賃金は下がっているか―賃金統計雑感―

調査・解析部 情報統計担当部長 石原典明

0.3%減と1.83%増。

前者は、厚生労働省「毎月勤労統計」(以下「毎勤」)による本年6月分の所定内給与の前年同月比で、後者は7月28日発表された民間主要企業春季賃上げ率(以下「春季賃上げ率」)である。毎勤の数字は、春季賃上げ率に比べて小さいのが常である。調査の範囲の違いもあるが、数字の内容が違うためである。春季賃上げ率の統計は、在籍労働者(組合員)の賃金を平均幾ら引き上げるかというもので、いわゆる定昇分も含まれる。一方、毎勤の賃金統計は労働者全体の平均である。1年前の前年同月との比較では、その間、一人ひとりは賃金が増えたとしても、賃金の相対的に高い高齢層が退職し、低い若年層が入職してくれば、平均が増えるとは限らない。いわゆる定昇だけの増額であれば、平均が変化しないこともある。もし全員の賃金が据え置かれ、賃金の相対的に高い高年齢層が退職する事態となれば、毎勤の平均賃金は減少する。平均値であるが故の特性である。

労働者一人ひとりの賃金の増減がわかる統計はないのであろうか。労使の賃金交渉は、現に在籍している労働者の賃金を幾らにするか、というものである。労働者全体の平均賃金の動向は、国全体の経済をみる上で欠かせないが、労働市場の環境整備としての賃金統計であれば、こういう統計があってもよいと思う。年齢別、勤続別の統計が得られる「賃金構造基本統計調査」(以下「賃構」)も、労働者平均である点は毎勤と同じである。JILPT作成の加工統計であるラスパイレス賃金指数も、35歳高卒勤続17年など、労働力の各"銘柄"の賃金が平均どの位増減したか示す指標で、個々の労働者の賃金が1年でどの位増減したかではない。

そこで賃構を使って試算してみた。大括りだが、25~59歳で勤続5~29年の労働者約1千万人に着目する(短時間労働者は含まれない)。2010年報告書の年齢、勤続年数別賃金から平均を計算すると32.7万円である。この層は、5年前の2005年は20~54歳の勤続24年以下の労働者である。平均所定内給与を計算すると29.2万円であった

したがって、この約1千万人の労働者は、2005年からの5年間で、所定内給与が平均して29.2万円から32.7万円に12%、1年当たり2.3%増加したことになる。

1年当たり2.3%の上昇は、春季賃上げ率をはじめとする賃金改定状況の統計に比べて大きい。役職が上がることに伴う昇格昇給も含まれるからであろう。賃上げ率や賃金改定状況の統計には、昇格昇給は含まれない場合が多いと聞く。

ただし、こうして計算してみた上昇率も、あくまでも平均である。同じ企業に勤め続けても賃金の上がらない労働者も多いであろうし、そもそも平均には短時間労働者を含めていない。転職した場合は、賃金が下がる労働者も3割程度(1割以上の減少は2割強、2010年雇用動向調査)いる。

転職者も含め、すべての労働者の賃金が幾ら増減したかをみるとなると、結局、各年齢の平均賃金を1年前の1歳下の年齢の賃金と比較することになる。賃金の年齢カーブをみることに近くなる。賃金の年齢カーブというともっぱら賃金体系の話となるが、1年前の賃金との比較という観点から眺めれば、違って見えてくる。

今さら言うのも恥ずかしいが、統計も様々な角度からみることができると痛感した次第である。

注:2005年当時は、2005年報告書にある該当する年齢階級、勤続年数階級の賃金を得ているものとして計算。2005年の賃金は、2010年まで同じ企業に勤めなかった者も含む平均である。

(2011年8月26日掲載)