マレーシアは先進国になれるか?

坂井 澄雄

マレーシアの総選挙が5月5日に実施された。総選挙は毎回、大きな関心を持ってフォローしているのだが、今回はとりわけ注目していた。

選挙の焦点は、1957年の独立以来、政権を担ってきたUmno(統一マレー国民組織)を中心とした連合与党(BN)が政権を維持できるか否かにあった。現地で聞いた話では、野党連合は半島マレーシアでは健闘するが、サバ、サラワク(ボルネオ島北部2州)には基盤がなく、結局は連合与党が勝利するとの見方が多かった。

個人的には、是非とも連合与党に勝ってほしいと思っていた。だが、一抹の不安があった。日本の報道機関はこれまでマレーシアの選挙にはほとんど関心を払ってこなかった。ところが今回は、新聞各紙がこぞって記者を派遣し、選挙前に、政権交代があり得るとの記事を掲載していたからだ。

結果は、連合与党が政権を維持し、ホッと胸をなで下ろした。これには理由がある。今年に入ってから、現ナジブ政権の長期経済政策(NEM、期間:2011~2020年)に関するかなりの分量の政策文書を読んで、そこに盛り込まれている労働政策の実施状況について報告書をまとめている。仮に、政権が変われば、当然のことながら政策は見直され、まとめた原稿は書き直しを余儀なくされる。とりあえずそれを間逃れることができた。これが胸をなで下ろした理由だ。

マレーシアでは1991年に「2020年までに先進国になる」目標を掲げた「ビジョン2020」を打ち出した。この魅力あるスローガンは国民の間に広く浸透し、期待を抱かせている。NEMは「ビジョン2020」の実現を託された政策である。「先進国=高所得国」と定義し、具体的目標を「1人当たりGNI(国民総所得)15,000米ドル」に置く。これは世界銀行がWorld Development Indicatorで「高所得国=1人当たりGNIが1万2,196米ドル以上の国」と定義しているのに基づく。

目標達成のために、経済の中心を労働集約型産業から知識集約型産業へと転換させなければならない。そのネックの1つに外国人労働者の存在がある。NEMは以下のように分析している。

2010年時点でマレーシアには合法、違法あわせて310万人の外国人労働者がいる。ほとんどが技能の低い、低賃金労働者だ。近隣諸国から無尽蔵に供給される。この外国人労働者の存在が、企業に設備投資への意欲を喪失させている。高価な新設備を導入して生産性を上げるより、コストの低い外国人を雇用する。一方、厳格な解雇規制で保護されているマレーシア人労働者の解雇コストは高く、企業は不況時でもマレーシア人を解雇しない。失業率は外国人労働者を雇用のバッファーにつかって、不況であろうと2~3%に抑え込んでいる。だが、マレーシア人労働者の賃金は、低賃金外国人労働者が大量にいるために低く抑えられている。労働市場は歪んでいる。

この状態を打破するためのNEMの処方箋はこうだ。

外国人労働者を半減する。同時に、解雇規制を緩め労働市場をフレキシブルにする。解雇コストは低くなる。だが失業者は増える。そこで強力な失業保険制度を設ける。失業者は失業保険による経済的保護を受けながら、職種転換教育を受け、技能を身につけて、生産性の高い業種に移動する。これによって賃金が上がる。失業保険の財源は、政府の財政負担ではなく、企業が生産性の高い業種へと転換するための「投資」として負担する。

2012年までのNEM実施状況報告書によると、 (1) 1人当たりGNIは2010年の8,100米ドルから2012年には9,970米ドルに上昇、 (2) 外国人労働者を50万人削減した、 (3) 全産業一律最低賃金を導入し賃金底上げを図った、などの成果をあげている。

シナリオどおりに進めば、2020年にマレーシアは先進国となる。ただ、懸念は輸出に多くを頼る経済構造であるため、2008年のリーマンショックのような外部的要因で経済不振に陥りやすいことだ。

(2013年6月21日掲載)