「職業をしる」

アドバイザリー・リサーチャー  石井 徹

今、大人の工場見学がブームである。旅行会社の人気ツアープログラムとなっている。

この背景には、今日、多くの人はオフィスや販売の仕事に就いており、製造現場をあまり知らないということもあり、優れた日本の製品のモノづくりの現場を見たいという欲求がある。一方、企業側には売り上げや知名度を上げるには広告・宣伝よりも、製品が製造される現場を実際に消費者に見せたほうがよいと考えるようになっているのではないか。企業はここ10年来の学校からのインターンシップなどで工場見学の要請が多くあり、その対応に慣れてきたこともあるようだ。こうした見学には親は自分だけでなく、子供も一緒に連れて行くことがよいと私は感じている。

近年、ほとんどの親がサラリーマンで、子供は働く姿を見られなくなり、家で仕事について話すこともないという環境が実際の職業や仕事を知らなくなった原因ともいえる。

職業を知る主な方法(経路)には、学校での授業内容から得るもの、日常生活で見聞きするもの、そしてテレビなどのマスメディアやインターネットから「入力」されるものなどがある。この結果として、多くの職業の情報やイメージが獲得できるのだが、やはり偏ったあるいは脚色された職業の理解となりがちである。

わたし自身も職業の調査や取材で多くの事業所や職場を訪問してきたが、現場を実際に見学することのメリットは五感を通じて職場や仕事を理解できることにある。中小企業の製造現場は、今でも騒音や臭い、汚さ、寒さ・暑さなども多く残っている。これは写真やビデオからは分からないものである。

製造現場で調査や取材をするさいに重要なことはよく見る、つまりじっくり観察することである。機械や人間の動きを克明に見ることで工程の流れや作業者の熟練が見えてくる。観察してもわからないことはやはり聞くことになる。聞いたことは忘れやすいが、つぶさに見たことは記憶に残っている。

ツアーの工場見学では、メモはとらずひたすら見たほうがよいが、あとで記憶のあるうちに見学記を書いたほうがよい。子供と一緒に行った場合、見学のことを話すのもよい。体験が共通だと話も弾むのではないか。これは学校の進路学習で行っている「職業調べ」と同じである。

職業の理解では、多くの職業を浅く知るよりはいくつかの職業についての深い理解を得ることが大切である。また体験での観察力は考察力や洞察力につながるので、ほかの種々の職業についてもよく分かるようになる。職業の理解が高まれば、次第に自己理解も高まる。これがキャリアリテラシーの基礎になると考えている。

(2010年12月10日掲載)