養育費の徴収と母子世帯の経済的自立

研究員 周 燕飛

日本の母子世帯数は、近年急速に増加している。厚生労働省の調査[1]によると、 2003 年現在の母子世帯数は、 122.5 万世帯と5年前(1998 年)の 95.5 万世帯に対して 28.3 %の増加となっている。こうした母子世帯の増加の背景として、近年における離婚の急増があげられる。 1990 年から 2002 年までの 12 年間、「子どものいる離婚件数」は、 9.9 万件から 17.4 万件へとほぼ倍増した(厚生労働省「人口動態統計」)。こどものいる離婚の8割近くは、妻が全児の親権を行っているため、「離婚の増加」がそのまま「母子世帯の増加」に結びつくことになる。

離婚が原因で母子世帯となった場合には、当然ながら元夫は健在している。元夫による養育費は、母子世帯の生活を支える重要な柱となるはずだが、現実はそう甘くはない。

米国に比べると、極端に低い日本の養育費の徴収率

2006 年現在、日本の離婚母子家庭のうち、養育費の取り決めをしている世帯は、全体の約3分の1に過ぎない(34.0 %)。また、実際に養育費を受給している世帯は、全体の2割未満(19.0 %)に止まる。一方、離婚して以来一度も養育費を受け取ったことのない母子世帯は圧倒的に多く、全体の約6割(59.1 %)を占めている。養育費徴収率の低さは、母子世帯の収入構成からみても、明白である。厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、元夫からの養育費や仕送りは、母子世帯収入全体のわずか5%に過ぎない。

一方、米国では、離婚母子世帯のみならず、別居母子世帯や未婚の母についても、子どもの父親から養育費を受給するのが一般的である。 2005 年の米国 CPS 調査[2]によると、ひとり親世帯(うち、 85 %程度は母子世帯)の5~6割(離婚の場合 64.6 %、別居の場合 49.8 %、未婚の場合 47.8 %)が、子どもの親権を持たない親側との間に養育費の取り決めをしている。取り決めた養育費の平均額(離婚と別居の場合)は、年間 6,200 ドル程度(516.6 ドル / 月=約 5.8 万円 / 月)で、日本の養育費受給世帯の平均水準(4.2 万円 / 月)よりも高い。また、米国では養育費の取り決めをしているひとり親世帯のうち、 5~6割のひとり親世帯は取り決めた養育費を全額受給しており、全く養育費を貰っていない世帯は全体の2割に過ぎない。

養育費の取り決めをしていない理由にも大きな日米差

養育費の取り決めをしていない理由について、米国では「必要がない」(33.7 %)、「相手はできるだけのことをした」(27.9 %)ことを理由として挙げられる人が多い[3]。一方、日本では「相手に支払う意思や能力がないと思った」(47.0 %)ことを挙げる人が最も多い。なお、日本側の理由の語尾に「と思った」という文言が加えているので、実際相手に支払能力があるかどうかが分からない状態での回答という可能性もある。つまり、実際元夫に支払能力があるにもかかわらず、調査していないため、受け取る側の母親は支払能力がないと思い込んでいるケースも十分ありうると考えられる。そして、日本では次に多くあげられる理由は、「相手と関りたくないから」(23.7 %)である。だれもが離婚に至るまでのプロセスで相手ともみ合ったり、言葉や身体的暴力を受けたりして、「相手と関わりたくない」という気持ちになりやすい。そのような気持ちにおいて日米間に大きな違いがあると思われないが、米国では、「相手と関わりたくない」ことを理由に養育の取り決めをあきらめてしまう母子世帯は日本よりはるかに少ない。

米国並みの養育費徴収率を可能にするには

母子世帯の母の稼動所得が伸び悩み、児童扶養手当などの社会保障給付も財政難で縮減されている中、今後、如何に養育費の徴収強化を通じて母子世帯の経済的自立を助けるかという点が重要な政策課題になると思われる。

離婚時の養育費の交渉方法について、日本では離婚相手との直接対話が前提とされており、離婚相手の支払い能力に対する正確な調査が難しい。その結果、「相手に支払う意思や能力がないと思った」、「相手と関わりたくない」ことで養育費の取り決めをあきらめてしまうケースが多い。一方、アメリカではさまざまな養育費取立機関が存在しており、それらの機関を介して養育費の支払いを求めれば、プロフェッショナルによる支払能力調査や交渉が可能となるほか、離婚相手との直接なかかわりも避けられる。

養育費徴収の第三者機関の設立に向けて、実際、厚生労働省は社団法人家庭問題情報センターに業務委託して、 2007 年 10 月から養育相談支援事業を実施している。ただし、養育費に関する情報提供、養育費に関する電話・電子メールでの相談や、養育費相談に応じる人材の養成のための研修が主な目的で、米国のように母子世帯の代理として養育費を取立てるまでには至ってない。

今後、養育費の徴収を本格的に強化したいなら、日本にも専門的な養育費取立機関を設置するべきであろう。米国の場合には、国や州政府系の無料養育費取立て機関が設置されている一方、取り立てた養育費の数%を手数料として徴収する営利の取立会社(例えば、 Child Support Network, inc)も認可されている。日本も、養育費取立て機関の設置方法について、官設官営を柱としながらも、公費負担の少ない官設民営(民間委託)や完全民営(営利認可)を選択肢として検討すべきではないかと思われる。

(2008年 2月 8日掲載)


[脚注]

  1. ^ 以下のデータは特別に言及しない限り、出所は厚生労働省「全国母子世帯等調査」となる。
  2. ^ 以下米国の資料は、すべてU.S. Census Bureau (2007)”Custodial Mothers and Fathers and Their Child Support”によるものである。
  3. ^ 米国の調査は、複数選択であり、日本の調査は単一選択であるため、割合値よりも、割合順を比較することに意義がある。