ロンドンで思ったこと(チョコレートと社会的企業)

国際研究部 調査役 和田 史絵

数年前のロンドンで(古い話で恐縮だが)、イギリス人ばかりの職場に通っていたある日、同僚の女性から部署内の「tea party」のお誘いを受けた。さすがイギリス、と乙女なお茶会を想像して行ってみたところ、なぜか全員ビール片手のビンゴ大会だった。それは、参加者から1口あたりいくらの参加料を集め、持寄りで集められた景品をビンゴであてて、参加料はチャリティー団体に寄付するという仕組み。私は大きなチョコレートをあて、翌日部署内でtea timeに配った。会の名称と現実のギャップもさることながら、職場の慰労的イベントにチャリティー要素が含まれていることが印象的だった。

イギリスのスーパーマーケットでは、フェアトレード商品(注1)の売り場が大変大きかった。フェアトレードとは、貧困のない公正な社会をつくることを目的にしている…一例をあげるなら、現在でも意外と数多くの国で、貧しさのために子供が学校に行けずにカカオなどの農作業に携わり、しかもその中には危険な作業もあったりするのだが、安くなくてもそのような労働なしに生産しているような商品を積極的に買おうという仕組みである。子どもがきちんと学校に行かないで働いていると、結局子どもはよい職業につけなくなる。そしてその子どもやその地域は貧しいまま。そしてその子どもが大きくなったら、またその子どもに同じ労働をさせる。そのようなことを防ぐための仕組みである。イギリスの有名な大手スーパー系列では、大型店はもちろん、駅の建物に入っているような非常に狭い小型店でも、フェアトレードの製品がほぼ必ず置いてあった。それも、一応やってますんで、と最下段に置いてあったりするわけではない。きちんと目立つように配置されていた。中には、フェアトレードのバナナだけを置いて大ヒットして売上増につながったという報告も見たことがある。イギリスでは、公共の精神が自然とレジャーやビジネスに溶け込み、結びついてポジティブな効果を与えているという印象を受けた。

それから当時、私がイギリスに来て驚いたのは、英国人大学生の就職先の人気ランキング(注2)として、NPOやNGO、社会的企業がいくつもトップ企業に名を連ねていたということ(今でも同様の状況らしい)。今でこそ、日本でもNPOやNGOや、社会的企業で活躍する先駆者たちのメディアでの露出なども多くなっていて、そこに就職を希望する若者も以前よりは増えてきていると思うが、まだごく意識の高い一部の人たち、と受け止められている気がする。少なくとも現時点の日本国内では、人気ランキング上位に入るほどメジャーな就職先はまだないような状況だ。

日本では震災以来数多くの人がボランティアで活躍しているし、国際機関への拠出金なども相応に負担しているけれど、社会的企業の認知度はまだ低いし、国際機関で働く職員数も少ない。フェアトレード商品なども本当に限定的な場所でしか買えない。日本は「タイガーマスク」運動のようにこっそりさりげなく社会貢献するのが美徳と考える風潮もあるのかもしれない。それも素敵だが、堂々と社会的企業に入りたいといえる英国人大学生はちょっとまぶしい。

イギリスに暮らす前の私は、外国への憧れを胸に抱いていた。乙女なお茶会という妄想がふたを開けたらビンゴ大会だったように、外国に暮らせば現実が見え、偏見も減るかわりに、心に描いていた魔法はみるみるとける。日本もどんなにすばらしかったか、と気づく。しかし魔法がとけても、堂々とNPOで働きたい、という大学生が非常に多い国、海の向こうの国の次の世代のことを考えたチョコレートが毎日だって買える国への憧れは、まだ私の中に残っている。

(2013年8月30日掲載)