高水準の雇用創出に陰り

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年12月

過去4年間を通じ、スペインではかつてない勢いで雇用が伸び続けてきたが、1999年8月に失業者数がわずかに増えたことで、スペインの労働市場の強さに対する懐疑的な見方が再びでてきた。失業者は前月に対し3500人増で、全登録失業者数150万人余であることを考えれば微々たるものだが、4年間続いてきた失業者減の傾向がストップしたことになる。

性別では、労働力人口の3分の1に過ぎない女性の失業率が相変わらず高く、登録失業者全体のほぼ50%近くを占める。女性は不況期になると労働市場を去り、雇用の機会が増えると戻ってくるという議論も成り立たなくなる。過去1年間、男性の登録失業率は7.7%から6.54%に低下したが、女性の登録失業率の低下はより緩やかで、15.93%から14.09%に下がっただけである。

地域別では、失業者の増大が特に大きかったのはバレンシア、バスク、カナリアス諸島で、逆にラ・リオハ、カスティーリャ・イ・レオン、アストゥリアス、マドリッドでは失業者の大幅な減少が見られた。バレンシアやカナリアス諸島のように観光部門が大きな比重を占める地方で、まさに観光シーズン最中の8月に失業が増えたことは一見逆説的にも見える現象である。

観光部門はスペインではGDPの15%前後を占める重要部門であり、観光関連活動が活発になる夏期に雇用が増えるというのが従来一般的であった。過去15年間の統計によれば、8月失業者数減は平均で1万人となっている。1999年は観光部門が過去の数々の記録を打ち破る好調ぶりを示しているにもかかわらず8月に失業者数が増加したが、これは1990年以来初めてのことである。

8月の失業統計については2つの解釈ができる。まず、失業の減少は1981年以来続いており、8月としては9.52%と最低水準に達している。ただしこの数値はあくまで登録失業率、つまり失業者の任意の登録に基づいたものである。景気・雇用ともに好調であることから、就職できる見込みが大きいと見てみずから職業紹介機関に登録する失業者が当然増えると考えられる一方、1990年代に入って各種失業手当受給の条件が次第に厳しくなる中、あえて登録する意味を見出さない失業者も多く、これが登録失業者の数が増えるのを抑えている。また、公的職業紹介機関である雇用庁(INEM)がその機能をあまり果たしていないことも、登録者が減る原因の一つとなっている。

しかし、過去10年間にわたりかつてないほどの高い水準を保ってきた雇用創出が、ここ数カ月間陰りを見せてきたことも確かである。失業者が増えたのが8月であったという点が目をひくが、この背景に雇用創出が経済および労働市場の脆弱さに影響されていることが見て取れる。前年同月に対する失業者数減は1998年11月までは増える一方だったが、1999年4月よりその差は逆に縮まる傾向をたどってきた。

この現象に関する説明は2通りある。いずれの場合も、雇用の不安定化という現象が就業人口増に歯止めをかける、または欧州通貨統合によってスペイン経済の先行きが不明瞭になってきた、などの理由から、スペインの雇用成長・他の先進国との失業率の格差縮小傾向がこれ以上長続きするかどうかという点に関して疑問を呈するものである。

まず、雇用創出の伸びが止まったのは、労働市場の不安定化を反映しているのではないかという議論である。期限付き雇用契約は、労働・社会問題省による法整備の努力にもかかわらず、相変わらず労働者の社会的権利を十分守れる条件のものでなく、外的な状況変化により左右されやすい。実際8月に雇用減が見られたのは、期限付き雇用が重きを占める部門であった。工業・建設部門の失業増が最も大きく、一方最初の就職先を探す層では失業が低下している。

特に不安定雇用がもっとも苛酷な形で影響しているのが建設部門である。労働情勢調査によると、1998年第3四半期には建設部門では期限付き雇用労働者が同部門の全賃金労働者の7割をこえ、労働市場全体の倍近くにのぼっていた。期限付き雇用契約は、企業によってコスト削減のために利用されていることが考えられる。つまり契約を更新しなければ、企業は法律で定められている年間最低30日のバカンスに相当する賃金も、部門によって月額2~4カ月分相当のボーナスも支払わずに済ませ、このコストはすべて労働者が受け取る失業手当にまわってくることになる。言うまでもなく、これは労働者が過去5年間に6カ月以上働いているという受給資格条件を満たしていればの話である。

年齢別に見ると、8月には25歳以下の若年層で失業がやや減少しているが、これは同時に期限付きの不安定な雇用がもっとも多い層である。

次に、雇用創出のストップは労働市場そのものというよりむしろ経済全体の傾向と関係があるという説がある。つまり、外需の後退が雇用増に歯止めをかける傾向が見られるというのである。

8月の雇用統計の発表は、スペイン労働市場に関する労組・使用者団体のペシミズムを再び裏付ける結果になった。実際、アンケートによる労働力調査を見てみると、数カ月前から取り入れられたINEMの調査方法改革(現在までの個別調査だけによるデータに加え、新たに電話アンケートの方法を導入)で、これまで数字にあらわれてきた失業減の傾向は新たに疑問に付されることになった。

つい最近ピメンテル労働相は、1996年に始まった現政権は雇用創出の政権と呼べると述べたが、統計数値はこうした政府の実績を自賛する声とは裏腹の結果を見せはじめているようである。

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