シンガポールのキャッチ22

調査員 岩田 敏英

昨秋、外国人労働者問題の調査でシンガポールに滞在中、あるFacebook上のコメントに目が止まった。

「我々はキャッチ22*1にいるようだ。」

コメントはシンガポール大手メデイアTODAY紙web版の記事「通商産業省が警告―外国人労働者の流入抑制は経済成長を鈍化させる」に対するものだった。記事は「3~5%の経済成長を達成するためには外国人労働者が必要。また彼らは景気後退期にシンガポール人の失業に対する緩衝材になり得る。しかし外国人の流入は住宅価格の高騰をもたらしており…」と、外国人労働者受入れ政策の功罪について論じていた。外国人労働者の受入れでオープンドア方式を取り続けるシンガポールでは、この手の話題は連日のように報道されている。そうした意味ではこの記事も特段珍しいものではない。しかし、このFacebook上のコメントは、シンガポールが抱えるジレンマを適確に表しているように思われる。

シンガポールは、持続的な経済成長を続けながらも、外国人労働者に過度に依存しない体制の構築を目指している。具体的には、外国人労働者が全体の3分の1を超えない程度に抑制することを目指している。しかし少子高齢化が進み、資源も土地もないシンガポールにとっては、労働力不足に対処するためにも、外国人労働者の受入れなしに持続的な経済成長の達成は困難と言える。既に男性の就業率は世界でも最高水準であるし、外国からの家事使用人の受入れによる女性の就労促進、中高年の低収入労働者に対する所得補助などの政策も実施しており、これ以上の自国民による就労者増加は見込みが薄いからだ。つまり、外国人労働者に依存はしたくないが、外国人労働者なしには経済成長を達成できないというジレンマがある。正に「キャッチ22」な状況にこの国は置かれているのだ。

シンガポール政府はこの現状を「生産性の向上」によって脱却しようとしている。2010年に経済戦略委員会が公表した報告書*2は、「過去10年を倍以上に上回る生産性の向上によって、3~5%の経済成長を達成できる」と指摘した。また、「我々は外国人雇用税の段階的引き上げにより、外国人労働者依存からの脱却を図り、生産性向上のための投資を促進する。」とも述べている。この報告書に掲げられた政策は始まったばかりであり、実現の可能性は不明だ。

もちろん1週間程度の調査滞在で、この国の将来を云々言える立場ではない。ただ、レストラン、公共交通、オフィス街、病院と様々な場所で働く外国人労働者(らしき)人々を見ていると、報告書の描く近未来社会の実現がそう簡単ではないことはわかる。外国人の私の目には、誰がシンガポール人で誰が外国人労働者であるのかの判断さえつかない。そもそも華僑をはじめとする移民達の不断の努力によって現在の発展を成し遂げたこの国において、「外国人労働者依存体質からの脱却」を目指すこと自体が、「キャッチ22」のような気もするのだが。

*1「キャッチ22」は米国の小説家、ジョセフ・ヘラーが1961年に発表した小説のタイトル。1千万部を超える売上を記録したベストセラーとなった。この作品は第2次世界対戦を巡る架空の物語で、タイトルは作中に登場する軍規22項という、矛盾した内容に満ちた軍の規則に由来している。この作品のヒットもあり、英語圏では"catch-22"が矛盾を表す一種の慣用句となっている。

*2High Skilled People, Innovative Economy, Distinctive Global CityPDF新しいウィンドウが開きます

(2013年1月11日掲載)