イノベーションと雇用創出

研究員 中野 諭

人口減少を背景に国内市場が縮小し、グローバル化した経済のもとでは外国企業との競争によって国内外の市場シェアが奪われていく。この状況がすべての財・サービスにおいてあてはまるという訳ではないが、分配可能なパイ(所得)のサイズが縮小し続ければ、労働者の豊かな生活のためにいくら労働政策によって労働者間の不公平や格差が解消されるようなシステムが整備されたところで、いつかは限界を迎えるだろう。そうした労働供給側の政策の方向性は、否定されるべきものではない。ただ、現在の日本においては、労働者が分かち合えるパイのサイズを拡大するという視点も欠くことのできないものである。

パイのサイズを大きくする源泉の1つをイノベーションに求めるならば、イノベーションが雇用にどのような影響を与えるかを検証する必要がある。ここでは、イノベーションを次の2つに大別する。1つは、プロセスイノベーションであり、財・サービスの生産・販売・輸送といったプロセスの革新によって、効率化を通した費用の減少や品質の改善をもたらすものである。もう1つは、プロダクトイノベーションであり、まったく新しい財・サービスを生み出し、消費者の価値観の変化をも伴うようなものである。

Vivarelliによるサーベイ論文(注)では、イノベーションが雇用に与える影響を考えた場合、プロセスイノベーションによる初期の労働節約的な効果に対し、それを相殺するような以下の6つの補償メカニズムが働くと整理されている。

  1. 労働力を資本に代替するプロセスイノベーションは、代替される資本財を生産する企業の雇用を創出する。
  2. 労働力の削減によるプロセスイノベーションは、単位生産費用を減少させるため生産財価格が低下し、財需要が増えることで新たな生産や雇用が生まれる。
  3. 技術進歩による費用減少幅とその結果としての価格下落幅にはギャップがあるが、競争によるギャップ解消には時間を要するため、イノベーティブな起業家は利潤を蓄積し、それを投資に振り向けるかもしれない。それが、新たな生産と雇用をもたらす。
  4. 労働節約的技術によって労働市場が効率化されれば、需給バランスを通して賃金が低下し、労働需要を増加させる。
  5. 技術進歩の成果の分配に関して労働組合が交渉することで所得が増加し、消費(財需要)の増加に繋がる。結果として、雇用が増加する。
  6. 技術進歩によるプロダクトイノベーションを通して新たな財が生み出されることで、雇用が創出される。

もちろんすべての場合において、これら6つのメカニズムが働く訳ではない。重要なのは、どのような状況においてどのメカニズムが働き、結果として雇用が増加しうるのかという点を明らかにすることである。加えて、雇用が消失した事業所や企業で雇用が創出されるとは限らないため、雇用の質やミスマッチの問題も考慮しなくてはならないだろう。

日本では、この課題について局所的に捉えたものはあったとしても、研究の蓄積はほとんどないと言って良い。その理由にはデータ利用の制約の問題があるが、イノベーションと雇用とを結ぶプロセスが複雑であり、6つのメカニズムのようなロジックフローを作れても、なかなか関連する変数をすべてコントロールして分析することが困難であることも原因だろう。

イノベーションと雇用とを結ぶプロセスを政策で考えてみても、教育・科学技術、産業、及び労働と複数の省庁をまたぐことになる。こうした横断的な課題に応えていくためには、研究にしても、政策にしても、個々のものを繋ぎ、繋いだ結果から個々にフィードバックさせるという仕組み(マクロ的視点)が必要ではないだろうか。

注) Marco Vivarelli (2012) Innovation, Employment and Skills in Advanced and Developing Countries: A Survey of the Literature, IZA Discussion Paper, No. 6291, http://ftp.iza.org/dp6291.pdfPDF新しいウィンドウを開きます

(2013年3月29日掲載)