労組、WTO閣僚会議にデモで抗議

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年3月

次期貿易交渉の議題を決めるため、1999年11月30日にシアトルで始まったWTO閣僚会議は、初日から労組や非政府組織(NGO)の激しい抗議行動を受けた。この日のデモには環境保護団体や途上国での労働条件改善を訴える人権擁護団体とともに、米国労働組合総同盟産業別会議(AFL-CIO)、全米鉄鋼労組(USWA)、チームスターズなどが参加した。11月30日には約3万人の組合員が行進を行い、経済グローバル化の中で衰退しつつある製造業で働く労働者や、低賃金で一時帰休の対象になりやすい職種の労働者の間で、保護主義が根強く残っていることを印象づけた。これらの労組は、途上国が劣悪な労働基準や低賃金労働を維持したままで市場開放を進めると雇用機会を喪失するのではないかと懸念している。閣僚会議を前にした1999年11月に米政府が中国のWTO加盟に前向きな対応を見せ、人権問題等と切り離して貿易拡大を急ぐと、今後中国製品の輸入によって米国人労働者が解雇されるのではないかという不安が高まりつつあった。様々な団体が行ったデモは2日目の12月1日には沈静化したが、州兵も出動する騒ぎとなり逮捕者も500人を超えた。

AFL-CIOのスウィニー会長は閣僚会議期間中の12月1日のシンポジウムで、WTOが環境・人権・労働者の権利などの社会的な価値を推進する役割を果たすべきであると発言した。同労組を支持基盤とする民主党のクリントン大統領もこの日、シアトルポスト・インテリジェンサー紙に、劣悪な労働基準を持つ発展途上国に対して将来、貿易制裁で応じることになるかもしれないとほのめかし、労働問題重視の立場を明らかにした。

閣僚会議中、米政府は自国利益に固執した立場を取り続けた。とりわけ労組からの圧力により、米政府は途上国の児童労働や低賃金労働を「通商の観点からの国際的な労働基準」を作ることで排除しようとした。このように労働と通商と結びつける米国に対し、途上国は、保護主義的であり労働基準を理由に米国から貿易制裁を受けかねないと強く反発、労働基準に関する議論を拒否したため話し合いは決裂した。

WTOでは反ダンピング措置についても話し合いが持たれた。米鉄鋼業界は、最近日本や韓国をダンピング提訴、また米政府も1999年6月、日本製熱延鋼板輸出がダンピングであると決定している。閣僚会議では日本・途上国・欧州連合(EU)は反ダンピング措置の頻繁な発動を阻止するためにWTO協定見直しを求めた。しかし鉄鋼業界と鉄鋼労組を配慮して、米政府は協定見直しを拒否し、この問題についても交渉は決裂した。

WTOへの抗議やそれに歩調を合わせた米政府に低い評価を下す識者が多い。リベラル派は、WTOと多国籍企業が、環境・安全衛生・労働に関する米国法を蹂躙していると真剣に抗議していた。しかしシカゴ大学法学部のゴールドスミス教授とカリフォルニア大学バークレー校法学部のユー教授は、「シアトルでのリベラル派活動家が米国の主権を守ろうとしている本当の理由は、国内の民主的な制度の維持を気遣っているのではなく、彼らが自由貿易や経済の相互依存に反対したいからであると言わざるを得ない。さらにWTOは、米国内の法制度に対し介入を企てることが最も少ない国際組織の一つであるため、彼らの抗議は一層胡散臭い。」とする。これは、WTOが新基準を定めた場合でも、WTO協定には国内法や国内の司法判断に対する拘束力が無く、米議会が法改正を行いWTO協定に合わせた動きをする自由も、またしない自由もあるからである。

ダートマス大学経済学部のアーウィン教授は、途上国での労働基準に関し、米政府が組合利害関係者の要求に屈したことを批判、米国が途上国の輸出品を労働基準を理由に閉め出すのではないかと途上国が危惧するのは正しいし、通商と結びつけられた労働基準が途上国労働者の厚生に寄与する保証などないとする。

制裁を背景に持つWTOの紛争解決手続きを労働基準にも一律に適用して良いかという問題について、東京大学法学部の小寺彰教授は、これまでILOが労働条約を作成して、その批准を勧め、特に途上国に対しては労働条約を良く理解し、守ることができるようにILOが援助するというソフトな対応をしてきたことを指摘する。これに比べ、途上国を貿易制裁で脅すことによって労働基準の改善を迫るという厳しい対応で、より良い労働基準が途上国に根付くか疑問であるとしている。

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