政府、年金最低額の引き上げを決定

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年1月

1999年9月半ば、主要労組の労働総同盟(UGT)および労働者委員会(CCOO)は、年金最低額の予想インフレ率を上回る引き上げを行うことで、政府と合意に達した。現在スペインでは、最低額の年金を受け取っている受給者は約300万人にのぼる。1995年4月に労組、使用者団体、主要各政党間は、公的年金制度の存続を保証する内容の協定(「トレド協定」)を結び、後日上下両院の承認を得ているが、今回の措置は同協定の一連の刷新の端緒となるものであった。しかし政府は一方的に年金最低額の引き上げを決めたのでなく、逆に今夏を通じて沸き上った年金額引き上げをめぐる議論への答えとして、この決定をとったのである。

議論の発端は、アンダルシア州政府が州内の年金受給者一部に対して、小額の特別補填を行う決定を一方的にとったことだった。対象となったのは、社会保障制度への負担金支払いを行わなかった、あるいは支払期間が不十分なため、より額の少ない生活保護年金を受けている受給者である。アンダルシア州はスペイン南部に位置し、スペインでもっとも人口が多く、また生活水準は全国平均よりも低い地方である。州政府はスペイン社会労働党(PSOE)政権である。これに続き、カタルーニャ民族主義政党(CiU)率いるカタルーニャ州政府も同様の措置を決定した。州政府は、カタルーニャのインフレ率が全国平均よりも高いので、州内の年金生活者の購買力を維持するためという理由付けを行っている。なおCiUは、国会で単独過半数を獲得していない与党国民党(PP)に対し、閣外協力をしている政党である。

年金をめぐる議論はトーンを高め、この夏最大の政治問題にまで発展するに至った。年金額引き上げを全国レベルで進めようと唱える勢力は、現在のような好況期こそ、生活保護年金受給者など社会の弱者層にもっと富の配分を行うべきであると論じた。

一方政府は、各州政府が単独でこうした措置を取ることが全国共通の社会保障制度を分断する恐れがあるとし、地方間の協調・連帯を訴えた。また議論を国会レベルに引き戻すべく、トレド協定の再会合を決定、これと平行して労組、使用者団体にも協定への支援を求めた。

政府は「年金額はインフレ率と同率で毎年改定する」というトレド協定の精神を固持し、インフレ率をを上回る引き上げの要請を何度も拒否したが、1999年9月半ばになり社会保障制度の年金最低額ならびに生活保護年金額を大幅に引き上げることを決定、これによって州政府レベルで取られた措置を乗り越えた形になった。引き上げ幅は年金の種類によって月額1000ペセタ~7000ペセタ(100ペセタ=62.2円)に上る。年金額引き上げにともなう歳出増は政府予算に組み込まれ、2000年1月より執行されることになる。

しかし政府の決定で年金をめぐる一連の議論が完全に収束したわけではなく、むしろトレド協定の見直しが迫られていることを明らかにした形となった。4年前に結ばれたトレド協定では、公的年金システムの中長期的な存続を保証するため、社会保障制度に対して15の提言を行っている。この協定に基づいて政府と主要労組の合意が成立し、さらにその後、年金額を予想インフレ率に合わせて自動改定してゆくことを内容とした法律が制定されている。

政府と主要労組は、トレド協定の中の1点、すなわち社会保障制度への負担金支払額と受給する年金額との相関関係を強化してゆくとした点を、特に強調している。つまり、社会保障制度への負担金支払いを行った者ないしその家族が受け取る年金額の引き上げ幅を、支払いを行わなかった者の受け取る年金よりも大きくすることが予見されている。一部の政党は、負担金支払いを行わなかった者に対して支払われる生活保護年金の引き上げだけを求めていたが、政府としてはそれは負担金支払いを行う意欲を削減する効果を発してしまうと判断したわけである。

一方、トレド協定見直しのために国会内で設けられた委員会は、上記の点以外についても分析を行った。協定では景気後退期に生じうる不足を補うため、年金支払いのための予備基金を設けることをうたっていたが、これを実現する意向がすでに明らかにされている。

ただし、2000年以降にこの基金に向けられる額がどれほどになるかは、国会での議論を待たなければならない。政府は議会だけでなく、労組や使用者団体にも意見を打診してゆく予定である。

トレド協定による提案の中には、財政均衡を達成した上で社会保障制度に支払われる負担金の引き下げを行うという点も含まれている。その目的は、労働力集約型の部門を中心に労働費用を抑え、スペイン経済の競争力を維持することである。すでに政府はこの問題について来年にも検討を開始することで、使用者団体側と合意に達している。現在は安定雇用創出へのインセンティブとして負担金減額等の措置が施行されているが、労働・社会問題省では、近年の順調な雇用の伸びが続けば、2001年より負担金の全面的引き下げが実行できるとしている。

トレド協定の会合で取り扱われるべき問題の中で最もデリケートな点は、年金最低額に対する補填の概念で、これは国により年間6000億ペセタの支出を意味する。問題は補填支払いの財源をどこに見つけるかということで、政府は社会保障制度に対して支払われる負担金を財源にすべきと考えている。一方これに対し労組や野党では補填は社会保障負担金支払いとは結び付けられない生活保護年金的な性格のものであるため、トレド協定でも表明されているとおり国の一般税収を財源とすべきとの立場をとっている。

以上のような論点のほかにも、国会では公的年金制度の将来をにらみつつ、スペイン人口の年齢ピラミッドが今後数年間でどう変化してゆくかについても検討、最後にトレド協定の提案内容の実現度の見直しが行われる予定である。

トレド協定による提案(1995年4月)

  1. 財源の区別
    社会保障への負担金支払いによって受給資格の発生する手当の財源は、労働者・企業が社会保障制度に支払う負担金収入のみとする。医療手当、生活保護年金、社会サービス手当は、一般会計予算の税収からの移転を財源とする。

    *2000年には財源の区別が完全に実現する見通し。ただし年金最低額に対する補填に関しては、いずれの財源によるか未定。

  2. 予備基金の創設
    社会保障制度は均衡財政を目指し、余剰が生じた場合はこれをもとに予備基金を創設し、景気後退期に備えるべきである。

    *政府は2000年中に予備基金を創設することを公約。

  3. 負担金額算出の基準
    負担金額の算出は、賃金段階制から実質賃金に対する一定のパーセンテージへ移行すべきである。また負担金額の上限の一律化を目指すべきである。

    *2000年には最高段階の賃金に対する負担金額を負担金上限にあわせる。

  4. 特別制度の資金繰り改善
    社会保障制度の中で独自の財源を持つ自営業者、農業労働者、家事労働者の各グループが享受する条件は、制度の連帯性・均衡を破り、その他の一般労働者により大きな負担を強いるものである。

    *1996年より漸進的に自営業者の負担金支払い額を引き上げてきた。

  5. 負担金徴収メカニズムの改善
    社会保障制度への負担金徴収のメカニズム改善努力を通じ、支払いの遅延や未払い等を防ぐ。

    *未払いに対する監査のコーディネーション改善措置が取られた。

  6. 特別制度の整理統合
    労働者の性質によりいくつにも分かれている制度を整理統合し、中長期的には非自営労働者と自営労働者の2制度のみにする。

    *複数の制度間の統合に関する調査が行われたが、具体的な措置は取られていない。

  7. 社会保障制度運営の統合
    社会保障制度への加入、負担金徴収、各種手当受給などにあたる各機関の連携を強化し、より効率的な制度運営をはかる。

    *機関統合に向けたいくつかの措置が取られた。

  8. 負担金額の調整
    熟練度が低い労働者や労働力集約型部門において負担金額の引き下げを行い、安い労働費用を求める企業の流出を防ぐ。

    *負担金の一部引き下げが実現された。

  9. 制度の公平性・負担額と受給額の関連性の強化
    年金最低額を増額することで公平性の原則を強化すると同時に、それぞれの労働者の負担金支払い努力と年金受給額との間の関連性を高める。

    *政府と労組との合意に基づき1997年8月より発効している年金法では、年金額算出に使われる負担金支払い期間を8年から15年まで漸進的に伸ばすことが定められており、現時点では11年となっている。また年金受給額の決定における支払い期間の重要度が改正され、支払い期間15年で年金額が賃金の50%、25年で80%、35年で100%となっている。

  10. 定年退職年齢の引き上げ
    定年退職年齢を現行の65歳にとどめるべきとする一方、労働者による任意の退職年齢引き上げに対するインセンティブを導入し、定年前退職を制限してゆく。

    *年金受給とパートタイム労働の両立をはかるなど、柔軟化政策が取られた。

  11. 年金受給者の購買力の維持
    年金受給者の購買力維持のため、年金額はインフレ率を考慮して自動的に改定される。なおこの点はトレド協定最大の重要点とされている。
  12. 連帯の原則の強化
    状況が許す範囲において、寡婦・寡夫年金、孤児手当を増額する。

    *1997年には60歳以下の寡婦・寡夫に対して支払われる年金額を、60歳~64歳の退職者が受け取る年金額と同額に引き上げた。また孤児手当も、その他の収入がない場合には21歳~23歳まで受給できることになった。

  13. 社会保障制度の管理運営上の改善
    一時的労働不能・身体障害手当の不正受給を防ぐ措置を取る。

    *上記2種類の理由による手当受給に対するコントロールが強化された。

  14. 民間の年金プランの振興
    公的年金制度と平行して、民間の貯蓄・社会扶助プランへの任意の加入をすすめる。

    *民間の年金プラン加入に対する税制上の優遇措置を導入した。

  15. 社会保障制度の動向の追跡調査
    社会保障制度の財政均衡を目指し、動向を追跡調査するためのメカニズムを創設する。

    *国会下院内で、トレド協定を更新するための委員会が設けられた。

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