労働者と経済危機
―タイ・韓国・インドネシアの比較レポート

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年10月

世界銀行とタイ国家統計局(NSO)が合同で取りまとめた、経済危機が労働市場に与えた影響と経済不況に対する政府の対応に関する調査レポート「タイ人労働者と経済危機(Thai workers and the Crisis)」によると、タイは、労働市場の柔軟性と政府の雇用創出政策によって経済危機の影響を軽減させていたことが明らかになった。

このなかで、低所得者は高所得者よりも失業しやすく、賃金カットの可能性も高く、政府の支援も得にくいことが指摘された。

この調査は、NSOの労働力調査(Labor Force Survey)をもとに分析され、最も重要な政府の政策は、その財源をほぼ外部に依存した、公共支出を通じた雇用創出であったと結論づけている。日本の宮沢基金による雇用創出効果によって、350万人が雇用されたと推則されている。世界銀行のSocial Investment Programでも政府の雇用創出に貢献したとされている。

これらのプログラムの結果、1999年8月の失業率は、前年同月と比較して14%減少した。世界銀行のタイ担当ディレクターであるシバクマル氏は、「タイ政府の社会的影響に対する政策、特にその雇用創出政策が、危機の荒波に対してのクッションの役割を果たしたといえる」と述べたが、「最も弱い立場にある労働者の保護に対して、中期的な政策がさらに必要とされるだろう」と付け加えた。

この分析によると、教育程度の低い若年労働者が、失業または賃金カットに遭遇する確率は、教育程度の高い年配労働者よりも高い。初等教育またはそれ以下の教育程度である約180万人の労働者の平均賃金は経済危機によって13~20%減少したと推計されている。また、熟練労働者と高等教育を受けた労働者は、危機の影響を比較的受けておらず、熟練と非熟練労働者および高等教育と低教育労働者との所得格差もこの3年で拡大している。また、13~17歳の労働者の総実質賃金は24%減少し、初等教育程度の労働者では20%の減少、10人以下の従業員が従事する小規模工場の労働者では23%の下落となっている。一方で、55歳以上の労働者は15%の所得増、大卒の労働者も10%の上昇、国営企業の従業員においては30%の増加となっている。

タイ以外にも、韓国とインドネシアとの国際比較がなされており、「経済危機と失業問題」という観点では、タイの方が問題は深刻ではなかったとの結果も出ている。その根拠としては、タイの賃金所得の減少は、GDPの減少よりも少なかった(タイの平均実質所得は、1997年には月額7431バーツであったものが6848バーツに減少)のに対して、韓国とインドネシアは、賃金所得の減少は GDP減少分の約3倍にもなっている。このことから、タイの労働市場は経済危機の影響を緩和するためによく機能したといえるであろう。労働市場の賃金の柔軟性と、農業雇用の柔軟性の両方が組み合わされて、労働者の大量失業を防ぐのに効果的な役割を果たしたと考えられる。

しかし、問題点もあった。タイの雇用創出政策は、主にフォーマル・セクターの雇用に限られており、インフォーマル・セクターに従事する労働者よりも、生活水準の高い労働者を対象にしていたという点である。経済危機の間、最も保護が必要とされた低所得で不利な立場の労働者は、これらのプログラムの対象から外れていたのである。シバクマル氏は、「さらなる公平性のためにも、タイは労働保護政策の対象を改善する必要がある。その結果、低所得労働者と貧困者が保護されることになるであろう」と述べた。

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