再就職への道
― 映画「浮き雲」に見る失業から再就職へのプロセス ― 

JILPT統括研究員 吉田 修

「失業」は、人生において最大級の不幸であり、諸研究でも配偶者や家族の死に匹敵する深刻さをもつとされている。しかし支援関係者であっても当人のショックと再就職の苦しみをその心の深みにまで踏み込んで実感することは難しい。

「浮き雲」は、日本でも知られたフィンランドの新鋭アキ・カウリスマキ監督が失業問題を正面から描いた映画である。ある日突然失業に直面した中年夫妻、そのショック・苦悩から克服への日々をユーモアを湛えた静かな画面で映し出し、職業心理学のいう失業からの回復過程(Amudson他)を正確に描写しており、類のないキャリアガイダンスの教材ともなっている。

★ ストーリー

1997年のヘルシンキ、伝統はあるが時代遅れとなったレストランの給仕長イローナと市電運転士の夫ラウリは 40歳前後の子供のない夫婦。豊かではないが安定した静かな生活を送っていた。

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(1) 衝撃と茫然……ショック期

夫ラウリは、市電路線のリストラに遭い、同僚間の抽選で失業のくじを引いてしまい、予告期間 1ヶ月が終わるまで妻にも話せず周囲にあたる。続いて妻イローナも店が新興チェーン店に買収され失職、茫然として明け方まで煙草をふかす。

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(2) 努力しストレスもたまる……努力期

失業補償なんていらない!と、夫は積極的に運転関連の職探し。長距離バス運転士に内定するが健康診断で不適とされ運転資格まで失う。妻はレストランを回るが、「38歳は高年齢」と前職経験も評価されない。二人の努力は実らず、ストレスのみが蓄積する。切羽詰って訪れた公共職業安定所でも扱いは官僚的、まともな求人もなかった。

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(3) 欲求不満、自信喪失とやるせなさ、家族との葛藤……迷い・怒り・疑問期

ローンで買った家具・TVは撤去され、夫は沈みこみ酒におぼれる。妻は図書館で新聞広告を見て民間紹介機関を訪ねる。皿洗いでも、と応募し熱心に働くが、不実な店主のため賃金不払いに遭う。また元の職場仲間と出会い小食堂を共同でつくる計画を立てるが、銀行融資では門前払い。夫は資金にと車を売りカジノに賭けるが元も子もなくす。一方、住んでいるアパートが売りに出され住居の不安も募る。

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(4) 前向きに諦め、こだわりを捨て再出発できるか…再生・出発期

危機的状況に妻は自分の前職を思い切り、昔勉強した美容師でやりなおそうと見習いにトライする。美容院で出会ったのは元のレストランオーナー、彼女も生きがいを失っており新しいレストランへ投資することになる。妻はアル中になっていた元シェフを更正させ、メニューも地域・客筋に合わせて工夫する。無骨な夫も運転へのこだわりを捨て、新米サービススタッフとして参加。開店の日、体面をすてた元クロークが店前でサンドイッチマン。客はなかなか来ない、もうすぐ昼食時間が終わってしまう、と落ち着かない一同。

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いきなり飛び込んでくるビジネスランチ組、手を抜かない料理に店は満杯に。ふと外に出て雲を見上げるイローナとラウリ。

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★ 映画の示唆するもの

社会保障の先進国と言われる北欧でもやはり失業は厳しい。職を求める人々やそれを支援する人々への示唆とは、

  • ・ めげそうになっても再出発の意欲を失わないこと
  • ・ 精神的に支えあう家族・友人の存在が重要なこと
  • ・ 失業者は孤独、相談する人もなく各種公的支援サービスのありかも知らないこと
  • ・ しかし安易に社会保障に頼ろうとはしていないこと
  • ・ 自分の職業資産や生き方を見直し、職種の転換も辞さないこと
  • ・ 偶然も重要だが、その機会を掴める心構え・準備が必要なこと

そして最後に、失業に苦しむ人々個々に対して親身なキャリアカウンセリングがあれば、もう少し苦痛も軽減でき失業期間も短縮できるであろうこと、である。


原典 「浮き雲」 アキ・カウリスマキ監督 1997年 ユーロスペース配給 VHSあり