「経済援助の次には・・・」

統括研究員  伊岐 典子

この暮れに、格安航空会社エア・アジアXが羽田-クアラルンプールの路線に就航し、一部座席は片道5,000円という低価格で販売されて話題をまいた。日本から約5,000kmを6時間余りという距離も、経済的な距離感という面で見れば随分近づいたといえる。

経済界、学会等でASEAN諸国を注視してきた方々のみならず、観光でマレーシアへの旅行機会を持った多くの方々が、黒川紀章設計の現代的なハブ空港クアラルンプール国際空港(KLIA)や、ツインタワーのそびえる首都クアラルンプール(KL)でこの国の経済発展を実感している。一方、ひとたびKLIAからKLに向かって高速道路を走れば、広大な土地を覆うパーム農園やかつての錫採掘鉱跡に広がる人造湖が織りなす景色に「資源国マレーシア」の印象を改めて抱くだろう。アジア太平洋地域のいわば中心に位置することから、日本だけでなく韓国、中国等東アジアからの進出企業が多く立地する一方、コモンウェルスの一員で英語が通用するため、旧宗主国であるイギリスのみならずオーストラリアとの関係も深い。さらにマレー人の多いイスラム教中心の社会構造が、中東からの人の流れを作り、観光客や留学生も多い。

これまで「資源はあれど経済発展は未だし」の認識の下、我が国を含む先進国の援助を受けていた国が、地勢的、歴史的、社会的利点を生かし「資源も経済発展も」の国として先進国入りを目指し若々しく躍動する姿がここにある。もうかつてのような経済的な援助の必要はなくなったとも思える。世界経済における重要性を日に日に増しているASEAN諸国の典型のひとつであろう。

さて、マレーシア連邦の行政機能はKL近郊に開発された人工都市プトラジャヤにおおむね移転されており、労働行政をつかさどる人的資源省もこの美しい街の一角にある。その人的資源省の政策機能を担う内部組織として人的資源研究所が設けられているが、私は今秋ここで1カ月ほど短期滞在研究をする機会を得た。もともとこの研究所はルック・イースト政策の一環としてわがJILPTに範をとって設立されたのだが、経済発展を支える労働政策の充実が喫緊の課題となっている中、同研究所に対する期待も高まっている。2011年1月に始まる新年度では、同研究所の予算が大幅に増額される予定と聞いた。

同国が労働政策において取組むべき課題は多い。一つは発展を担う人材政策であり、経済成長を支える産業発展を織り込んだ精密な労働力需給推計が基礎的作業として求められるとともに、産業界のニーズに対応する形でワーカー層のスキルを上げるための職業訓練政策、欧米先進国に流出した高度人材のUターン促進策など未だ決定的打開案が見出されていないものも多い。一方でこれらの積極的労働市場政策を象徴する「人的資源省」の名称とはいわば表裏をなす形で、ディーセントワークの実現、あるいは労働の分野におけるセーフティネット構築についての政策の重要性が非常に高まっている。現在、失業保険制度導入や最低賃金制度再構築を目指して精力的に検討が進められているものの、制度・運用両面で多角的な議論を要する課題が山積している。

人的資源研究所を含む人的資源省の職員の方々との議論の中では、これらのセーフティネット関連の政策課題の多くが、日本が過去に対応し解決してきていることだけに、経済的な援助にはならなくとも、いわば「知恵の援助」として、日本の経験をこの国で活かすための交流ニーズは大きいと感じた。

ASEAN諸国の発展が日本の経済社会とも深いつながりを持っている現在、厳しい財政環境ではあるが、労働政策研究においても、これらの国との実りある交流をとぎらせることのないよう工夫を凝らすことが大切ではないだろうか。

(2010年12月24日掲載)