額を平等に 負担させるべきで、そのために2011年から支給水準を賃金上昇全額にスライドさせるのではなく、賃金上昇の75%のみについて支給水準に反映させ、この負担を統一して全世代に 平等に課するべきだとする。これによって、45年間保険料を支払う平均的な給与所得者が、賃金の67%の年金支給水準を確保することが実現されるとする。

労働側はこのVDRの構想によって、支給水準67%が確保されることを歓迎し、連立与 党内部からも、世代間の不平等に反対して VDR の構想に従ってリースター案を修正する意見が強まり、その結果、上述のごとく12月半ばの連立与党間の協議で、リースター案を修 正することが決定されたものである。

この間、国民の将来の生活に大きくかかわる年金問題のような基本問題について、議論が紆余曲折を経てまとまらず、当初の法案の中心部分の修正を余儀なくされたリースター労相に対する批判が高まり、特に年金改革の影響を直接受ける選挙区の有権者を意識して、連立与党内部からも批判が高まり、リースター氏を引き降ろす動きが起った。後継候補者としては、シュレーダー首相が政権発足当初最初に労相候補とし、経済界との協調柔軟路 線でも知られ、2000年の賃金協約交渉でもその後の方向を決める主導的な役割を果した(本誌2000年6月号参照)フベルトス・シュモルト鉱山・化学・エネルギー労組(IG BCE)委員長等の名が取り沙汰された。しかしシュレーダー首相は、EU 諸国を騒がせている狂牛病の問題で閣僚を更迭した直後であることからも、政府指導部を変更する意図をもたず、リースター労相の擁護に回り、結局政府と連立与党の議論が重ねられ、連立与党と労組の議論も進展して、VDR の構想を採用してリースター労相の初めの法案を修正することで決 着した。

その後、2030年までは年金支給水準が賃金の67%を下回らないようにすることを法案に 明記するか否かで、これを要求する労働側と政府・与党の間でさらに意見の対立がぎりぎりまであったが、結局政府・与党が労働側の意見を入れ、年金改革の修正法案が連邦議会 を通過することになった。

年金支給水準の調整の他に、当初の改革法案が修正された主な内容としては、以下のものがある。

  1. 公的年金を補完する個人年金、事業所年金に関する国家の助成については、雇用者は 2002年以降、個人年金、事業所年金の保険料を社会保険の保険料割り当て限度額の1%まで、特別支出として税控除とすることが認められる。この額は、2002年には西独地域で約 1050マルク(1マルク=56.53円)であり、東独地域で約890マルクである。この税控除額を段階的に2年毎に1%増やしていき、2008年には4%とする(従来は税控除額は個人の所得いかんにかかっていた)。国家の助成としては、この税控除の代わりに、個々の雇用者にとってそのほうが有利ならば、基本手当と子供手当の支給による助成を選択できる。
  2. 雇用者が賃金の一部を個人年金、事業所年金に転換する請求権は制限され、労働協約の拘束を受ける事業所では、「労働協約による留保」が適用になる。つまり、雇用者は、労働協約に定めがある場合に限り、賃金の一部を個人年金、事業所年金の保険料の積み立てに転換する請求権を認められる。
  3. 社会保険加入義務を負わない収入によって個人年金、事業所年金に積み立てることは、これまでよりも制限され、2008年までは社会保険の保険料割り当て限度額の4%までに止 められ、この額は年間約4000マルク になる。
  4. 労働側の主張した使用者の個人年金、事業所年金の保険料の分担は、労働側の譲歩で見送られることになった。

このような修正法案に対して、労働側は自らの主張をある程度貫徹できたと歓迎しているが、使用者団体は、最後の修正段階の協議が、使用者団体の頭越しに連立与党と労組によってなされたと批判している。

野党CDUは、修正法案で定められた新たな税務機関を設置する等の審査手続きの繁雑さを批判するとともに、保険料と保険金支給額のいずれに課税するかの重要問題につき、政府が今年の前半に予定されている連邦憲法裁判所の判決の結果が出るまで先延ばしにしたこと等を批判し、年金改革修正法案に反対の姿勢を明らかにしている。そして年金改革を、今年3月にあるバーデン・ビュルテンベルグとラインランド・ファルツの州議会選挙の争 点にする意向を示し、連邦参議院でも争う構えを見せている。これに対して政府・連立与党は、長い議論を重ねて成立した年金改革法案のような国民の生活に大きくかかわる法案を、選挙戦の道具にしようとする野党の姿勢を厳しく批判している。

このように与野党の対立が、残された連邦参議院での審議に持ち込まれる可能性があるとは言え、前保守中道政権で実現できなかった税制改革と年金改革につき、先の税制改革法の成立(本誌2000年10月参照)に続いて年金改革法案が連邦議会を通過したことは、中道現実路線を推進するシュレーダー政権にとって大きな前進であることは間違いなく、来年の連邦議会選挙の行方を見て行くうえでも大きな注目に値する。

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