国際協力雑感

人材育成部門アドバイザリー・リサーチャー 稲川 文夫

昨年、職業訓練を通じた人づくりプログラムの指導でヨルダンを訪問した。

そして、日本の公共職業訓練の現場から失われつつある経験やノウハウが見事に活かされ機能している現状を知る機会を得た。

現在、ヨルダンには2名の職業訓練専門家が派遣されており、訓練活動の改善に向けた技術協力に取り組んでいる。彼等が派遣された当初のヨルダンにおける職業訓練は、国の予算で若年者を対象とする養成訓練が中心で、多くの発展途上国がそうであるように、企業の要求と乖離した訓練内容、訓練修了生の技能レベルの低さ等の問題が顕在化していた。

背景には、技能訓練を軽視する風潮、教えることが自分の職務でそれ以外の訓練活動に関わりを持とうとしない指導員の意識、訓練コースの管理・運営に係るノウハウの不足等の問題があった。そのため彼等の当面の課題は、訓練関係者に技能訓練の重要性を認識させること、指導員の職務意識の壁を破ることであった。そこで考え出されたのが昭和40年代、公共職業訓練校の訓練生を対象に技能の向上を目指して行われていた技能競技会の導入である。

各訓練施設で選抜された訓練生によって技能課題の出来栄えを競う技能競技大会を実施し、優勝者や上位入賞者を表彰するという取り組みは、狙いが見事に当たり、訓練施設間での競争意識が高まると共に技能訓練の重要性が認識されだした。併せて、次の大会への申し込みや問い合わせが大幅に増え、技能訓練の実施方法の改善に向けた動きも出てきている。

また、2年前から実施している訓練教材コンテストは、指導員が開発した自作教材の出来栄えを審査し、優秀作品を表彰するというものである。この表彰制度は、教材作成に対する指導員のモチベーションを高めるためのインセンティブになっており、訓練の現場で訓練教材の開発や工夫をする意識が高まってきている。

今回の現地指導で訓練活動の改善に向けたアクションプランが完成した。後は訓練施設においてこのプランをどのように実施するかにかかっている。そのための仕掛けとして訓練コースへの応募率、入校率、修了率、就職率、資格取得率、顧客満足度等のデータを公表し、優秀な訓練施設を表彰する仕組みをつくることを関係者に提案しておいた。当該プランの実施には訓練施設の管理職、指導員及び他のスタッフが連携した組織的な取り組みが不可欠で、訓練施設間でパフォーマンスを競わせる方法は、関係者のモチベーションを高め有効に機能することが期待できる。今回の訪問で訓練に競争原理を取り入れることの重要性を再認識させられた。

日本では職業訓練の変遷にしたがって、培われた経験やノウハウの中には必要性が薄れたもの、あるいは切り捨てられてきたものがある。また、それらの貴重な経験やノウハウが、職員の定年退職によって訓練施設から失われつつある。国際協力の観点から長年の職業訓練活動の中で培った経験やノウハウを再点検し、今後に引き継ぎ残していくべきものを伝えていくことの必要性をヨルダンにおける技術協力を通して実感した。このような貴重な経験やノウハウを切り捨てることにもっと慎重であってよいのではないだろうか。

(2010年2月5日掲載)