先入観の甘い罠

 主任調査員 中村 慎一

先般、「韓国の賃金体系改編」に関する資料に目が留まった。韓国では賃金体系を改編しようという動きが起こっている。理由はいろいろとあるのだが、ひとつには「定年」の問題がその背景にあるようだ。以下はその資料の大要である。

韓国の賃金体系は年功給的な性格が強く、勤続年数に応じて一律に賃金が上がる仕組みのため、中高年層の賃金が高くなり、雇用継続に負担を感じる企業は、これまで50代や、早ければ40代の労働者に対して慣例的に早期退職(名誉退職)を促してきた。しかし、2016年から定年を60歳以上とすることが義務化されることに伴い、雇用労働部は、賃金の年功部分を減らし、成果給や職務給を導入することで、60歳の定年まで雇用を継続できるよう、賃金体系を改編していく方向性を示した。

また、以下は、この賃金体系改編の動きに反対するある労働組合のコメントである。

政府は成果給や職務給を導入した賃金体系に改編していくことを推し進めようとしているが、これは経歴の長い労働者が短い労働者よりも低い賃金となることもありうるということを意味している。昇進秩序はなくなり、自分よりも経歴の短い労働者の下で管理される労働者は、有形無形の圧力を受け、退職に追い込まれることになる。賃金体系の改編は隠蔽された整理解雇である。

私事になってしまうが、25年程前、ほんの一時期であるが、韓国に入れ込んでいたことがある。その後残念ながら韓国と接する機会には恵まれなかったので、韓国社会も今は相当様変わりしているだろうということは報道等から想像しているが、25年前に韓国社会から受けた強烈な印象は、以降、私の中でずっとそのまま定着している。それはどんなものかと言うと、「儒教思想に基づいた厳格な上下関係」「年長者に対する絶対の尊敬」という非常にステレオタイプ的なものである。もちろんこれは一面的な見方であることはわかっているのだが、これがすっかり、先入観というか固定観念のようなものとなって、常に韓国につきまとうようになった。

上記の資料に目を通していた時も例外ではなく、「年功給的な性格が強い」「中高年層の賃金が高い」「名誉退職」「昇進秩序がなくなる」「自分よりも経歴の短い労働者の下で管理される(のはたまらない)」といったワードワードの理解に対して、先入観がよけいな後押しをしてくれる。

25年前に実際に見た光景もよみがえってくる。例えば、偉い人(上司)の前でタバコは吸わない(吸えない)、酒も飲まない(飲むにしてもやや後ろ向きかげんになって飲む)。一方、偉い人(上司)も大変で、例えば部下たちと一緒に食事をした場合は、全ておごる――等。この資料にあるとおり、賃金体系が改編された場合、韓国社会の上司部下の関係には、どういった影響があるのだろうか、などいろいろな妄想が頭の中で展開する。

ただ、注意すべきことは、先入観や固定観念は危険である、ということ。自分の先入観や固定観念に合致した資料のみに、ついつい吸い寄せられてしまいがちになるが、物事を調べるにあたって大事なことは、様々な角度からの見方をした資料を収集することである。先入観は非常に危険な甘い罠である。自戒したいと思う。

(2014年7月18日掲載)