賃金協約交渉、化学労組が先行

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年6月

「雇用のための同盟」の2000年1月9日の共同声明が出された直後に、IGメタルが5.5%の賃上げを要求して以後、金属業界の2月の本格交渉は、使用者側の賃上げ率1.5%の提示、60歳早期年金制を譲らないIGメタルの態度等によって平行線をたどり、ほとんど進展を示さず、膠着状態に陥った。これに対して化学業界では、鉱山・化学・エネルギー労組(IGBCE)が賃上げ率をあらかじめ数字で要求しないという柔軟な交渉手法を新たに採用し、早期年金移行についても高齢者パートタイム制の改善で対処することにしたために、共同声明の基本線に沿った交渉となり、妥結に向けて交渉も急速に進展した。

従来ドイツの労使の賃金協約交渉では、最有力産別労組のIGメタルが交渉をリードし、同労組の妥結水準が他の産別労組の標準になってきたが、この伝統的な状況に変化が現れ、IGメタル内部からも状況の変化を危惧する声が聞かれた。だが、執行部は従来の主張を繰り返し、60歳早期年金制について使用者団体側の譲歩がないならば、昨年に続いて警告ストも辞さないという構えを示し、その後の交渉の硬直化の中で、ツビッケル委員長は3月22日、平和義務の期限が切れる3月29日までに交渉の進展がなければ警告ストを行うと発表した。

この間IGBCEは、柔軟な交渉手法が功を奏して、IGメタルに先んじて3月22日に連邦化学使用者連盟(BAVC)との間で2000年度の協約交渉を妥結させた。締結された労働協約の内容は、1月の共同声明に即するもので、労使双方は、この妥結内容が2000年度協約交渉全体の標準になるとの期待を表明した。その要点は以下の通りである。

(1)賃上げは21カ月の労働協約の有効期間に2段階で行われ、合計4.2%とする。第1段階は2000年6月1日から2.2%の賃上げ、第2段階は2001年6月1日から2002年2月末までで、さらに2%の賃上げとする。
(2)早期年金移行では、60歳早期年金制ではなく、高齢者パートタイム制を改善して対処する。この制度の利用期間を1年延ばして6年とし、55歳から利用できるものとする。典型モデルでは、雇用者は最初の3年をフルに働き、後の3年は働かなくてよく、実質的には58歳で職業生活から引退することができる。早期年金は61歳から開始し、早期移行による支給額の減額分は、その一部を事業所の補償金で賄う。この制度を利用できるのは従業員の5%までとする。

他方金属業界では、シュトゥムフェ金属連盟会長が、化学業界の協約締結が他の部門に及ぼす効果に期待を表明したが、IGメタルはその後も強硬姿勢を崩さず、現に3月27日には、30日早朝を期してダイムラー・クライスラー社の地方工場で警告ストに突入するとの指令が出された。

このように、IGメタルがIGBCEと異なる従来の保守的手法を貫徹し、昨年同様警告ストに突入して、ドイツの有力2産別労組の交渉手法に決定的な違いが現れると思われた土壇場の28日夜、IGメタルの最重要地区ノルトライン・ウェストファーレンで、使用者団体との間で劇的な協約交渉の妥結が成立した。その後、雇用情勢の異なる東独地域では、一部警告ストが行われて未だ決着を見ていないが、IGメタルの西独地域の各交渉地区では、この妥結内容を受け入れる方向で進み、警告ストは突入前に中止された。妥結された内容は、先の化学業界の労働協約に類似し、争点だった60歳早期年金制をIGメタルが最終的に放棄しており、やはり1月の共同声明に即するものになっている。その要点は以下の通りである。

  1. 賃上げは2段階で行い、第1段階は2000年5月1日から3%(3月と4月は一時金165マルク(1マルク=49.32円)を一律に支給)、第2段階は2001年5月1日から2.1%で、労働協約の有効期間は2002年2月末までとする。
  2. 早期年金移行については、雇用者は57歳から6年間の高齢者パートタイム制を利用でき、典型モデルに従って3年間フルタイムで労働し、後の3年は職業生活から引退することができる。63歳で始まる早期年金に伴う支給額の減額分は、その一部を事業所の補償金で賄う。利用者は当面従業員全体の4%までとする。
  3. 1995年以来有効な週35時間労働は、2003年末まで確定される。

この2000年度の2有力産別労組の賃金協約交渉の経過から、従来のドイツの伝統的な労働界の状況に対して、2つの変化を看取できる。

第1は、従来労使の協約交渉の標準を決定してきたIGメタルの指導的地位が、IGBCEの柔軟路線に先を越され、若干揺らぎを見せたことである。IGメタルの今後の巻き返しはともかく、従来の同労組がドイツ労働界において果した地位からは、無視できない一つの変化の兆しである。第2は、IGメタル内部で、伝統的な闘争路線を辞さない強行派に対して、柔軟路線を標榜する改革派が台頭してきたことである。強行派に属するペータース副委員長のポスト・ツビッケルの委員長就任を危ぶむ声も出ており、逆に、従来から柔軟路線で知られ、次世代の委員長候補として嘱望され、今回の土壇場の協約交渉妥結の労組側の立役者になったハラルド・シャルタウ・ノルトライン・ウェストファーレン地区委員長の株が大いに上がったとされている。

このような変化を視野に入れ、外国人IT専門技術者の国内導入問題や巨大サービス労組Verdi誕生(本えると、2000年度賃金協約交渉の経過は、IGメタルの伝統的手法がリードしてきたドイツ労働界の今後の新たな動きを見ていくうえで、重要な転機を画するものになると思われる。

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