労働政策研究報告書 No.135
中小企業におけるワーク・ライフ・バランスの現状と課題
概要
研究の目的と方法
(1)研究の目的近年、競争激化に対応するために、企業は徹底した効率化を進める一方で、ワーク・ライフ・バランス(WLB)への対応も同時に迫られている。その仕組みが実際に使用可能となるのかは、全体的な人事管理のあり方と密接に関連している。中小企業におけるWLBの現状はほとんど明らかにされてこなかったが、中小企業の特徴と言われるイメージを念頭におきながら、人事管理の制度整備状況、WLBの制度整備状況と実際の使用状況、従業員意識の実態を把握することを目的とした。
(2)研究の方法- 企業調査:民間のデータベースに登録されている10人以上1,000人未満の企業10,000社を抽出し、調査票を送付した。回収率は、21.3%であった。
- 従業員調査:企業調査に回答し従業員調査にも協力可とした186社に対して、総務・人事部門を通じて1,321票を配布し、本人から直接返送してもらった。有効回収票は546票であった。
- 調査期間:企業調査は2008年11月14日~12月15日、従業員調査は2009年9月3日~11月9日である。
主な事実発見
- 基本的な規模別集計からは、より小規模企業ほど、基本的な人事制度、両立支援制度の整備率は共に低く休業取得率も低いことや、WLB支援策の定着に向けた取り組みを「特になにもしていない」比率が高まる傾向が見られた。その一方で、WLB施策に対して、企業側、従業員側双方が期待したメリット・効果は、「働く上での安心感」という点で、一致していた。
- 長期雇用方針を持つ企業は、まずは労働時間短縮を進め、仕事の進め方を再考しようとしており、両立支援施策の整備も進んでいる。全体の約3/4の企業が「WLBに対して消極的」と回答する一方、1/4弱が「積極的」と自己評価するのは、「WLB推進策の中で一つでも取り組んでいる」こと、企業内に「未就学児をもつ女性正社員がいる」ことと密接に関連していた。
- 育児休業規定がない多くの中小企業では、結婚退職率が高く、育児休業取得は進まず、短時間勤務制度など関連制度の整備率も低い。そうした関連の仕組みについて、「制度はないが運用でカバーする」企業は実数としては少いが、比較的小規模で従業員ニーズがあり、両立支援に取り組まざるを得ない企業である。また、コンプライアンス、均等処遇などへの取り組みでも、より消極的傾向がみられる。従業員側は、融通の効きやすい企業と捉える一方で、仕事と家事・育児・介護とのバランスに関する満足度は低かった。
※( )は出産者数、「全体」には企業規模、規定有無の「無回答」を含む
- WLBの実現は、従業員側の認識によっても、大きく変わりうる。仕事や家事による拘束感からWLBの現状をみると、「仕事・家事とも拘束」を感じているのは、男性よりは女性に多く、中でも、既婚で未就学児をもつ場合と、ひとり親である場合に多かった。男女共に、自宅に仕事を持ち帰る、仕事の裁量性が低いこと、さらに女性では、WLBに対する取り組みの姿勢について、企業の認識とズレていることとも密接に関連していた。男性の場合、拘束感と仕事の満足度との関連が一定程度認められるが、女性ではそうした傾向が見られなかった。
- 介護との両立に関しては、より小規模企業で制度整備が進んでいないが、特に、社員の平均年齢が高い企業において、顕著である。現時点で実際に介護休業を取得しているのはごくわずかであり、マクロ統計の傾向とも一致している。家族介護の見込みは、「近いうちになると思う」が男女ともほぼ1割程度、「いつかは」が6割ほどである。その際、現在の仕事を続けるか否かは、男性では大多数が「続ける」とする一方で、女性では半数に満たず、「両立しやすい仕事に変える」、「仕事をやめて介護に専念する」ことが予想されている。介護を支援する仕組みでも、より小規模企業で、人事管理施策が整っていない企業では、制度整備率が低い。
政策的含意
WLBの代表的な施策である育児休業制度に関しては、その制度がある場合、結婚退職者数が少なく、短時間勤務制度など育児休業後の制度普及にもつながること、また、介護関連では、従業員の平均年齢がより高い企業で、介護休業制度の普及が進んでいないことを明らかにした。WLBは働く上での安心感、いわゆる衛生要因として位置づけることで、概念的にわかりづらいWLBを捉える一つの視点を提供した。
政策への貢献
育児休業制度に関して、結婚退職や育児休業後の制度との関連を明らかにしたことで、制度はないが「運用でカバー」するより、むしろ制度化を進めることにより、プラスの連鎖が想定され得ることが示唆された。
介護関連で、従業員の平均年齢が高い企業における現状を明らかにしたことから、今後は、育児との両立支援のみならず、介護関連の制度整備とその実施可能性を高めることが、より重要となることが示唆された。
本文
- 労働政策研究報告書 No.135 サマリー (PDF:613KB)
- 労働政策研究報告書 No.135 本文 (PDF:4.6MB)
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研究期間
平成22年度
執筆担当者
- 中村良二
- 労働政策研究・研修機構主任研究員
- 酒井計史
- 労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー
研究期間
平成22年度