リーマン・ショックの特性を踏まえた分析の着眼点

統括研究員 梅澤眞一

今年も経済財政白書(以下「白書」)では色々なことを学ばせて頂いた。大変ためになった。ただ、一つだけ気になったことがある。白書(一部は労働経済白書も)は、現在の景気回復過程を「輸出と消費による景気回復」とか「内需主導の自律的な景気回復には今一歩」と表現していた。書いていること自体は事実だが、データに忠実過ぎないか。今回のリーマン・ショック不況の特性を、敢えて踏まえずに書いた書き方のように感じられて、大変気になった。それとも、私が小さな問題に拘り過ぎているのだろうか。

今回のリーマン・ショックの日本経済に対する影響で重要なことは、不景気は自動車などわが国の輸出品に対する海外需要の異常な大激減から始まったこと、そしてその生産減は、自動車業界など重工業の高い産業連関効果を反映して、その後、急速に全産業に波及したことと考える(生産は、たった半年で約3割減少した。世界恐慌の際、米国では約4年かけて生産水準が半分になったことと比べると、今回の生産減がいかに急激であったかがわかる)。つまり、輸出減がフローの経済活動に影響したのである。したがって、「定常状態」への回復過程では、輸出増は当然生じてもらわねばならない。もし輸出が回復しなければ、それこそ、わが国の経済・産業構造に大変なショックが残ることとなり、内需拡大どころの騒ぎではなく、重大な経済政策上の問題に発展したのではないかと感ずる。

リーマン・ショックの特性という点では、もう一つ、欧州、米国と日本とでは、今回の不景気のメカニズムが異なっている点も(こうした指摘は余り聞かないが)私は重要と考える。わが国は上述のように、少なくとも当初は基本的に需要不足不況であったのに対して、今回の米国・欧州の場合は、一部の識者が「バランスシート不況」と称している不況であった。ストックの傷をフローで修復・調整していくこの不況では、ストックの傷の大きさによっては、フローによる調整期間は長くかかるかもしれない。そしてここに、経済の中枢である金融機能も(ストック部門の重要な一部として)関与してくる。白書は、単に不景気からの回復度合を日本と欧州、米国とで比較していたが、(こうした確認は必要であるものの)今後の景気回復を見る上で、こうしたメカニズムの違いは重要な着眼点だと感じている。

なお、「消費に牽引された回復」といった表現も、ややミスリードな説明と言えまいか。白書自体も、実質値と名目値のいずれで分析するかは、それぞれの特徴を踏まえる必要を述べているが、該当箇所では、現政権の経済対策の効果検証に引きずられ過ぎて、消費が実質GDP増加に寄与したことを強調し過ぎてはいないだろうか。マクロの消費支出は、名目値で見る限りはほぼ横ばいである。国民は積極的に消費を増やしたのではなく、実際は消費者物価の下落の中で、所得の回復が少ないために、生計費に窮しながらほぼ同一水準の額の消費を行っていた(いわゆる「ラチェット効果」)状態に過ぎないと思う。

(なお、本稿は私の個人的見解であり、当機構とは全く関係がないことを断っておく。)

(2010年10月29日掲載)