政策評価における内と外

研究員 富岡 淳

市場調査と政策評価

開拓者精神に満ちたある技術者・経営者が、1960年代初めにこう書いている。

「市場調査というものは過去のものに対しては、たとえば日本人が何人いるからミソと米はどのくらいということはすぐはっきりした数字が出てくる。しかし、われわれのような新しい製品は市場調査したって何も出てこない。(中略)未知な製品を大衆に聞いて歩いたって答えが出っこないではないか。」

ここでの市場調査は、政策評価の計量経済学と似たところがある。未知の製品の需要予測が難しいように、新しい政策の効果の予測も難しいのである。では、どのような条件が揃えば、政策評価は成功するのか。そもそも、それはいかなる営為か。

仮に「政策」とは政府が社会・市場に介入し、ある目的の達成を目指す試みであると定義するなら、政策評価の第一の責務は、当該目的の達成度をあらわす指標(たとえば就業率)に各政策が与える効果の推定であろう。効果が推定できたら、費用や社会的公正の観点もふまえて代替政策と比較検討され、政策方針の策定や国民への説明責任を果たすために利用される(理想的には)。

政策評価における内部

政策評価の問題設定は三種類に大別できる。もっともシンプルで、上記引用文の「過去の」「ミソと米はどのくらい」という問題に対応するのは「ある母集団において過去に実施された政策の効果の推定」つまり事後評価である。たとえば、東京の二十代への職業訓練を支援したとき、他ならぬそのことによって彼らの就業率はどれだけ上昇したか、という問題である。じつはこの単純な設定でも、データの質が低い場合、効果の正確な推定(他の要因の除去など)はやさしくはないのだが、仮にそれに成功したとしよう。そのとき、母集団の内部で正しく因果関係を把握したという意味で、この推定には内的妥当性(internal validity)がある、という。そしてこの内的妥当性のある事後評価は、以前と同質の母集団で同様の政策を実施する場合は、当然、正確な事前評価として再利用しうる。

政策評価における外部

第二の問題設定は知見の一般化に関わる。東京の二十代に関する政策効果の推定値は、神奈川の二十代にもあてはまるだろうか。つまり「以前とは別の母集団において以前と同じ政策を実施したときの効果の予測値」として、以前の推定結果を再利用してよいか。これを外的妥当性(external validity)の問題という。その応用例は構造改革特区である。

外的妥当性が満たされる一つの条件は、新旧の母集団が十分似ていることである。ここでも、状況が過去に似ているほど、過去の経験が活きる。それゆえ逆に、実施する政策は同じだが実施対象が以前とかなり違う場合は(東京の二十代への施策と同じものを北海道の五十代に実施するなど)過去の成果の再現を期待するのは危険である。

では母集団が大きく異なる場合は過去の政策評価は活かされないかというと、そうとも限らない。ラフにいえば、母集団が特殊でも、普遍性の高い(時と場所を選ばず成立する)人間と経済の理論モデルを正しく推定しつつ事後評価を行ったなら、推定されたそのモデルは、同じ政策の他の時と場所での事前評価に威力を発揮する。ただ、その「普遍性の高いモデル」と「正しい推定方法」が何かについては、意見はいささか分かれる。

新しい政策の事前評価

第三の問題設定は「どの母集団においても実施されていない全く新しい政策の効果の予測」である。冒頭引用文の「未知な製品」の需要予測にあたる。過去の実施データがないため、人間と社会をモデル化し、母集団に関する仮定のもとで試算を行うことになる。「答えが出っこないではないか」とはいわないにしても、信頼に足る予測が難しいのはたしかである。それゆえ、できればこの問題設定自体を、上述の第二の問題設定へと変形させる(外的妥当性を志向しつつ特区などで試行の事後評価を行う)のは一つの方法であろう。

現状は?

こうして、政策評価の有効性を高めるには、(i)データの質を改善する、(ii)分析結果の過度の一般化は避ける、(iii)普遍性のある理論モデルを利用する、(iv)新規の政策の事前評価は局所的事後評価とその一般化へと問題を変換する、といった手段が考えられる。事前評価の成功の鍵は信頼しうる事後評価の延長線上にある、ともいえようか。しかし、日本の現状を見回すと、「未知な製品」の需要予測のような、事後評価をふまえない事前評価が少なくない印象を受ける。そして「評価の評価」が少ない。ある政策の事前評価がどれだけ妥当であったかは事後的に検証されないまま、別の政策の事前評価が生み出されていく。国民にとっても、政策評価を学問的水準に引き上げたいと願う研究者にとっても、これは不幸なことである。

( 2006 年1月 27日掲載)


[参考文献]

本田 宗一郎 『俺の考え』 新潮文庫