経験を活かすのも難しい?

JILPT主任研究員 長縄 久生

加齢とともに知能は低下するのか

だれしも、年をとると記憶力の衰えを感じる。それとともに頭の回転も鈍くなるような気がする。実際にいろいろな年齢の人に知能検査をしてみると、成人期以降は年齢が高いほど成績は低くなる。そこで、加齢とともに知能は低下するとかつては考えられていた。

ところが、長年にわたって同じ人を追跡調査したところ、一人一人の加齢に伴う成績の変化は、ある時点で年齢の違う人を比較したときの年齢差ほど大きくはないことがわかってきた。しかも、従来考えられていたように、知能の発達は成人期に頂点に達したらあとは低下するだけというのではなく、能力によっては成人期を通じて発達が続くものもあった。

「結晶性知能」と「流動性知能」

語彙や常識などの知識は成人期を通じて増え続ける。このような経験と知識の豊かさや正確さと結びついた能力を結晶性知能と呼び、学校教育や社会経験によって学習すると考えられている。業務処理の知識や仕事のスキルは、まさに結晶性知能そのものである。これに対して、図形処理のように情報を獲得し、処理する能力は 30歳くらいで頂点に近づき、40歳頃から低下するという。こうした能力を流動性知能というが、どちらかというと生得的な能力である。われわれが自覚する能力の低下は、たぶん流動性知能なのだろう。

結晶性知能は成人後も上昇し続けて 60代くらいで頂点を迎え、それから徐々に低下する。高齢者が再就職しようとする時、新たな仕事を学習することは困難なので、経験を活かすべきだと言われるが、これは理に適ったことだと考えられた。しかし近年の認知心理学研究によって、結晶性知能がどのように使われるのかを考えると、そうとばかりは言えなくなってきた。

変わりつつある「知能のとらえ方」

ごく大雑把に言えば、結晶性知能とは知識であるから、長期記憶に貯えられている。けれどもさまざまな課題を解決するためには、ただ長期記憶から知識を活性化すればよいのではなくて、現前の状況を分析し、もっともふさわしい知識を適用して適切な反応を産み出すという心的情報処理がなければならない。こうした認知過程には作動記憶が関わっている可能性がある。

作動記憶はごく短い間情報を保持する記憶であるが、情報を保持するとともに何らかの処理を行うことからワーキングメモリーと呼ばれるようになった。長期記憶はかなり永続的な記憶で、いったん記銘されれば健康な状態ではほとんど損なわれることはないが、作動記憶は年齢とともに機能が低下することがわかってきた。このことから、長期記憶に豊富な知識があっても、それを活性化し適切な反応を産み出す機能が低下すれば、パフォーマンスはやはり低下することが考えられるのである。

若年者について調べると作動記憶は学業成績などとは関わりがないので、その機能が今ひとつハッキリしなかったのであるが、このように考えると納得がいく。作動記憶が流動性知能の本体ではないかという説もあって、知能のとらえ方が大きく変わりつつあるのである。


[参考]

・JILPT Discussion Paper Series 05-013 「作動記憶と職業適性検査の関係についての実験的検討」