パネルディスカッション:第55回労働政策フォーラム
非正規雇用とワーク・ライフ・バランスのこれから
—JILPT平成22年度調査研究成果報告会—
(2011年10月3日、4日)

パネルディスカッション/

パネリスト
池田心豪
就業環境・ワークライフバランス部門副主任研究員
中村良二
就業環境・ワークライフバランス部門主任研究員
池添弘邦
就業環境・ワークライフバランス部門主任研究員
コメンテーター
小倉一哉
早稲田大学商学学術院准教授
コーディネーター
伊岐典子
主席統括研究員


伊岐

JILPTの伊岐です。まず今日のパネルディスカッションの趣旨と全体スケジュールをお話します。

伊岐典子/

ワーク・ライフ・バランスに関しては、JILPTの労働政策フォーラムでたびたび取り上げています。昨年6月には、「女性の就業継続とワーク・ライフ・バランス」というテーマで行っていますし、今年3月には、「ホワイトカラーの労働時間を考える」といったテーマのなかで、労働時間の適正化とワーク・ライフ・バランスを強く意識した議論が行われています。このことや今日の発表からもわかりますように、今日的なワーク・ライフ・バランスとは極めて多義的あるいは非常に広い概念になっていて、そのなかには多くの要素を含んでいるわけです。

「女性のため」から「男女共通」に

歴史的に遡ると、日本では1972年に働く女性の福祉の増進の目的で成立した勤労婦人福祉法の目的規定や基本理念の規定に、「職業生活と家庭生活の調和」という言葉が入っており、これが日本におけるワーク・ライフ・バランスの始まりかと思います。しかし、このように当初女性のためだけだったワーク・ライフ・バランスが近年大きく様変わりしてきています。ご案内のとおり、育児・介護休業法とか次世代育成支援対策推進法、さらには労働時間設定改善法と、さまざまな法律のなかで男女共通のワーク・ライフ・バランスを強く意識した規定が既に出現しているわけです。

このような射程の広がりとともに、何のためのワーク・ライフ・バランスかといった、目的についても広がりを見せていることがあります。今日の報告は、女性のためというような就業支援の意識を持った分析もなされておりますが、かつて女性の支援という位置づけがメーンであった時代においては、企業の立場からは、「あくまでこれは義務づけである」と受け止められ、「企業の社会的責任」であるとの意識も強かったかと思います。しかし、最近の男女とものワーク・ライフ・バランスになりますと、例えば業務改善とか生産性の向上、人材確保などのさまざまな文脈で意識され、目的とされるようになってきているかと思います。ワーク・ライフ・バランスにかえて、ダイバーシティというワーディングを使われる企業も多くなっています。

そんな概念の広がり、あるいは、さまざまなステークホルダーにとってのワーク・ライフ・バランスの違いがあるかと思いますが、本日は3人の発表者から、まさに三者三様の視点での報告が行われました。池田研究員の発表は、女性の就業行動といった女性の視点。中村研究員の発表は、企業の雇用管理面における経営戦略といった視点。池添研究員の発表は、比較法の観点からの政策決定の視点と、それぞれ異なる視点から最近の動きを追っています。また、実は、ワーク・ライフ・バランスには、今の3つの視点に加えて、長時間労働の解消という労働時間問題の視点もあるわけです。そこで、労働時間研究の第1人者である、早稲田大学の小倉先生にコメンテーターとして、3人の発表についてのコメントと、3人とは異なる立場からのワーク・ライフ・バランスについてのお考えもあわせてお話いただきたいと思います。その後、論点を絞り、議論していきたいと思います。それでは小倉先生、よろしくお願いします。

小倉

早稲田大学の小倉です。今は大学の教員になりましたが、半年前まではJILPTの研究員です。JILPTの研究成果は、労働関係では非常に豊富で、かつ詳細です。このワーク・ライフ・バランスについても、随分前から研究をされてきています。

小倉一哉/

3人の報告については、例えば外国に関しては、私も勉強中の身ですのでコメントというより質問という形でお話させていただき、関連する範囲で私のJILPTでの研究成果などもご紹介できればと思います。

やはり長時間労働がネックに

最初に、池田さんの報告です。大変しっかりした研究で、しかもわかりやすい内容だったという意味で、会場の方々もかなり同意されるのではないかと思いました。特に女性の活躍が進んでいることと、その就業継続率との因果関係がかなり明確にみえていることが、事実発見としても大変おもしろく、同時に政策的にも非常に重要なインプリケーションがあると考えます。

それを踏まえたいろいろなデータの紹介が大変参考になったわけですが、言葉を変えれば、結局は女性が価値の高い仕事に長く働けるようになることが、結果的に就業継続を促すのであるとすると、多少はジレンマが生じるのかなという気がしています。

例えば、長時間労働の人でもそれなりにワーク・ライフ・バランスに取り組んでいることはわかりましたが、池田さんが出した長時間労働は、正社員で週に40~50時間というデータでした。40~50時間を長時間労働と思う人と思わない人が多分世の中にはいて、男性正社員で子育ての負担が主に奥さんにかかっている人は、50時間は長時間ではないですよね。要するに、60時間以上の割合が働き盛りで2割を超えることまで考えると、40~50時間はそれほど長くないわけです。池田さんの報告には、特に50時間以上の回答者が少なかったので、そのデータがもう少し集まらないと50時間以上がどう思うのかは厳密にいえないと思いますが、そうなってきたときに、やはり長時間労働は非常にネックになるだろうとの印象を持ちました。

ただ、現段階でも、正社員で働いている人が、それなりに残業している人でも就業継続できている点は、非常におもしろい事実発見だと思います。

男性の働き方や意識に変化は

それから、中村さんのお話とも関わる点ですが、中小企業、非正規の問題は、まだかなり取り残されていることが調査からもわかりました。ただ、 ここに関して政策的に踏み込むのはなかなか難しいのかなという気がしました。と同時に、池田さんの調査は、30~40代前半の女性が対象なので、そこでの就業継続が進んでいるのはいいことだと思いますが、その配偶者である夫の働き方とか、彼らがどう思っているのかということに、ちょっとおぼろげな疑問を抱きました。

もっと簡単に言えば、男性正社員で育児休業を取れる会社は実際にはありますが、日本の男性は多分、ヨーロッパの先進国に比べると男性が取得していなくて、その辺との両輪だと思うからです。家庭を考えたときに、夫と妻が両輪と考えますと、女性が就業継続できても、男性は相変わらず長時間労働で育児に参加しない状況のままでいいと思っている人は多分あまり多くないと思いますが、その辺をどう考えているのかなという点です。

中小企業への対策の立て方も課題

中村さんの発表は、『中小企業白書2006年版』に疑問を呈するような問題意識で大変おもしろかったです。私が思っていた『中小企業白書』のイメージは、多分、女性が社長の中堅企業の場合であればそれなりに融通を効かせてくれるといったものだったのではないかと。『中小企業白書』を誰がどういうふうに考えて書いたのか、私はよく知りませんが、それはそれで多分事実なのだろうと思いますが、中村さんの調査からみる限り、マジョリティではないことがわかった。『中小企業白書』が何でマジョリティではないマイノリティの方を取り上げたのかは、私自身、疑問に思います。中村さんの調査の方が、よほど現実的だと思いました。

さらに、池田報告、中村報告で共通していたのは、やはり企業がワーク・ライフ・バランス施策に対してどのぐらい制度を持っているか、周知しているかという点が、実際に女性の就業継続とか中小企業でのワーク・ライフ・バランス施策の充実に効果があることでした。そうなってくると、中小企業に対する1つの対策の立て方として、いきなり大企業で制度が充実したところと同じことはできないでしょうから、やはり地道なことをやっていくしかない。ただ、それをやっていくにしてもさらに難しいのは、もっと小さな会社になってきたときに、果たしてどこまでそれが許容できるのか。もしかすると、企業を大企業、中小企業という二分法ではなく、中小企業の中の分け方とか、マトリックスを組んだりする考え方があるのではないかなと思いました。

いずれにしろ、事実発見として、制度がある・ないとか、周知している・していないとか、そういう立場にある女性がいる・いないということが大きな影響を与えているのは事実だと思います。そのことから裏返して、ほんとうに小さな会社では、例えば結婚した、妊娠した女性が排除されているのではないか。そういう人が排除されたらデータ上は出ませんから、そういう人たちを含んで考えていくのはどうしたらいいのでしょう。これは答えがないかも知れませんが、私自身の疑問としてあげさせていただきます。

最後の池添報告は、ヨーロッパ3カ国に関しては、それぞれ特徴があり、それなりに強調している点が違うことが大変興味深かったです。

その上で、私が池添さんにお聞きしたいのは、報告では時間がなかった日本との比較について、日本がこれまでやってきたワーク・ライフ・バランスの施策と、例えばヨーロッパの3カ国があってそれらをモデルとしたら、どういうふうに日本は行くべきなのか。現状、近未来で考えたときに、どういった可能性があるのかをご紹介いただければと思います。

依然、働き過ぎが労働問題の根底に

最後に、私の研究との関係でこのテーマ全体でお話します。ワーク・ライフ・バランスという言葉がもてはやされるずっと前から、日本人の働き過ぎは日本の労働問題の非常に根底の部分にありました。政府統計で、ある時期、年間総実労働時間が短くなったことがありましたが、実はそれは統計のまやかしでした。パートタイム労働者が少なかったときに、パートタイム労働者と一般労働者を合わせて平均して短くなってきたので、パートタイム労働者が増えれば、当然、平均の労働時間は短くなります。そこで、1993年ぐらいから厚労省の毎勤統計で一般労働者とパートタイムをわけるようになったら、それ以降の数字は、正社員が多く含まれている一般労働者は約20年間、2,000時間を上回る水準でほぼ一定です。この間、週休2日制が普及したにもかかわらず、総実労働時間ではあまり変わっていない現状があって、結局、長時間労働は非常に根底に残っています。

ワーク・ライフ・バランスにおける日本の根本的な問題は、長時間労働なので、女性が正社員として働き続けるためには、ある種そこから離脱しないとだめだった。離脱をしないで就業継続していくためにどうしたらいいかというのが恐らく池田さんの研究している部分で、少しずつ改善していることがわかってきたのだと思います。

それから、では男性がそれほど働かなかったらどうなのかを考えると、やっぱりそこには法政策との関係が出てきますし、あるいは中小企業で法律を守れない、守っていないようなところとの関係が出てくると思います。働き過ぎの問題が根底にあるなかで、ワーク・ライフ・バランスは、そのあたりを全体として考えていかなければならない。先ほどの2,000時間は毎勤のデータであり、サービス残業が入っていないといってもいいので、サービス残業を入れてさらに増えた労働時間を前提に考えると、女性の就業継続にしろ、中小企業にしろ、制度的な問題にしろ、ミスリードしてしまう可能性があります。その辺をどうするかについては、今日のテーマと関係はありますがメーンテーマとして報告はされていませんので、関連する範囲で私の知っていることを申し述べたいと思います。

女性の就業継続と男性の長時間労働の関係

伊岐

ありがとうございました。今日の異なる視点からの多岐に渡る発表について多角的にご意見をいただきました。これからの進行ですが、冒頭お話したように、まず今日の論点を、まず、ワーク・ライフ・バランスの現況における問題、あるいはこれまでの問題に絞って少し議論してみたいと思います。そのうえで後ほど、これからどうしたらいいかについて議論を整理しながらお話を進めたいと思います。

まず、最初に小倉先生からご指摘のあった、池田さんの発表についての論点です。特に女性がかなり活躍しているところで就業継続があるということですが、男性正社員の長い労働時間との関係はどうなのか。そういうことも含め、池田さんにこれまでの課題を少し掘り下げた発言をお願いします。

男性と女性の「長時間」労働の落差

池田

まさに小倉さんが問題にされている長時間労働の問題が、女性にとっても切実な課題になりつつあることが徐々に分析でわかってきているわけです。まず1つ、男性において問題になっている長時間労働と、女性において問題になる労働時間の長さがまったく違うというのが、この問題の非常に難しいところです。

池田心豪/

小倉さんのご指摘の通り、男性については60時間超が何割いるかというところが問題です。方や、子育て中の女性に関しては、所定労働時間でもきついので短時間勤務、1時間の残業でもきついので所定外労働免除となっています。この大きな落差のなかで、女性が子育てと仕事の両立を図るようになってきている状況があります。そういう意味で、ある程度労働時間が長くても就業継続しているというのは、決して楽観できる状態ではなく、まさにそういう両立課題に直面する女性が増えていることを意味していると認識しています。

時短が重要な課題に

そのうえで、週50時間超の女性の出産退職率はそれほど高くないという分析結果。これをどう解釈するかが、この問題をどう考えるかの大きなポイントになると思います。

労働政策フォーラム(2011年10月3日4日)

まだここは分析中なのですが、週50時間超の女性は、復職するときに勤務時間を短縮している割合が相対的に高いという結果も報告書では示しています。短時間勤務はまだこれから定着していく段階ですから、絶対的な比率はそれほど高くはありません。しかし、相対的には比率が高い。出産前は長時間働いているけれど、出産後にかなり労働時間を短くしているといえます。その後の子育てとキャリアを長期的にみたときに、こうした落差がいいといえるのかどうかは難しい問題だと認識しています。

それに対して、明確な回答を今はまだ出せない状態ですが、1つ、その状況をポジティブに捉えれば、やはり活躍度の高い女性は何としてもつなぎとめておきたいと企業が思う。女性としても簡単には辞めたくはない。だから、一時的に短時間勤務のような両立支援制度を使って働く。ただ、そこに生じる働き方の落差の大きさは、やはり長期的にみると楽観視できない状態です。そういう意味で、時短が非常に重要な課題という認識は、私も小倉先生と同じように持っています。

伊岐

ありがとうございました。今のお話は、通常は長時間労働であってもやりがいのある仕事、活躍の場が女性に与えられているなら、会社側もその女性に長く働いてもらうためにさまざまな手配ができるだろう、短時間勤務制度の適用なども積極的に会社が進めていくだろう。こういう理解でよろしいのでしょうか。

池田

積極的にいえば、そういう理解です。ただ、やはり1日3時間も4時間も残業していた働き方から、所定労働時間を切るような働き方に変えることで、その人のキャリアとか、あるいは職場の制度の運用に無理が生じるとすれば、それは楽観視できない問題だろうということです。これは事例調査とほかの研究とかでもいわれていることです。

伊岐

むしろその部分にやはり問題があるという理解で良いのですか。

池田

問題がある可能性があるということですね。実はここは今年度の研究として、データを分析している最中です。

中小が抱える雇用管理面の課題とは

伊岐

ありがとうございました。今度は中小企業の雇用管理面からのご指摘についてです。一番零細な企業はどうなるのだというお話も含め、中村さんから少しお話をいただけますか。それから、そのほかに中小企業が抱えている課題についてのコメントが付加的にありましたらお願いします。

中村

中小企業のことに関して、小倉先生からいただいたコメントで一番大きいのは、一番小さなところはどうなっているのかというお話かと思います。今回の調査結果から申しますと、10人から1,000人未満で、まずは調査しました。やはり10人以下企業の雇用管理を考えると、それ以上の規模と相当違うことが予想されるので、今回の調査では調べていないということです。

質問の趣旨を考えれば、 今回はより大きな企業といわゆる中小企業を対比させることで報告しましたが、結局のところグラデーションで、例えば、はっきりここでわかれるということではなく、その分岐点、どこで線引きするかは実はいろいろあるだろうと思っています。それは報告したとおりで、30人未満の企業をとりましても、大勢はこうなっているという報告をしましたが、そのなかでも、ほかの大多数の小規模企業が非常に消極的な姿勢でしかないなかにあって、実は育休を持っていたり介護休業も持っているなど、そこの部分を一生懸命考えて企業経営をやっている企業も現実にあります。

中村良二/

そうしますと、規模で切れるところが非常にわかりやすく、まずはそういった状況を報告するのが一番肝心と思い、今日はそういった報告をしましたが、実はその30人未満に限っても、いろいろな区切り方でみていけば、そんなに30人という数字で切れるような話ではなく、おそらくいろいろな要素が入っているグラデーションのような形で変わってきていると思っています。

ならば、そこの部分もさらにきちんと調べなくてはいけないと思いますが、グラデーションとして捉えることと、それでも多数派は今のところあまり対応を進めていない企業がほとんどですので、そのなかでも積極的な施策を打ち出そうとしている企業がどういった企業であるのか、具体的にどういうことをやろうとしているのか、そこのところをもう1度調べ直さなくてはいけないと思っております。

そういったところを見始めますと、結局、ワーク・ライフ・バランスがどうのこうのという話ではなく、業務改善、どういった働き方を企業の雇用管理としていくのかというところに話がいくのだろうと思っています。

制度設計や運用の情報が必要

伊岐

池添さんへの小倉さんからの質問は、これからの話でしたので、後ほどにさせていただきます。いま池田さん、中村さんのこれまで、あるいは現状における課題についての小倉さんからの質問に対する考えを聞きました。先ほども中小企業とか非正規、制度から取り残されている方々の話がかなりありました。そのなかの問題として、小倉さんから、一番零細な企業の話はどうなるのかということがいわれたわけです。中小企業全体として、大企業と大きな違いがあり、何か手を差し伸べるべき状態に今現在あるのかについて、もう1度お2人に聞きたいと思います。先ほど池田さんからも、中小企業の問題について少しお話がありましたが、いかがですか。

池田

実は一昨年、企業規模が300人を下回る会社、小さいところで20人くらいの企業まで含めて何社かヒアリング調査しましたが、やはり大企業と大きく違うところは、毎年毎年出産する女性が出て育児休業を取る・取らないという問題が発生しているわけではないことです。そのため、制度をどうデザインするかとか運用をどう進めていくか、そのノウハウを経験的に蓄積していくことが難しいという課題があります。法律通りに制度をつくればいい部分もありますが、なかなかそういかない部分に対しては、外からいろいろなアドバイスや情報提供を行っていくことが重要だろうと思いました。

実際、経営者の人がすごくアイデア豊富な場合は、もうびっくりするようなことをいろいろとやっていますが、そうじゃない場合は、行政や外部のコンサルティングのサービスを利用して、ワーク・ライフ・バランスに関するノウハウを提供してもらっているところが、両立支援の制度化と運用をうまくできているという印象を持っています。1社で個別に努力するより、外の力をうまく利用していく、そのための機会をどんどん提供していくということが大事ではないかと思っています。

大きいトップの危機意識

伊岐

ありがとうございました。中村さん、何かつけ加えることはありませんか。

中村

一番小さな規模の企業、なかでも今回、育児との両立支援を考えたときに、対象となる女性の問題が棚上げされているのではないかというコメントをいただきました。これは結局、そこの部分がすっぽり抜けてしまっていて、その後どうなったのかが、企業側から見ている限りは、やはりどうしてもわかりにくい。わからないという意味では、池田さんの研究とあわせて、そういったところの実態が少しずつ解明できるのではないかと思っています。また、より中小企業の雇用管理としてうまくいっているところは、やはり経営者の方がどれくらい危機意識を持っているか。特に初代で企業を築き上げられた方は、「これが俺のやり方だ」というところをずっと押し通していかれる。当たり前の話でありますが、それが二代目、三代目になったときにより冷静な目で見て、これから入ってきてくれる社員、入ってきてくれるであろう社員のことを考えて、雇用管理をがらっと変えていく例は幾つかみられます。そういう意味では、まさにこれからより小規模企業で、そういうところに目配りできた雇用管理ができるのかどうかは、やはりどうしても規模が小さくなればなるほど、企業のトップに座られる方の考え方次第かなと思っています。

企業の琴線に訴えるメリットとは

伊岐

ありがとうございました。少しこの話を掘り下げたいのですが、企業が一生懸命、ワーク・ライフ・バランスを進めるかどうかについては、やはりワーク・ライフ・バランスのメリットをどのぐらい企業が感じ、それを進めるべきだと認識するかにかかっている話だと思います。ワーク・ライフ・バランスのメリット、先ほど冒頭にお話しましたように、女性の就業継続とか均等政策、能力発揮というような女性に視点を置いた部分と、小倉さんも先ほどお話されましたように男性自身の労働力の再生産であるとか健康といった非常に幅広い部分でのメリット、さらには業務の見直しといった、どちらかというと生産性の向上に強くつながるようないろいろなメリットがある。そこら辺のどこを琴線に訴えるメリットとして捉えるかによって、かなりやり方も違うと思うのです。中小企業がそのあたりをどう感じているかについて、中村さんの報告では、どの程度浮き彫りにされていると理解すればよろしいですか。

大切なのは人が辞めなくなること

中村

今回、報告したデータとして、そこの部分の何が一番クローズアップされるのかというと、もちろん、企業側がこういうことはメリットだといっている点はあります。そして、「果たして本当にそこの部分なのか」「その後の雇用管理はどうなっていくのか」などと考え、一応こういうメリットはあるだろうという意識を持っているとの印象を私自身は持っております。やはり、企業に具体的な話を聞きに行ったときに、「これまで採れなかった若い人材が採れる」とか「その人たちが、どちらかと言えば、前よりは定着してくれる」などといったことです。結局、ワーク・ライフ・バランスという言葉を使わなくても、そうした施策をとることで業務改善ができて人材が辞めない。そういうところに結びついていくとの印象を持っています。

伊岐

メリットの1つである「女性の就業継続」は、まさに池田さんの発表そのものであったわけですが、先ほど小倉さんが指摘されたように、女性の就業継続の背後に、例えば、その配偶者である男性の長時間労働問題が横たわっていたりして、実は女性労働者と男性労働者の利害とか、あるいは、夫婦間でそれぞれ異なる企業に勤めていると、それぞれ勤め先の企業の利害が対立したりしますよね。すると、日本全体でワーク・ライフ・バランスを進めることの意義と企業のメリットは、どのようにつなげて考えればよろしいのですか。

男性の労働時間短縮が切実な問題に

池田

大きな話の前提として、日本は伝統的に三世代同居率が高かったことを、まず理解していただきたいと思います。かつて仕事を続けていた女性は、産休だけで、しかもフルタイムで復職していた。そこには同居している親の援助がありました。男性の長時間労働が夫婦においてそれほど大きな問題にならなかったのも、親と同居していたからだと私は認識しています。しかし、これはJILPTが第一期の中期計画中に分析した結果で、既に他のところで別の研究者も指摘していることですが、そういった親の援助の効果が低下してきているのが、今の若い世代の大きな特徴です。つまり、夫婦で家事・育児をやりくりしなければいけない。残業があるけど、子どもは家で祖父母が見ていてくれる、という人が少なくなっている。そのことが、職場にも夫婦にも大きな影響を及ぼしています。

まず職場レベルでみると、先ほどいいましたが、女性が男性と同じように働き、その残業時間が男性に近づいてくると、出産を機に働き方を変えなければいけなくなる。そういう状態は、女性にとってはキャリアの制約になりますし、同時にその仕事を誰が引き受けるのかという男性の問題にもなってきます。職務を円滑に回していくという意味で、男性の労働時間短縮が職場において重要になるのです。家庭においては、端的に言って、男性も同じように家事をしないと家庭生活を運営できなくなってきている。そういう意味で、男性の労働時間短縮は家庭生活においても当然重要な課題になってきています。

しかし、それが企業を超えて、例えば、夫婦で別々に働いていたときに、女性を雇用している企業は損して、男性ばかり雇用している企業は得していると指摘されたときに、どう調整するか。これに関してはすみません。すぐにこうだというアイデアは、私にはない状態です。

労働時間が長いのは業務量が多いから

伊岐

では、この点について小倉さん、いかがですか。先ほど女性の育児・介護休業も含めたワーク・ライフ・バランスの問題の背後にある男性の問題を指摘されましたが。

小倉

JILPTの労働政策研究報告書No.128「仕事特性・個人特性と労働時間」を私が書いています。従来からずっと労働時間は長いのですが、何で長いのですか?もうちょっと正確に言うと、どうして残業するんですか?という質問をしたときに、理由のトップは、「業務量が多いから」というものです。過去10年ぐらいの間に数回調査しているのですが、対象を変えても時期を変えてもいつも同じ結果で、正社員の6割前後が大体これを選んで多重回答で1位になるのです。

例えば、マスコミはよく、「残業手当が欲しいから」とか「早く帰りたくないから」などと言ったりします。でも、私の調査では、両方とも1割ぐらいしかありません。1割いれば十分なのかもしれませんが、やっぱり本当に長い人は業務量が多くて残業せざるを得ないのが本音だと私は思っています。

裁量度の高さが労働時間に影響

ただ、その業務量が多いときにも、考え方が大きく分けて2通りあります。非常に単純化して考えますと、その人にとって、もうどれだけ頑張っても絶対所定内で終わらないぐらい、残業しなきゃいけないぐらい絶対量としての仕事が与えられているのか。あるいは、例えばその人が若い人だったり経験がない仕事をしたことで、仕事のやり方がわからなくて、ベテランからみればさっさと終わることを能率悪くやっているのかという考え方があると思っていたので、調査をしてみたのです。業務量をはかることは難しいので、「あなたの仕事はどんな性質を持っていますか」あるいは「あなたはどういう人ですか」「あなたの上司はどういう人ですか」などといろいろな質問をしたうえで組み合わせて、1年以上かけて分析しました。その結果を簡単に申し上げます。まず仕事に関してどういう特徴があるかというと、1つは他者(他社)との関係性の強さが労働時間に影響する。この他者(他社)は、私は2つ言葉を出していて、「ほかの会社」と「ほかの者」と両方捉えています。要するに、お客さんといわれる会社、あるいは関連会社との関係、連絡とか調整、会議、打ち合わせが多い人は労働時間が長いし、それは同じように、会社の中でも、いろんなセクションとやりとりする人は労働時間が長い。反対に、自分の業務目標とか進め方について、自分の業務目標が明確であったり進め方に関して裁量度が高い人は労働時間が短い。この辺が結構キーポイントになっているのではないかと思いました。

裁量労働の見直しや好事例の普及を

それは、やはり裁量労働制です。法的にも実態としても今ありますが、この裁量労働制って、本当に絵にかいた餅です。多分、当初、政策立案に携わった人が裁量労働制、みなし労働時間を考えた時は、1日を8時間とみなすという意味のなかに、「1日6時間でもいいよ。だけど、場合によっては10時間になるかもしれない。そのときにその残業代は払わなくていいだろう」との趣旨だったと思うのです。ところが、実態は、「1日6時間でもいいよ」の部分が消えてしまい、「10時間働いても深夜にならなければ8時間」とみなされているのが裁量労働制です。だから、私は裁量制の“長短”といっているのですが、長さはもうそろそろいいのではないか。短い方の選択肢を増やしていかないと労働時間は本当の意味での融通性が持てず、短くならないでしょう。

ただ、それをいっても、調整や連絡が多い人は、どうしても他者(他社)との関係で互いに縛ってしまうので、そこはまたそれなりに考えていく必要はあるでしょう。例えば、無駄な会議を少しずつ減らしていくとか、課長会議で上げた資料を部長会議で同じものを上げないとか。 個別にみていくと、業務改善の仕方っていろいろなアイデアがあると思います。例えば、大企業でやっている好事例は、内閣府などでもいろいろな形で紹介されていたりするので、中小企業にもできそうなことを普及させていくことなどが重要だと思います。

管理職の働き方もキーポイント

あと1つ。 日本の長時間労働のキーポイントになっているのは、やはり管理職の問題です。おそらくかつてより現在の管理職の方が、「プレーイングマネジャー」になってしまっているでしょう。「マネジャーマネジャー」という言い方は変な日本語ですが、あえてプレーイングマネジャーの対立としての概念として、マネジャーマネジャーというならば、本来管理職は鵜飼の鵜匠であるべきだと私は思っています。

部下に仕事をさせ、その成果を自分の成果とする。ところが、今、日本の多くの管理職は、部下に仕事をさせ、指導して面倒を見るうえに自分でも仕事をこなす。そういったプレーイングマネジャーを調査して実証分析しても、プレイの度合いが高いほど労働時間も長いですし、部下が多いほど労働時間が長いという結果が出るので、管理職の扱いを企業ごとに考える必要があります。今、若い人は管理職になりたくないと言っているんですよね。それは、やはり管理職の働き方がちょっと嫌だと思ってのことだと思いますので、その辺が労働時間問題のキーポイントになるのではないでしょうか。

諸外国のワーク・ライフ・バランスの概念は

伊岐

ありがとうございました。今の話も含めて、先ほど小倉さんは、夫と妻、男と女の休み方が車の両輪とおっしゃいました。まさにご主人が管理職で、なかなか帰れない。それこそプレーイングマネジャーで長時間労働だとなりますと、奥様がかなり一手に家庭のことを引き受けることになる。そうなると、なかなか仕事と家庭の両立が難しくなってくるという循環になりますし、そういう意味での男女間の利害の対立があります。それからもう1つ、やはり男性自身、家事・育児を本当はやりたい意欲のある人もいるかもしれないのに、そこがなかなかできないという、家事への参画に関する利害対立を家庭内で発生させるような問題がある。そういうことで、長時間労働は、多面的にワーク・ライフ・バランスのなかで語られるようになってきたように思います。要は、男性自身がしっかり家事・育児に参加できるようにという文脈と、それから、その男性の配偶者がしっかり能力を発揮するためには、ほとんど女性が家事・育児を担っている状況ではなかなか難しいのではないかという文脈です。多分両方の側面があって、ワーク・ライフ・バランスの概念が広がってきたように思うのです。

このあたり、諸外国の状況はいかがですか。例えば、池添さんのみてきたイギリスとかフランスは、女性の話からどんどん広がって男女共通のワーク・ライフ・バランスになっていった図式は共通なのでしょうか。

ヨーロッパでも平等な家事分担の方向性が

池添

ヨーロッパ各国のワーク・ライフ・バランス、正確には家族政策というべきかもしれませんが、ヨーロッパの3カ国においても日本と同様に、伝統的に性別役割分業意識が非常に強かったように思います。ドイツでは「3歳神話」があったりすることが、女性をして労働市場に参入するのを妨げていることが、近年に至って、合計特殊出生率低下の原因ではないかと考えられるようになってきたかと思います。また、イギリスやフランスでも、3歳神話こそ見られないものの、子の養育責任は事実上女性が多く負っている状況があったことを考えますと、伝統的な性別役割分業意識があったと考えられます。

池添弘邦/

しかし、夫婦間の雇用モデルが共働きへと変わり、人々の意識も変わってきたので、長時間労働の国であるイギリスはそれを問題視したり、ドイツでは仕事と家庭の時間配分の希望と現実にギャップがあることが問題ではないかと考えられるようになってきているようです。

そうしますと、各国とも当初は、女性の家事・育児と仕事の両立支援であったけれども、ワーク・ライフ・バランス政策あるいは家族政策が進められていくにしたがって、女性と共に男性の働き方の見直しとして、長時間労働の解消ですとか、働く時間を生活時間に充てていける希望をどうやって実現していくかが課題になってきています。したがいまして、日本と同様にヨーロッパ各国においても、男女ともに労働時間配分を適正なものにしていくですとか、男女平等に公平に家事・育児分担をするようにしていこうという政策的な方向が見えてくるかと思います。

伊岐

ありがとうございました。今までの議論で何か発言をしたい方はいらっしゃいますか。

労働時間のベクトル反転を

池田

先ほど最初のコメントで、男性の長時間労働問題と子育て中の女性とでは、問題になる労働時間の長さが全然違うといった話をしました。これについて、以前に行ったヒアリング調査を少し紹介しますと、先ほど小倉さんがいわれたように、労働時間を長い方へ長い方へと引っ張っていくベクトルがやはり日本の職場にはあります。でも反対に、短い方に向かっていくベクトルが職場にあって、今日は早く帰らなきゃいけない、今このときは休まなきゃいけないということが規範や雰囲気として許される職場づくりに取り組んでいる企業では、実際に残業も少なくなっているし、短時間勤務もうまく定着して、子育て中の女性の配置にもそれほど気を使わなくていいという特徴があります。週60時間をいきなりノー残業で法定時間内におさめるとか、残業のない働き方が当たり前だというところまではなかなか距離が遠いと思いますが、まずその長い方へ長い方へ向かっていくベクトルを、短い方のベクトルに反転させていく取り組みが大事です。

そのために、評価制度の見直しが有効なようです。例えば営業で何件契約をとったとか何個売ったとか、「たくさん働けばたくさん成果が上がって高く評価される」という仕組みではなく、どれだけ利益が出ているかの利益率とか効率性に評価基準を変えていくことで、短時間でもちゃんと利益の出る成果を出している人は高く評価するとか、逆に、非効率に長く働いている人は、たとえ数の上ではよく働いているようにみえてもあまり高く評価しない。そうした工夫をしている企業を調査しましたが、労働時間を短くするベクトルをつくる取り組みだといえます。

なかなか進まない中小の業務改善

伊岐

今の話で効率性という言葉が出ました。「効率性」「生産性」「業務改善」などのキーワードは、女性だけの仕事と生活の調和を政策としていた時代にはあまり出てこなかったものです。 ワーク・ライフ・バランスという打ち出しをしたときに、初めて効率性とか生産性、持続的な成長の話との整合性をかなり意識した政策決定なりイメージが出てきたかと思うのです。

そういう効率性とか業務改善面からのワーク・ライフ・バランスの推進の問題は、まだ日本では十分進んでいないのか、あるいはかなり進んできているのか。先ほど、小倉さんは長時間労働についてかなり厳しい見方をされていましたが、このあたりの見方はいかがでしょう。まず中小企業ではどうなのかということ、あるいは企業ではどうなのかということについて、いかがですか。

中村

あまり直接お話を伺えた事例が多くないので、これがマジョリティだというところまで断言できないのですが、業務改善というところまではいっていない企業の方が多いように思います。

たまたまワーク・ライフ・バランス施策でもうまくいっている企業をみると、やはりトップが危機感を持っていて、このままではやっぱりもたないと思ったときに、ある日突然、中小企業ですから、社長の一言で働き方を変えなくちゃいけないわけです。すると、今までやや漫然と残業していたのが、何曜日と何曜日は定時で絶対帰れと、もう本当に一斉に帰す。すると、従業員は驚いて、今まで1、2時間残業しながら何とかやっていたのにこの日とこの日は残業ができないとなれば、仕事のやり方をどうしてもそこで工夫しなくちゃいけなくなる。非常に乱暴と言えば乱暴ですが、ツルの一言で働き方を変えざるを得なくなり、そこで業務改善につながるという例はあります。でも、それが大きな流れとして、そういった方向には進んでいない、「そういうことができたらいいんだけどね。やったほうがいいんだけどね。でも、うちはね」というところで止まっている企業が多いのではないかなと思います。

「企業は人」で説得を

伊岐

小倉さん、何かコメントありますか。

小倉

ワーク・ライフ・バランスのなかに生産性の向上という言葉が出ているのは、やはり経営者に対してもメリットがあるようなことをいわないといけないから。働く人と経営する人の両方にメリットがないといけないということで出ていると思います。ただ、生産性というのはマクロでは測定することがあるのですが、私はマクロで測定する意味はほとんどないと思っています。サービス残業が入らないとか賃金をどう考えるのかで難しい問題があるからです。個別の会社にとってのメリットが生産性の向上にあることがわかれば、多分、経営者もわかってくれると思うのですが、残念ながら、それは非常に難しいでしょう。

業務量の測定が難しいと話しましたが、全く同じ仕事をしている人ばかりであれば測定できると思います。でも、実は工場のラインでも全く同じ仕事をしている人はほとんどいないでしょう。ある人から流れたらまた別の作業をしていると考えると、その人たちの業務量は同じと言えるのでしょうか。さらに、ホワイトカラーになると、業務量は一層、わからなくなります。売上高で見たら簡単かも知れませんが、正確な投入量を考えたときに測定が難しい。したがって、生産性の測定が難しいので、あまり生産性の向上とかを前面に出し過ぎると、結局、証拠がないみたいな話になってしまうので、むしろもっとソフトに、「企業は人ですよ」といったことだと思います。

働く側も人材としての価値の向上を

これは池添さんと一緒にやった調査なのですが、女性の退職率が凄く高い某中小企業のソフトウェアハウスで、あるとき社長が変わりました。その社長が、「なぜ女性が辞めていくのか」と聞いたら、「長時間労働で、とてもじゃないけどワーク・ライフ・バランスがとれないで辞めていくんだ」と。でも、その女性たちは、SEとしては会社にとって非常に重要な戦力だったのです。そこで、女性の人をキャップにして在宅勤務、テレワークについて調べなさいといって2年ぐらいかけて調べさせたそうです。すると、その人たちが一生懸命いろんなところの話を聞きに行ったりして、非常に柔軟性の高い在宅勤務制度を取り入れました。その在宅勤務制度が活用された後は、その会社いわく、女性の定着率は上がったし、生産性も上がったと。どういう生産性のはかり方をしたのかわかりませんが、少なくともその会社が短期間でとった労働時間という投入と売上で見た限り、それが伸びたとのことでした。私はそこに反応したというよりは、やはり女性の定着率が上がったことがあったので、そういう経営者の姿勢というか意識のなかに「企業は人でもっている」というのがあるのだと思いました。

「じんざい」の「ざい」を「材(量)」と書くか「財(産)」と書くかはいろいろあると思いますが、そこに対する意識の持ち方で、働く側も人材としての価値を高めていくことをしていかないと。やはり人材として必要とされないと、結局、そういう制度から取り残されたりしていくことがあると思うので、その辺はやっぱり同時に考えていかなければいけないと思っております。

伊岐

ありがとうございました。人材として必要な人材が能力を十分に発揮することとワーク・ライフ・バランスがやはり非常に密接に絡んできている。又、そういう人材になるためにも、ワーク・ライフ・バランスが必要ですし、そういう人材をつなぎとめるためにもワーク・ライフ・バランスが必要との話になっていくのだろうと思います。

2007年のJILPT調査シリーズNo.37「仕事と家庭の両立支援にかかわる調査」では、女性活躍の問題とワーク・ライフ・バランスの問題と両方にしっかり意を用いている企業のパフォーマンスがもっともいいという分析がされています。そういう文脈のなかに、このワーク・ライフ・バランスのパネルもあると思うわけです。

これからの話をする前段で言い足りないことがあった方はいらっしゃいませんか。もしありましたら、追加的な発言をして欲しいと思いますが、いかがでしょうか。

今の企業に人を辞めさせる余裕はない

池田

では、企業のパフォーマンスについて。どのぐらい生産性が上がっているとか、どのぐらいメリットがあるかについては、小倉さんもいわれたとおり、量りづらいところがあると思うのですが、今の企業の本音として、人を辞めさせる余裕はないといった声をよく聞きます。採用段階でかなり絞っていますので。3人採った中から1人か2人残ってくれればいいというような採用をしている会社は、今はあまりないと思います。すると、採ったからには残ってもらわないと困る。採り直すには採用コストがかかりますし、短期間でもその人を会社に慣らすために施した費用もある。どんな職務でも、その人が経験して身につけた能力はあります。そうした退職のコストがもったいないということです。そういう企業の経営体質強化という意味で言うと継続支援というよりも退職防止というような言葉――池添さんの発表でも離職防止の話がありましたが、採った以上は辞めて欲しくない。逆に、辞めてもいいと思うような人でもとりあえず採るような採用はもうしていないことが、女性の活躍とか継続支援に企業が向かう理由ではないかと思います。

ワーク・ライフ・バランスの今後の課題

伊岐

ありがとうございました。池田さんのおっしゃった理想的な話、 ワーク・ライフ・バランスを従業員のために向上させていくことがリテンションにもなりますよ、生産性の向上にもつながりますよ、女性の活躍を促すことで、さまざまな可能性が生まれますよとなるなら、かなりこぞって企業側がワーク・ライフ・バランス制度の充実に努められるはずですが、現実はなかなかそうはなっていない部分がありますね。

それをどういうふうにすればいいのか。特に企業と従業員の間で、まだ利害の対立があるのか。それから従業員の中である一定の女性だけが、例えば育児休業なり何なりをとると、取らない人、男性や子供のいない女性が休みをとった人のカバーに回らなければいけなくなる。すると、従業員同士の中で不公平感が出てしまうといった問題があって、どうしても利害対立がいろんなところで起こっている。それを何とかベクトルを1つの方向にしていくことによって、ワーク・ライフ・バランスを進めなければいけないと思います。ここからは、ワーク・ライフ・バランスのこれからは何が一番ポイントで、どんな課題をどう解決していかなければいけないのか。企業管理とか女性の視点、あるいは働き方の視点、さらには男性労働者も含めた視点でお話を伺いたいと思います。小倉さんからの質問の答えも含め、池添さんからお願いできますか。

必要な集団的労使関係の関与

池添

労働時間の規制は、労働基準法で1日8時間・1週間40時間と定められています。時間外労働(法定外労働時間を含むいわゆる残業)については、実際上、就業規則の中にその根拠が規定されているわけですが、就業規則の制定権限は使用者側にありますし、その就業規則は幅広な意味で合理的な内容を定めていればいいと考えられていますから、時間外労働の上限基準が定められていたってそれは何ら法的効力を持たないわけですから、上司が部下に命じれば時間外労働がずぶずぶに際限なくなされうるということが長時間労働の原因の1つになっているのではないかと思います。

労働政策フォーラム(2011年10月3日4日)

ただ、労働契約法ができて、労働者と使用者がともに仕事と生活の調和に配慮する必要があるとの規定ができましたので、そこらあたりは時間外労働(残業)義務があるのかないのかという契約(就業規則)の解釈の問題になります。といってもそれは事後的規制であって、事前に職場でお互い様的な雰囲気の醸成に役立つことには必ずしもつながっていかないと思います。ですからもっと別の政策的手当が必要ではないかと思います。

それから、若干話は戻りますが、先ほど触れた時間外労働の上限基準ですが、それには上限時間は年間360時間と書いてあります。しかし、これはあくまでも基準であって、全然守られていない企業があると小倉さんが4年ぐらい前に書かれた本の中でも述べておられたかと思います。年間1,000時間の時間外労働オーケーのような会社があって、それを労働組合も、 明示的にだか黙示的にだか分りませんが呑んでいる。そういった企業内規制をむしろ組合が頑張ってチェックしていくような集団労使の関与も、個別労使間での契約的規制とは別個に必要なのではないかと思っています。

労働時間の設定改善法の改正を

それと、これからの話では、労基法とか労働契約法などというのは事後的な規制であって、事前の規制、行為規範としてはあまりワーク・ライフ・バランスの推進に役立っていかないのではないかと思っています。では何か役に立つ方法はないのかというと、例えば、育児・介護の話であれば、現行の育介休法には所定内の残業の制限とか法定外の1日8時間を超える残業制限の規定もあります。労基法以外のそういう措置をとっていく流れで長時間労働を抑制していくことが1つあるかと思います。

そういうことに加えて、先ほどの報告でお話できなかったのですが、法律の実効性という意味では非常に弱いのですが、労働時間設定改善法というのがありますね。あれは労使間で自主的に長期の年休を取るとか、計画取得を促進するとか、長時間労働を抑制するとか、はたまた、 このフォーラムの主題であります家庭生活と仕事との調和に配慮するとか、いろいろな要素が絡んでいる規定が設けられていまして、労使が自主的に取り組むことを促進していこうという法律があるわけです。これをもう少し発展的に改正していけないものかと思っています。「労使」ですから、そこには集団労使が絡んでいくわけです。そうしますと、1つには企業内労使、特に労組に頑張ってもらうことも必要だと思いますが、もう1つには、例えばイギリスやドイツでは、ネオコーポラティズム的な形で政労使が政策決定に実質的に関与して政策を推進していく手法を取っています。そのプロセスの中に、労働時間設定改善法をどう変えていこうか・いけるかということを工夫して頂いて、社会全体、日本全体に網をかけていくことによって、例えば、中小零細であっても所属している中小企業連合会のような組織が、「やっぱりそういう法律ができたし、我が方としてもそういうのをやっていかなきゃいけないね」というイグニッションを切っていくきっかけ作りができるのではないかなと思うのです。労使共にいつまでも審議会の場で言いたいことを言い合っているだけではダメですし、あるいは、ワーク・ライフ・バランス憲章にしたって、その後ナショナルセンター労使が協働して取り組んでいるなんていう話は、私の勉強不足かもしれませんが、聞いたことがありません。

政労使合意に基づく政策決定も

ですから、 個人的に長時間労働とか、 職場の雰囲気があって育休がとれないなどワーク・ライフ・バランスを妨げている問題を改善していくには、実質的に、 中身もありその後も継続していけるような真の政労使合意が必要だと思います。ヨーロッパはもともと社会連帯とか政労使合意を重視する政策決定プロセスをとってきたので、日本とだいぶ状況が違いますが、日本もヨーロッパ諸国のような政労使合意に基づいて政策決定、時間設定改善法を改正していく、措置努力義務とか努力義務ではなく、労使間での協議義務、個別職場での協議義務みたいなものを入れていくような方向で考えていけば、社会全体が長時間労働などワーク・ライフ・コンフリクトの方に振れるのではなく、労働時間を短くする方へと、育休や年休を取れるようにした方がいいし、休むこと、仕事しないことは悪いことじゃないというワーク・ライフ・バランスの方に振れていくのではないかと思います。

均等法は1985年に制定されて25年経って徐々にですが進展してきた。そういう長い時間はかかるかも知れませんが、やはり何かどこかでしっかりしたイグニッションを切っておかなきゃいけないんじゃないかと思いますし、そういう意味で労働時間設定改善法の発展的改正や真の政労使合意のプロセスは非常に重要ではないかと思っています。

先進的な同規模の同業他社を紹介

伊岐

ありがとうございます。では、あと、それぞれ何かこれからについてお願いします。

中村

小倉さんの話の関係からいえば、やはりホワイトカラーの仕事の評価をどういうふうにはかるのか。これは大企業でも凄くうまくいっているということではまったくありません。そこが規模と関わりなく、今後やはり非常に大きな問題になってくるだろう。

それが人の仕事の分まで負担しなくてはいけない人を、どう評価するのか。休んだ人はどう評価するのか。それについて、「こうすれば大体うまくいくのではないか」といった話はまだ見えてきていないのが現状だと思っています。

それから、少なくとも現状で見る限り、中小企業の大部分は積極的とは思えません。ただ、いろいろな中小の方に話を聞くと、同規模の同業他社の動向のことを非常に気にしています。そういう意味では、どのレベルかは別にして、行政がなるべくそのなかでも頑張っているところにどのような形であれ何か働きかけをすることによって、その同規模、同業種の企業が、「あそこはこういうのをやり始めている。こういうふうに認められている」というようなアクションに巻き込んでいくことは、これから何かの方策で必要なのかなと考えています。

伊岐

中小企業の先進的な取り組みをうまく取り込んでいこうということですね。では池田さん、いかがですか。

円滑なコミュニケーションで利害調整を

池田

今日、制度周知に大きな効果があるという分析結果を報告しましたが、職場で話し合う機会とかコミュニケーションをとる機会をもっと持てば、制度の運用とか労働時間短縮、あるいは働き方のメリハリがつけやすくなるのではないでしょうか。これは前にもフォーラムで話したことがあるのですが、ワーク・ライフ・バランスとは、ワークの問題ではなく、ワークとライフの関係の問題です。つまり、従業員がどういうライフの状況に置かれているかをちゃんとわかって制度を運用しているのとそうでないのとでは効果が違ってきます。

よく子育て中の女性から、「職場で理解されない」といった話を聞きます。特に辞めた女性は、そういいます。働き方の物理的な条件よりも、自分の置かれている状況が理解されていないことを不満に思っています。企業の人事担当の方も、女性がどういうところに力点を置いて、どういう働き方を望んでいるのか、つかみかねている。男性のように、高い給料と高いポストをめざして頑張る女性ばかりではありません。ただ、今は男性でもそうではなくなってきてはいますが。要は、お互いにまだまだコミュニケーションが足りていないところがあるわけです。コミュニケーションが取れていれば、先ほどいいましたが、かつては家に専業主婦の妻がいて長時間労働できたけど、目の前にいるこの部下は状況が違うとか、 産休明けにすぐフルタイムで復職していた女性もかつてはいたけど、もう今はそういうことをサポートしてくれる同居の親がいないとか、そういうことがわかってくるでしょう。それでも子どもを家に置き去りにして出勤して来いというほど、日本の企業はひどくないと私は思っています。相互の理解が足りていないのです。

先ほど制度周知が大事だと報告したのは、「あなたに残ってほしい。だから、制度を使ってください」といったメッセージが従業員に伝わるだけで、だいぶ違うからです。反対に、女性の方も自分の希望を勤務先に伝えることで、ニーズが掘り起こされる。そういうコミュニケーションをとっていくことが、先ほどの利害を調整していくことになるのではないか。解は1つではないかもしれませんが、それぞれの現場、それぞれの企業でお互い納得できる落としどころを探るために、もっと話し合うということが大事だと思います。池添さんも最後に対話ということをおっしゃっていましたよね。

個別職場で柔軟な対応を

池添

先ほど報告で、ヨーロッパの3カ国だと短時間勤務など弾力的な勤務をする場合、あるいは、育休に替えて短時間勤務をする場合には申請権があるとお話ししたかと思います。申請権は権利ではあるけれども、それはあくまでも手続的な権利で、手続というプロセスの中に、対話、コミュニケーションも含まれうるわけです。すると、相互に意見交換し合う中で、個別の職場でどういう工夫ができるかを話し合う関係性が築けるというか、そこでコミュニケーションを取ることによって何かアウトプットが出てくるのではないかと思います。もちろん、法律でそういう制度を定める限り、使用者側には一定程度拒否権を認めてあげないと業務を著しく阻害するようなことが出てきます。でも、例外を付けるにしたって、申請権という手続的な権利を付与してあげることで、個別労使間のコミュニケーションを促進していくことが、日本の今後の制度・政策を考えるうえでも重要なのではないかなと思っています。

というのは、今の育介休法では、労働者は育休取得を申請することができる、その一方で会社は申請を拒否できない制度になっています。私はこれを「固い権利」と表現していますが、これでは当事者双方にとって柔軟性がないのです。先ほど池田さんがおっしゃったように、ライフにはさまざまな状況がありますから、それを個別の職場でどう柔軟に対応していくかは、やはりコミュニケーションとか協議とか対話を通じて行われることが非常に重要なのですが、日本の制度はそこまで担保していないのです。

ですから、先ほど申し上げた労働時間設定改善法に関してもそうですし、集団労使間での対話もそうですが、個別労使間での対話、コミュニケーションも今後の政策的な課題として非常に重要なのではないかと、比較法的な見地から見ても思っています。

伊岐

ありがとうございます。事情をお互いによく知らせ合う。もしかしたら、制度の周知もそれに入るかもしれませんが、見える化、柔軟性、対話といったキーワードが今のお話のなかで出てきたと理解すればいいですね。小倉さん、何かつけ加えることはありますか。

ワーク・ライフ・バランスは人材の定着に関係する

小倉

私がこれからについて申し上げたいことは2つほどあります。まずワーク・ライフ・バランスというものが、一部の会社には進んでいますが、まだすべてではない。すべてはあり得ないと思いますが、ただ、さらに普及させていかなければいけない。特に中小に向かってはそうであるとの前提で考えると、やはりメリットとしての人材の採用と定着という側面をわかってもらうようにしたらいいのではないか。非正規の問題はどうしても残ってしまいますが、そこは今回議論しにくいので機会を改めるとして、人材の採用と定着のためのワーク・ライフ・バランスであり、そのための長時間労働対策ということです。

先週、日経新聞に載っていた、「日経が調べた働きやすい会社ランキング」の大きな特徴は、休暇が充実しているところが軒並み上に出ていました。特に大手の電機メーカー、ITメーカーが軒並み1位から4、5位あたりまでを占めていましたが、ワーク・ライフ・バランス施策を整えて、かつ、基本的に土日が休めるというようなところでした。この働きやすい会社のランキングと、例えば、学生が行きたい会社のランキングって、それほど齟齬がありません。それは人材の採用・定着という、企業にとっての重要な観点とワーク・ライフ・バランスがかなり密接に関係あることを理解していただく。多少言い方は変えたりしなければいけませんが、多分それは、中小零細企業にも同じようなことが言えるのではないでしょうか。

簡単で地味な対策が効果的

長時間労働対策として私が研究した成果で、非常にわかりやすく対比的に捉えられた結果があるので、簡単に紹介します。長時間労働対策をやっていますか、やっていませんかということで選択肢を幾つかあげて、「ノー残業デー」「長時間労働の人へ注意や助言」「退勤時刻の際に終業を呼びかけたり強制消灯する」「IDカード等で労働時間を管理する」「自分の労働時間がパソコンなどで簡単にわかる仕組み」「定期健診以外の労働時間に関するカウンセリング等」をそれぞれ尋ねたのですが、最初の3つが、ほかの条件を一定としても労働時間を短くする効果があって、後半3つはその効果が見られませんでした。

今述べたことを端的にいうと、実は意外に簡単で地味なことは長時間労働に効くけれど、難しく考えてしまうと、間接的な仕組みはあまり労働時間に影響していないということだと思います。つまり、労働時間を管理する仕組みを合理的にしようと機械を入れようと、要は、現場でノー残業デーを徹底させるとか、残業が多い部署の人を管理職と一緒に呼び出して事情を聞いて注意するとか、相当強行な手段だと思いますが強制消灯するとかが具体的に効くというのは、私は事実発見として当たり前のようであるけれども重要だと思いました。実はそれがそんなに徹底していないのではないかと考えたわけです。結構地道なことが効くというのが、企業に対して言いたいことです。

怠ってはならない人材としての質の向上

それから、働く人に対しては、いろいろなことを言わなきゃいけないと思います。1つは、今日の皆さんの発表からもわかったのは、人材としての質の向上をめざすことを不断に怠ってはいけないと思うのです。それは大学生で新卒で入る人もそうだし、現在働いている人もやっぱりそうで、人材としての価値が高まれば企業は離したくないから、そういう人がマジョリティになれば、ワーク・ライフ・バランスせざるを得ないということに、論法としては成り立つんです。そういう人をクビにしたら会社が倒産するわけですから。

さらにいってしまえば、企業経営の観点からは大分離れてしまいますが、これから先のますます混迷を極めていくような不確実な時代のなかで、1社に30年、40年いられるかわからないですよね。あるいは、定年が65歳まで延びると思いますが、80歳まであと15年生きていくときに年金は少なくなるわけです。そういうときに、企業を離れて生きていくことを考えたときに、やはり人材としての質の向上と、転職や再就職の際の職は相当強い関係を持つだろうと思うので、そのためのワーク・ライフ・バランスなんだということです。要するに、「働きづめで30年間一生懸命働いたけど、定年で終わっちゃいました。でも、会社でやったことは外で役に立ちません」というよりは、やっぱり少し自分でも意識しながら、取らなかった休暇をなるべく取るようにして、そこでセカンドキャリアのことを学ぶとか外の業界の動向を知っておくこととかもやはり必要なのではないかと思いました。

企業の方針を伝えることが大事

伊岐

では、報告者の3人に一言ずつ、クロージングのコメントをいただきたいと思います。池田さんからどうぞ。

池田

私は、仕事と家庭の両立をずっと研究テーマにしてきました。今日の分析結果の中で、もう1回、制度周知の効果が大きいことに立ち返りたいと思いますが、なぜこんなに大きい効果があるのだろうと、ずっと考えていました。今まで仕事と家庭を両立できるために、例えば労働時間について、残業を減らしましょうとか、何をしましょうといってきました。しかし、まずは両立支援を「やる」と決めることですね。外回りのない仕事だったら早く帰れるとか、 何か条件が整えば労働時間が短くなって、子育て中の女性が働きやすくなる。そういう「条件次第」というのではなく、まず「やる」と決めることはすごく大事だと思っています。いろいろ難しい問題があるのはわかりますけど、まず「やる」という方針を固める。その方針を従業員に伝えるために、企業が「わが社にはこういう制度がありますよ」と宣言することです。そのメッセージが何を置いても制度を利用しやすくするし、女性をつなぎとめることにつながると思います。

ワーク・ライフ・バランスをチャンスと読みかえて

伊岐

ありがとうございます。中村さん、どうぞ。

中村

中小企業をみていると、やはり現状、そんなに激変はしないだろうとは思っています。ただ、報告したとおり、その一部はやっぱり考え始めているというところを考え合わせますと、今ここまでやってこられたのは非常によくわかりますが、「その先も大丈夫ですか?」ということまで考えていただければと思います。そのメッセージを企業に投げることが必要だと思っています。

非常に厳しい経済状況なので、「そんなワーク・ライフ・バランスなんて」という話は幾らでも出てきます。でも、こういう厳しい状況だからこそ、人材採用であるとか逆の発想をすれば、チャンスと考えられる面もあるわけです。今まで採れなかった人材が採れる。そういう意味では、チャンスと読みかえられる部分もあります。現在から今後うまくやっていくために、ワーク・ライフ・バランスという切り口から考えるきっかけを持っていただければ非常にいいと思っております。

従業員代表制も今後の課題に

伊岐

ありがとうございます。池添さん、何かつけ加えることはありますか。

池添

先ほど来、労使間での協議とかコミュニケーションということを申し上げてきて、その中で集団労使の問題についてお話しましたが、その関係で言いますと、労働組合組織率が低下してきているわけです。今現在、日本全国平均で18%台だったと思います。もちろん、UIゼンセン同盟とかサービス・流通連合とか組織化を頑張っているところはあるにしても、また、以前に比べて高くなってきているとはいえ、非正規のパートの組織率が依然低いことを考えると、制度・政策の話としては、今後そう遠くない未来に従業員代表制や労働者代表制といった永年議論されてきているけれどなかなか解が見出せない、学者の間でも共通理解が得られない問題に政策的にどう対応していくのかが必ず問題になってくると思いますし、その点は今後の課題だと思っています。少しワーク・ライフ・バランスの話から外れますが、ワーク・ライフ・バランスを下支えする協議組織機関という意味での従業員・労働者代表制は重要な政策的課題だと思っています。

伊岐

ありがとうございます。やはり労使間の話であるとか、まずやってみる、行動に出ることの重要性などさまざまな角度から担当のパネリストがまとめてくれました。

ワーク・ライフ・バランスの話というのは、冒頭申し上げましたように、何度も議論に上っている問題ではありますが、永遠の課題として、解決に到達するまでには至っておりません。引き続き、それぞれのステークホルダー、労働者の方々、そして企業の方々、特に労使という意味で労働組合の方々、それから企業の雇用管理をサポートする社会保険労務士の方々ほか、さまざまな支援者の方々それぞれに大きな役割があると思います。それぞれが役割を果たして、ワーク・ライフ・バランスがさらに進むことを願いまして、このパネルを閉じさせていただきたいと思います。大変長い間ご清聴いただき、ありがとうございました。

プロフィール

※五十音順

伊岐典子(いき・のりこ)

JILPT主席統括研究員

1979年労働省入省。1997年職業安定局外国人雇用対策課長。1998年女性局庶務課長。2001年厚生労働省職業安定局業務指導課長。2002年厚生労働省労働基準局勤労者生活部企画課長。2009年厚生労働省雇用均等・児童家庭局長。2010年より労働政策研究・研修機構で研究業務に従事。

池添弘邦(いけぞえ・ひろくに)

JILPT主任研究員

上智大学大学院法学研究科法律学専攻博士課程単位取得退学。労働法専攻。1996年、日本労働研究機構(現JILPT)入職、2011年4月より現職。当機構における近年の主な研究成果に、『「労働者」の法的概念に関する比較法研究』(労働政策研究報告書No.67、2006年、「第2部 第6章アメリカ」他担当)、『多様な働き方の実態と課題』(JILPTプロジェクト研究シリーズNo.4、2007年、「第6章就業形態の多様化と法政策」担当、共著者:大内伸哉)、『在宅勤務への政策対応~労働法学の視点を中心に~』(JILPT Discussion Paper 08-05、2008年)、『ワーク・ライフ・バランス比較法研究<中間報告書>』(労働政策研究報告書No.116、2010年、「III第4節 アメリカ」他担当)などがある。

池田心豪(いけだ・しんごう)

JILPT副主任研究員

東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程単位取得退学。職業社会学専攻。2005年入職、2011年4月より現職。プロジェクト研究「多様な働き方への対応、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現に向けた就業環境の整備の在り方に関する調査研究」のサブテーマ「就業継続の政策効果に関する研究」を担当。最近の主な研究成果に、『出産・育児期の就業継続と育児休業―大企業と中小企業の比較を中心に―』(労働政策研究報告書No.109、2009年)、『女性の働き方と出産・育児期の就業継続―就業継続プロセスの支援と就業継続意欲を高める職場づくりの課題―』(労働政策研究報告書No.122、2010年)、『出産・育児期の就業継続―2005年以降の動向に着目して―』(労働政策研究報告書No.136、2011)などがある。

小倉一哉(おぐら・かずや)

早稲田大学商学学術院准教授

1993年早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)。93年から2011年まで労働政策研究・研修機構に勤務。同年4月より現職。専門分野は労働経済(労働時間・休暇、非正規雇用等)。主な著書に『エンドレス・ワーカーズ~働きすぎ日本人の実像』(日本経済新聞出版社、2007年)、『会社が教えてくれない「働き方」の授業』(中経出版、2010年)などがある。

中村良二(なかむら・りょうじ)

JILPT主任研究員

慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1990年、日本労働研究機構(現JILPT)研究所に入所。専門分野は、産業社会学、人的資源管理論。最近の主たる研究成果として、『東アジアの企業経営』(共著、ミネルヴァ書房、2009年)、『中小企業の雇用管理と両立支援に関する調査結果』(JILPT調査シリーズNo.54、2009年)、『中小企業の雇用管理と両立支援に関する調査結果(2)』(JILPT調査シリーズNo.69、2010年)、『中小企業におけるワーク・ライフ・バランスの現状と課題』(労働政策研究報告書No.135、2011年)などがある。