子供の価値と文化勲章

JILPT国際研究部長 三浦幸廣

わが国は、2006年をピークに人口の減少が始まり、2007年からは団塊の世代の年金受給が開始になるらしい。社会の構造転換を果たさない限り大変なことになるので、今後は65歳であっても高齢者と呼ぶのはやめようという提言もある。しかし、こういう議論を目にするたびに「いまさら」とか「まだ、そんなことを」など嫌味のひとつも言いたくなる。

もう20年も昔のことだが1984年当時は、男女の雇用平等をめぐって世論が盛り上がっていた。その頃は世の中、右を向いても左をみても女性の社会進出と、その基盤整備として男女の均等機会確保論が飛び交っていたわけだが、その中でただ一人異質とも思える持論を展開していたエコノミストがおられた。その方の事を思い出したのが、嫌味をいいたくなった理由だ。

その方は竹内宏さんで、当時は長銀の調査部長をしておられた。竹内さんの主張はこうだった。女性の生き方としていくつかのコースがあるが、キャリアウーマンとして生きることばかりが社会参加ではない。結婚し子供を産み育てることも立派な社会参加である。なぜならキャリアウーマンだって老後は他人が産み育てた子供の世話になる。専業主婦を馬鹿にする風潮があるが、たくさん子供を産み育てた人を尊敬せよ。子供を5人以上産んだ人には文化勲章を与えても良い。大筋こういう主張だったと思う。世の中が性に基づく分業への反対に目を奪われている中で、人口の減少という将来の課題を思い起こせ、との警鐘でもあった。自ら路地裏エコノミストと称しておられた竹内さんならではの高説であり、少子・高齢化の論議を耳にする時、いつもこのことを思い出す。

あるフランス人の研究者から、歴史上、家族政策について最も長くかつ深刻に悩んできたのはフランスである、という話しを聞いたことがある。列強肩を並べるヨーロッパで人口が重要な意味を持ったことは容易に想像できる。そのフランスでは19世紀に出生率が他国より低下したことがそもそもの始まりで、それ以降フランスでは一貫して出生率・家族政策が重要な政治テーマとなっているのだという。そのせいもあってか現在でもフランスの家族政策に投じる予算は巨額なものがある。その中核的存在とも言える家族給付(家族手当公庫が支給する)は少々データが古いが2000年で460億ユーロというから驚く。これだけではない。一定数の子供を産み育てた家庭に対する税制上の優遇措置、年金に関する権利、雇用、住宅、教育などあらゆる分野を包括する援助が存在する。経験的にはこれが有効だったという結論でもあった。

外国と自国とを比較する場合、特に比較の対象が欧米である場合には、それぞれの国の歴史、文化を顧みることもないまま「欧米だから良い」「ルイ・ビトンだから良い」とする過ちを犯しがちである。労働政策、社会政策についての国際比較では最も注意すべき事と自ら戒めている。少子・高齢化問題も例外ではない。しかしそれにつけても彼の国が羨ましい。