真のグローバル化~米国の自動車労使関係

調査員 荒川創太

7月3日付のDetroit Free Press紙(米国デトロイト)のなかで、米国3大自動車メーカーのゼネラルモーターズ(GM)、フォード、クライスラーの労務担当役員と、全米自動車労組(UAW)のGM、フォードを担当する2人の副会長のプロフィールが、顔写真付きで大きく紹介されていた。3社とUAWは組合員の労働条件について、4年間有効の労働協約を締結している。現行の協約の有効期限は9月14日であり、改定に向けた交渉が今月スタートすることから、新聞記事は交渉の幕開けを告げるものであった。

日本では、各企業労使による賃上げ交渉は毎年、春闘のなかで行われるのがふつうだが、3社のいわゆる「デトロイト・スリー」とUAWとの間では、賃上げについてもこの協約で4年分をいっぺんに決定する。そのため、当地では、4年に一度の一大事と認識されている。今回はまた、GM、クライスラーの経営破たん後、初の交渉ということで、一層注目度が高い。

筆者は今年2月までデトロイトに駐在していたが 、現地での実感も含め、今回の交渉が米国自動車労使関係の歴史のなかで、大きな転換点となるであろうとの思いが強い。それは、「GMとクライスラーは税金を使って連邦政府に救済された。強気の交渉姿勢を貫いてきたUAWも、今回は思うような結果は勝ち取れまい」といった労使の勝ち負けの視点ではなく、本当に「グローバル競争」を意識した交渉に労使とも脱皮していくのかという意味からである。

もちろん、日本車が80年代に米国に進出してから、何十年もの間、米国自動車産業もグローバル競争の荒波に揉まれてきた。しかし、米国にいて感じたことだが、労働コストの安い隣国メキシコにものづくり拠点流出が相当進んでいるにもかかわらず、日本の中国に対する警戒感の強さに比べると、グローバル競争に対する危機感をあまり感じられなかった。

その要因については、2007年までは自国内だけでも1,600万台以上という大きな販売規模を誇り、組合員の好待遇や生産効率の悪さも許容できたことが大きい 。GMとクライスラーの再建時に、オバマ大統領の自動車作業部会を率いたSteven Rattner氏も、自著『OVERHAUL』(HMH社)のなかで、「自動車メーカーのサイズとパワーが、いかに彼らのweakening positionを覆い隠すことを助けてきたか学んだ」と回顧している。

しかし、経営破たんを経て、労働組合側も経営側への協力的な発言ばかりでなく 、職場の実態面も様変わりしてきた。例えば、Automotive Newsの記事によれば、ミシガン州のGMオリオン工場では、従業員の構成が、従来どおりの時給(28ドル程度)をもらえる従業員800人、時給が半分(14ドル程度)の雇用区分の労働者500人、外部サプライヤーからの構内作業者(時給10ドル以下)500人となり、これまでは考えられなかったような労働コストの削減を目的とした雇用ポートフォリオが志向されているという。

今回の協約改定交渉では、UAW側は恒常的な労働コストの上昇を回避しながら適切な配分を獲得するため、会社の利益に応じて配分される一時金の支給水準を強く主張していく方向だ。賃上げとの決別である。

いち早く、春闘で海外との競争を意識した交渉が労使で展開され、業績反映分は一時金で支給するという流れが確立している日本のスタイルに、米国自動車の労使交渉が質的に近づいているというのは、少し違和感を覚えるが興味深い事象でもある。

グローバル競争のもとでの賃上げの根拠とか、連結経営のなかでの国内の組合員への配分の求め方など、実は日本の組合サイドもいまだ考え方を整理し切れていない実態があるように思う。今後、デトロイト・スリーとUAWの労使関係が、グローバル競争と労働者への配分のあり方という新たな側面で、わが国で参考にされてくるかもしれない。

  1. 在デトロイト日本国総領事館専門調査員として2009年4月~2011年2月まで勤務した。
  2. 例えば、日本国内の販売規模は、リーマンショック前の水準でも400万台中盤から後半(日本自動車工業会の公表データ)。米国では2009年に1,000万台まで落ち込んだWard's Autoのデータから)。
  3. UAWのボブ・キング会長は、会社と組合は、生産性や品質向上に取り組み上でのパートナーだと語っている。
  4. 「デトロイト・スリー」とUAWの労働協約改定交渉の見通しについては、拙稿『ビジネス・レーバー・トレンド』2011年5月号のフォーカス「米国自動車メーカー「デトロイトスリー」の復活と労使関係の今後(上)PDFに詳述

(2011年7月15日掲載)