ニューオリンズの災害復興と新しい労働組織

調査員 山崎 憲

8月の終わりにニューオリンズを訪れた。ここ数年取り組んでいる調査の一環だ。そこで痛感したのは、いかに災害復興が難しいか、という調査目的とは異なることだった。

パート、臨時雇用、請負、派遣といった非典型的な雇用。アメリカでも日本と同様にこのような働き方が増えている。その結果としてもたらされたのは、長期間にわたって雇用が守られるという安心感が失われたということだけではない。健康保険や年金、そして職業訓練の機会の恩恵に預かれない労働者の数が増えている。アメリカと言えば、雇用の面においても自己責任が求められ、転職を繰り返すというイメージがある。労働組合と使用者の関係は対決的で日本のような労使協調的な雰囲気はないというのが一般的な理解かもしれない。

しかし、アメリカでも健康保険や年金は日本でいうところの正社員への報酬の一つとして機能してきたし、企業にとってほんとうに必要な能力の取得は企業内訓練や徒弟訓練制度が担ってきた。労働組合は1980年代から国際市場競争力の激化に対応するためにも日本と同様に経営協力に大きく舵を切った。そのなかで置き忘れられたのが非典型的な雇用の状態にある労働者だ。労働組合は彼らに積極的に救いの手を差し伸べていない。その中で、コミュニティをベースとした組織がさまざまな生活を取り巻く問題の一つとして労働問題を取り込むようになっている。ニューオリンズを訪れたのはそのような組織の一つACORNに聞き取り調査を実施するためだった。

そこで目にしたのは2005年にニューオリンズを襲ったハリケーン、カトリーナの爪痕だった。爪痕では表現が穏やかすぎるかもしれない。被害といってもその程度は一様ではない。市の中心部にはミシシッピー川が流れる。この川を境に市の西側と東側では被害の様相がまったく違う。もともと西側は中・高所得層が、そして東側は中・低所得層が暮らす地域だった。被害は東側に集中した。もっとも被害が大きかったのが第9地区だ。ACORNはその第9地区を中心に活動を行ってきた。治安維持、道路の修理・保全、壊れた家屋の撤去と再建、失業者の訓練、雇用開発などが彼らのやってきたことだ。

ACORNの創設者、ウェイド・ラスキー氏はもともと労働組合の運動家だった。彼が組織するのは非典型的な雇用の状態にある労働者を援助するNPO(コミュニティボイス)、労働組合、国際協力組織の三つだ。そのうち、ハリケーンの被害にあった人々を援助しているのがコミュニティボイスだ。労働組合と違って職場を使うわけにはいかない。一軒一軒の扉をたたいて組織した。いまでは住民の大半が組織されている。

第9地区の現状

第9地区を彼らに案内された。

声も出なかった。

その光景は東日本大震災で津波の被害を受けた地域と重なった。道路の舗装ははがれ、土と石が露出し、通りに面した家はその大半が朽ちて、打ち捨てられていた。その家の周辺には背丈を超えるほどの雑草が生い茂り、まるでジャングルのようだった。そこで残った人々が暮らしている。子供たちは廃屋や雑草の生い茂るところを通り抜けて通学しなければならない。さまざまな犯罪が彼らを襲う。かつて地域にあった工場や商店は戻るみこみもない。仕事がなくなり州外へと多くの若者は出て行った。残されたのは高齢者だ。

閑散とする街並み
修復を待つ家

修復された家の屋根を見てみろと言われた。そこには脱出用の扉がつけられていた。洪水の被害から学んだのだという。その光景が浮かび、胸が痛んだ。

雑草が取り囲む打ち捨てられた家

行政はきめ細かな救いの手を差し伸べない。大手の労働組合も同じだったという。コミュニティボイスは住民の声を集め、懸命に災害復興に努力してきた。市長室の扉をたたき、政治家を動かし、ワシントンでもデモをした。少しずつではあるが良い方向に向かっている。警察は地域の巡回回数を増やし、なくなるはずだったバス路線は維持され、子供が犯罪にあった廃屋は撤去された。職業訓練のための助成金も獲得した。

しかし、それでもなお、道のりは遠い。ビジネス街でも空き部屋が多い。一番の観光地、フレンチ・クォーターには災害前と異なり多くの風俗店が表通りにめだつ。貧困層の働く場所だという。歴史ある建造物は似つかわしくないネオンで飾り立てられていた。

彼らが取り組んでいるのは、人と人のつながりを取り戻し、生活の基盤づくりを手助けすることだ。それは従来の労働組合のような職場ではなく地域だ。彼らと同じような組織は全米中に拡大しつつある。その姿は発展しているというよりも、やむにやまれずと言った方がいいかもしれない。

コミュニティボイスの代表に聞いた。

「あとどれくらいで第9地区は昔みたいになるのかなあ。」

「10年はかかるだろうね」

しかし、彼らはけしてあきらめないだろう。

(2012年9月7日掲載)