国立雇用庁の改革

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年8月

国立雇用庁(INEM)が設立されたのは1978年11月16日、当時のスペインは大変な経済危機のさなかにあり、また3年前の独裁者フランコの死に続く民主化移行の変革期にあった。INEM はこれより以前にあった雇用・労働関連の諸機関(雇用・訓練活動サービス、労働者職能向上など)を統合する形で発足したものである。INEM の機能は無料の公的雇用斡旋機関として、雇用創出のために国の財源の有効活用をはかる、求職中の労働者と求人企業をともに援助する、雇用政策と密接な連携を取りながら労働者の技能向上・訓練を奨励する、そして最後に、失業手当および雇用創出支援政策の管理・運営となっている。

これらの活動の財源は国の予算一般会計からの移転と、労働者および企業が賃金の一部を源泉徴収の形でおさめる失業保険・職業訓練費用負担金(社会保障負担金)との2種類に分けられる。失業の増大に伴なって失業手当の支給が増えるにつれ、当然前者が後者に対して大きな割合を占めるようになってきている。

しかし実際には、INEM の最大(かつほぼ唯一の)機能は失業手当の給付で、そのための人材および財源は全体の90%以上を占めている。その背景には、INEM 設立時にはわずか2%足らずだった失業率がその後上昇し続け、1990年代の一時期25%近くに達するほどになった事実がある。

INEM の機能がこのように変質したことに対しては、すでに厳しい批判が繰り返されてきた。中でももっとも目立つのが、雇用の需給を効率的に結び付ける役割を全くはたしていないという苦情である。統計的に見ても、現在スペインで結ばれる雇用契約すべてのうち、INEM が仲介となって実現したものは10%にも満たない。職業斡旋機関としての INEM の信望は地に落ちた形で、それをあらわすようにアンケート調査から割り出される失業者数と INEM に登録する失業者数の差は徐々に大きくなる一方である。つまり INEM の効用に対する期待を失い、あえて登録しない失業者が増えているということである。

こうした状況を前にいくつかの改革の試みが行われたが、中でももっとも重要なのが1994年に実現した非営利民間職業紹介所の許可である。また、失業手当の給付は国の権限として維持しつつ、それ以外の雇用に関する権限を市民とより近い地方自治州政府に委譲する動きも見られる。現在では自治州が職業教育権限を有するケースがほとんどで、1997年以降は積極的雇用政策権限の委譲が進められている。

地方自治州への委譲前に機能改善・効率化をはかることを目指し、1998年末に政府・主要労組間で結ばれた雇用協定以来、INEM は大きな内部改革の過程にある。まず INEM では登録している失業者全員および新規登録者すべてに対して、詳細な面接調査を実行中である。その目的は、企業の求人により効果的に応えられるよう、失業者の特徴をより良くつかもうというものである。

同時に INEM では、当初の目的(職業仲介および失業手当給付)以外の無料サービスを多数開始している。

その一つは、ある失業者の特定の部門ないしは職業における専門度を調べる労働市場分析を INEM の職員が行い、その結果に応じてその失業者が就職するまでの最良のルートを設計するというものである。例えば特殊技能を持たない労働者に対しては無料の職業訓練コースを提供し、起業の意志があるような場合には資金繰りについての情報を提供するなどの方法がとられる。

INEM が推進しているもう一つの機能は、失業者オリエンテーションである。失業者に対して、どんな職業を選ぶのが最も合っているか、どんな教育・訓練を受ければ就職の際に役立つかなどのアドバイスを行うのである。補足的に、INEM は欧州連合諸国のデータベースを持つ欧州雇用サービスネットへのアクセスも扱っており、各国での労働条件に関する情報を提供したり、手続窓口となったりしている。

近年の INEM で見られた最も大きな変化は、失業者の状況管理である。数年前までは INEM 自体が失業者に対して職を斡旋する能力が不十分なため、就職の仲介を通じて失業者の状況を把握することができず、いきおい管理はいい加減になりがちだった。したがって、実際には何らかの仕事をして収入を得ながら手当て受給を続けている失業者が多いという批判は、非常に強かった。しかし現在では手当て受給者に対する監督は次第に厳しくなっている。INEM 事務所に3カ月ごとに出頭したり INEM が各人の職歴から適当と判断した就職口を受け入れたり、あるいは INEM の行う無料訓練コースに参加するのは、手当てを受給していない失業者は任意に行えばよいが、手当てを受給している失業者はこれらの義務を果たさなければ自動的に手当てを打ち切られることになる。

一方、労働者を雇用する企業の側も様々な管理を受ける。例えばいかなる雇用契約を結んだ場合も INEM に登録しなければならないが、これは主に統計をとるためで、登録期間は契約後10日間内となっている。また障害のある失業者や若年失業者の雇用に際しての雇用促進措置の適用を希望する企業は、求人に際して INEM に失業者リストを求めなければならない。またその場合には、INEM が紹介する者の中から雇用することが義務づけられる。ただしそれ以外の場合には、企業は INEM に対して就職口によりふさわしい候補の事前選考を求める権利を有する。

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