労働生産性の伸び率目標についての雑感

本コラムは、当機構の研究員等が普段の調査研究業務の中で考えていることを自由に書いたものです。
コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当機構の見解を示すものではありません。

経済社会と労働部門 副主任研究員 中野 諭

今年の6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2015」では、サービス産業の労働生産性の伸び率を2020年までに2%とすることがKPI(政策目標)として中期工程表に加えられている。日本再興戦略の副題にも「未来への投資・生産性革命」とあり、生産性の文字が前面に打ち出されている。政府の成長戦略に数値目標が盛り込まれたことについては一定の評価がなされるべきであろうが、人口減少の労働供給制約下にあり、サービス産業の構成が高まった日本において、サービス産業の生産性の伸び率を高めよという話は、今に始まったことではない。ここで、労働生産性をインプットである労働投入量(ざっくり言えば、労働者数×労働時間)に対するアウトプットである産出量の比率と定義した場合、労働生産性の上昇は資本装備率の上昇など効率化を通して労働投入量を減らす、あるいは付加価値を増したり、販路を拡大したりして産出量を増やすことで実現される注1)。こうした努力を否定する理由はないが、サービス産業のインプットやアウトプットは景気変動の影響を受けやすい、またアウトプットの質をどう評価するかによって生産性が変わりうることもあり、努力を続けても労働生産性の上昇の実現には困難がつきまとう。それにも関わらず、サービス産業の労働生産性の伸び率は相対的に低すぎるという主張は少なくない。

そのように主張する立場になりがちな自らを、ここで振り返ってみたい。研究事業を実施している当機構を一種のサービス産業事業者と考え、労働生産性の上昇について考えてみよう注2)。当機構の1つ1つの研究事業の労働生産性を考えた場合、インプットは、ある研究に係わる直接・間接の労働投入量(ざっくり言えば、(研究に直接携わる者の数+間接部門の事務職員数)×労働時間)、あるいは当該研究に係わる人件費総額ということになる。しかし、研究員は複数の研究事業に従事しており、当該研究にどれだけの時間を費やしたかを正確に計測することは困難である。また、当該研究に係わった間接部門の事務職員数とその労働時間を正確に計測することもやはり困難である。そこで、労働生産性の対象を1人の研究員が従事する研究全体とし、間接部門の事務職員の労働投入はどんな研究であろうが一定量必要と想定することで考慮しないこととする。その結果、研究員の相対的な労働生産性のインプットは、1人の研究員が当機構の研究事業に費やす時間の総数と定義することができる注3)。こうしてインプットは何とか定義できたとしても、問題はアウトプットをどう考えるかである。自然科学系の研究であれば、特許取得数や最終製品の価値をアウトプットとすることもできようが、人文・社会科学系の政策研究のアウトプットの定義は難しい。報告書、報道発表、フォーラムなどでの報告といったものの数や作成した資料のページ数だけでは、アウトプットの質が考慮されない。それならば、政策に対する貢献度、たとえば審議会や政策文書における引用数で質を担保するというのも1つの考え方であるが、研究成果は直ちに政策に貢献するものだけが必ずしも重要とは限らず、政策研究とは言え基礎的な研究が軽視されるべきではないだろう注4)。このようなアウトプットの性質を鑑みると、何とも歯切れの悪い言い方で申し訳ないが、研究員それぞれの労働生産性を上昇させるために、研究員が今以上に努力し、第三者によるモニタリングや多面的な評価を通してアウトプットの質を高め、その量を増やすほかないだろう。また、質が担保されたアウトプットが一定量産み出されるならば、インプットをいかに減らすかの努力をするべきであろう。そして、こうした取り組みの実現には、それを公正に評価する人事制度も不可欠であろう。いずれにしても、個人や組織の意識の変革を伴う取り組みであり、容易なことではない。それにも関わらず、サービス産業の労働生産性の伸び率を高めよと主張できるものだと、忸怩たる思いである。研究が公的な資金によって実施されていることを改めて強く意識し、以上を仕事に対する姿勢についての自戒としたい。

  1. 労働投入量は、労働の質を表す変数(たとえば、賃金)によって加重平均される場合もある。資本装備率とは、労働投入量当たりの資本(機械など)投入量である。
  2. 研修や調査なども当機構の重要な事業であるが、ここでは話を単純にするために、研究員が主として行う研究事業のみを対象とする。
  3. 研究事業の一部を外注・委託した場合には、外注・委託費もインプットにカウントする。
  4. もっと言えば、労働者や企業の便益を増すことが最終的なアウトプットになろう。

(2015年12月4日掲載)