派遣という働き方から正社員を見る

調査員 奥田栄二

調査をしていると、「目から鱗」という経験に幾度も出くわすこととなる。自分の思い込みが崩れる瞬間である。以下は私事ながら、そういう話である。最近、派遣労働者の方々に対してヒアリングをする機会を得た。結果、88人の方々からお話を伺うことができた。ヒアリング調査では、「学校卒業後に最初についた仕事は何ですか? なぜ派遣社員で働いているんですか、職場の状態は? 将来、どうしたいですか?」などと尋ねるのである。

すると、派遣先の職場についていくつか尋ねているうちに、彼・彼女らが「正社員」という用語をほとんど使わないことに気が付いた。私が、「職場(派遣先)の正社員は何人いますか?」とか、「派遣社員で正社員と同じような仕事をしている人はいますか?」などと聴くと、彼・彼女らは、「ああ、社員さんですか。社員さんは3人いて・・・」という具合に、決まって「社員さん」という言葉を使うのである。ふと、「正社員」という用語は、職場にはさほど浸透していないのではないか? との疑問がわいた。少なくとも、日常用語としては、「社員さん」のほうが、よほど親しみがあるらしい。

むろん、彼・彼女らが、「正社員」という言葉を知らないということではない。彼・彼女らが使う「社員さん」とは、おおむね「正社員」のことであり、おそらくは、「派遣先(会社側)の人で、自分(派遣社員)に指揮命令するような人」というニュアンスなのかもしれない。このことを日頃お世話になっている先生に相談したところ、「正社員」どころか、「非正規社員」という用語も定義的に明確なものはなく、これらの用語は、統計調査上、就業形態の状況を把握するための「呼称」に過ぎないとのことだった。つまり、「正社員・正職員」はあくまで職場での「呼称」であり、フルタイムで働いていなくとも、あるいは、期間の定めがあったとしても、職場での呼称が「正社員・正職員」であれば、それは「正社員」ということである。

何を当たり前のことを、とお叱りを受けるかもしれない。しかし、この事実は、私自身には意味深長に思われた。というのも、「正社員」の定義は厳密には難しく、例えば、「期間の定めのない雇用=正社員」程度の平均像があったとしても、そのばらつきはかなり大きい可能性があるからである。実のところ、派遣社員の経歴のなかで浮き彫りとなった正社員像にはかなりのばらつきが見られた。例えば、ある女性(32歳既婚)の初職(正社員)は、20人ほどの小規模企業(商社)だったが、ワンマン社長の下、ほとんどが男性で構成され、40代になっても給料は上がらず、生計が成り立たぬため、みな勤続10年程度で辞めていくような会社だった。正社員といっても雇用保障・安定とはほど遠い世界なのである。ある男性(35歳未婚)は、正社員でも雇用が安定しているわけではなく、労働条件や待遇を子細にみると「正社員って、言葉だけじゃん」と思うことが多かったという。

では彼・彼女らが望む「正社員」像とは何だろうか? ある女性(39歳未婚)は、「雇用不安定は正社員になっても同じですので、最終的には年収。ほんとうに定年まで働けて、退職金も出るという約束があるのであれば、正社員のほうが望ましい」と語っていた。一方、別の女性(37歳既婚)は、マーケティング業務にこだわりをみせ、「正社員なら何でもいいというわけにはいかない」などと、「働きがい」にこそ関心を見せた。

確かに、「正社員」ならば何でもよいというわけではないのである。おそらく、彼・彼女らが求めている「正社員」像の要件とは、自身に合った仕事で、成長ができること、あるいは長期的に生計が成り立つような働き方のように思える。しかし、我々が現実世界で体験する「正社員」像はあまりにも多様である。時に過酷でさえある。彼・彼女らが魅力を感じられるような働き方が生まれなければ、日本の将来は明るくはならない。派遣という働き方を調べるうちに、そう思うようになった。

[脚注]

  1. ^ ヒアリング結果は、労働政策研究・研修機構(2011)「登録型派遣労働者のキャリアパス、働き方、意識――88人の派遣労働者のヒアリング調査から(1)(分析編・資料編)」労働政策研究報告書No.139-1。及び労働政策研究・研修機構(2011)「登録型派遣労働者のキャリアパス、働き方、意識――88人の派遣労働者のヒアリング調査から(2)(事例編)」労働政策研究報告書No.139-2に所収(いずれも近刊)。
  2. ^ 「正社員」という用語については、久本憲夫(2010)「正社員の意味と起源」『季刊 政策・経営研究』Vol.2や、脇坂明(2011)「正社員・正社員以外の社員の雇用期間の定めの有無と労働時間の長短――賃金センサスを用いて」『学習院大学経済論集』第47巻4号を参照のこと。久本(2010)は、「正社員」という用語が一般的に使われるようになったのは1980年前後であり、その原因はパートタイマーの増加にあったとしている。脇坂(2011)は、2009年の賃金センサスを用いて、正社員で期間の定めのある労働者が60万人いることを示している。呼称が正社員であったとしてもその実態が多様であることがうかがえる。なお、非正規社員等については、脇坂明(2010)「多様な働き方の経済学」『経済セミナー』10・11月号や仁田道夫(2011)「非正規雇用の二層構造」『社会科学研究』第62巻第3・4号が参考となる。

(2011年11月4日掲載)