日本企業の人材育成 ― 求められる「見える化」 ―

主任研究員 木村 陽一

日本型人材育成の変化

IT産業では成功者は勝ち組と言われるが、これを支える多くのSEやプログラマーは体力勝負に追い込まれるという陰もちらつく昨今である。バブル経済が崩壊し、失われた10年があって、気が付いてみると格差社会の到来が言われ、最近では再チャレンジの導入が言われている。

企業経営にあたっては「企業は人なり」と言われ「人財」が企業繁栄の鍵であると言われ続けている。産業構造の変化、技術革新の進展、経済のグローバル化等によって、これまでの経営戦略では人材の育成が困難になり、多くの企業で年俸制、評価制度等が導入されてきている。「生き甲斐を持って働けるようにするため、従業員のモチベーションをあげ、企業・社会に貢献できる人材をどの様に育成するか」への取組みであると考えている。「終身雇用のもと、人材育成は企業の責任である」というこれまでの人材育成戦略に変更が求められていることに疑いはない。

書籍コーナーと自己啓発

最近、書店では「ビジネス」関連書棚の充実が目立つ。前記を反映して各種の月刊誌、新刊本では人材育成、コーチング、マネジメント、企業経営等のタイトルが目立つ。トヨタやキャノンの人づくり・ものづくりに関する書籍も目に付き、「現場力」を見つめ直して体質改善を訴える書籍も平積みになっている。また「自己啓発」関連書棚も拡充の一途である。書く技術、経済ニュースを読む、人を動かす等の各種ノウハウ本等々である。企業で働く労働者個人の側も、いわゆるリストラが断行され、企業研修受講者の「選択と集中」が進められるにつれ、エンプロイヤビリティーを自ら高めなければならない必要性を感じ、研修・勉強会への参加など各種の自己啓発が盛んになっている。

「見える」ことの重要性

大企業は人材育成のため専門部署を設置し、要員を配置し、資金を投入して育成戦略を構築している。しかし日本の企業数の大多数を占めるという中小企業ではこれを望めない。

その業界では高い技術力が認められている中企業の課長さんへのインタビューを紹介する。その企業では課長さん一人が製品設計を担当しているが何年も後継者を配置できず、病気で倒れたら生産がストップするのは目に見えていると嘆いておられた。ましてや人材育成担当者配置など考えることもできないとのことであった。このような状況下であっても、技術力は高いという。理由をお伺いしたところ、仕事マップと作業標準書(作業マニュアル)であるという。この企業にどの様な仕事があって、どの様な方法で作業をすすめると一人前になれるか等が従業員に「見えている」ことが重要であるという。

ただ、その重要性を知っていても全従業員が取り組んでいるか否かは別問題で、面倒そうに見えても仕事マップや作業標準書を更新していくことが、作業効率向上、業務改善・生産性向上につながり、よって従業員個人の能力アップにつながる。この事を全従業員が理解し実践できるようになるまでに、5年の年月を要したとおっしゃっていた。この5年の努力が、能力開発を自己増殖させながら技術力を高めるという企業文化を確立したと言って良いだろう。

「見える」ことの重要性を示したトヨタ自動車。そのトヨタとリクルートの出資による(株)OJTソリューションズが取り組んだ他企業での改善例でも、中で働く人が変わらなければ企業は変化しないことを示している。

人材育成の方向

中小企業が日本のものづくりを支えてきたことは多くの書籍や各種報告書のとおりである。しかし業種・業界によって異なるが、これまでのOJT中心の「俺の背中を見て育て」の時代は終焉を迎えている。文献調査と企業訪問で得た感触として、今後は「見える化」による人事評価制度、人材育成制度が中心になるのではなかろうかと考えている。一方、中小企業では「見える化」の重要性は知っていても真の意味(従業員自らが変わると言う意味)で実現できないでいるという。実現できない日本型企業文化とは何か、実現するための公的機関による効果的支援の方法は何か等の研究が、グローバル化せざるを得ない日本企業の職業能力開発、人材育成分野で重要になると考えている。

( 2006年 9 月 6日掲載)