生真面目な若者とセレンディピティ

統括研究員 松本 純平

心理検査と電子辞書

若者のキャリア形成は社会問題化している。フリーターやニートの特集はマスコミの定番となり喧しい。そうした関係もあり、最近、大学でキャリア支援サービスの一環として行われるVPI職業興味検査の実施に立ち会う機会を得た。VPIは、アメリカのカウンセリング心理学者ホランド(Holland,J.L.)が開発した心理検査で、160の職業名リストに対して興味があるかどうかを回答することによって、11のパーソナリティに関するプロフィールが得られる。

実施を観察する中で、職業名を電子辞書で調べてから答える大学生を何人も発見し、少々ショックを受けた。必携品なのかもしれないが、心理検査の受検との間には違和感がある。そもそも VPIのようなインベントリーによる個性把握という手法では、ある程度の回答の曖昧さは前提としている。1つ1つの項目への反応は曖昧さを含んでいても、沢山の項目への反応を積み重ねると一定の傾向を捉えることができるという考え方である。

電子辞書が提供するのは職務記述を中心とした、たかだか数十文字の解説だ。それに対し、職業興味は職務への興味も含むが、その他の情報を含んだもっと広がりと深みをもつものと考えられている。電子辞書の断片よりも「どんな職業かハッキリしないなあ」という反応も含めて、職業名を目にしたとき受検者がいろいろと頭に浮かべるイメージの方が、豊かな広がりと深みを持っていると思える。

セレンディピティ

昨年、聖路加国際病院理事長である日野原重明先生が、『「幸福な偶然」をつかまえる』という本を出版された(光文社 2005)。表題の「幸福な偶然」には、「セレンディピティ」(Serendipity)というルビが打ってあり、中で語源となるエピソードが紹介してある。

セイロン(アラビア語:セレンディップ)に伝わる民話( The Three Princes of Serendip)――3人の王子がインドへ旅している途中でいろいろな事件に遭い、目の前にある問題や物事に真剣に取り組む勇気によって、思いがけなくも探し求める魔法が自分たちの中にあるということを発見したという物語――、に感銘した作家が、「偶然による大発見をセレンディピティと呼ぼう」と手紙で書いたことに由来するという。日野原先生が自らの例を示すように、偶然に取り組む勇気の中から生きるための核になるような知恵を身につけることは少なくないのではないだろうか。

変化の世界を生きるためには

キャリア心理学の理論家クロンボルツ( Krumboltz、J.D.)は、「計画された偶発性」(Planned Happenstance)という考え方を提唱する。キャリア形成の支援をする際には、自分の周りに生起する予期せぬ出来事をむしろ積極的に受け止めて、自らの新たなキャリア発展へと結び付けていくような知恵を伝えるべきで、好奇心、粘り、柔軟さ、楽観、冒険心などのスキルがキーになるという。

私たちは変動の時代に生きている。十分な備えを整え合理的な選択ができるように努めることはとても大切なことである。しかし、そうした中で、意図せずに正確さを求め、正解を求めてしまうような生真面目さは、時に私たちの飛躍にかえって制約や壁を与えているおそれは無いであろうか。

適性診断ツールを使う時「非現実的な」職業が表示されると活用しにくいという苦情を担当者から聞かされることがある。生真面目なタイプの方が多いように思う。若者自身の口から「非現実的」などという「大人っぽい」言葉が発せられたとしたら、担当者にとっては腕の見せ所ではないだろうか?「で、君にとって現実的な職業って?」「非現実的ってとくにどの辺りで感じる?」などなど聞いてみる。普段であればけんか腰とも受け取られかねない問いかけも、抵抗無くぶつけることができる。こうした問いかけは、若者にとって、自らの行動や判断の元になるが、きちんと対峙する経験の少ない「現実」感を具体的に言葉で表現し、吟味させる得がたい機会を提供するであろう。それは、若者の適性を探るうえで、貴重なヒントを担当者にもたらすことにもなるはずだ。

( 2006 年 3月 17日掲載)