「先進事例」から「好事例」へ

本コラムは、当機構の研究員等が普段の調査研究業務の中で考えていることを自由に書いたものです。
コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当機構の見解を示すものではありません。

調査・解析部次長 荻野 登

2004年から継続的にパート・アルバイト、契約・嘱託といった非正規雇用のヒアリング調査を行ってきた。きっかけは雇用労働者の三分の一超を占めるにいたった非正規雇用について、現場の実情を知りたいという気持ちと、処遇改善の取り組みが動き始めているはずだという期待感からだった気がする。

当時はパート労働指針が改定され、正社員との間の均衡を考慮した処遇の考え方が示された直後だった。景気の回復を受け、フリーターを何とかしなければという風も吹き始めていた。まず、大手スーパーの労使にあたった。そこで、正規・非正規を問わず人事処遇制度を一本化する事例に出会った。「ここまでやり始めているんだな」と感心した。

その後、厚労省の依頼を受け、正社員に対して均衡処遇の意識調査[1]を実施した。8割がパートとの均衡処遇について賛成と回答した。「正社員の意識も変わってきている」と実感させられた。しかし、産業別に結果を分析すると、ある傾向が浮かび上がった。フルタイム型の非正規社員を多く雇っている産業で、不満が平均より高く出ている。そこで、さらに正社員と労働時間が同じで、仕事の重なりが多い職場を調査してみようと思い立った。

事例調査を重ねるうち、こうした職場での処遇改善手法として、「正社員登用」を最近、導入している事例に数多く出合った。「そうか、正社員並みの仕事をしている契約社員には正社員化の道を開きつつあるんだ」。取るべき道筋のひとつが示された気がした。

訪ねた企業や労働組合の多くは、業界のトップ企業だったり、リーディングカンパニーと目されているところが大半だった。制度導入のおもな目的は、効率の向上、現場の士気高揚だったが、処遇改善のあり方について業界をリードする気概、コスト削減の目的だけで非正規を使い続けていていいのかという反省を感じる場面もあった。

こうした事例をこれまで3つの報告書にまとめた[2]。大手スーパーの事例のひとつは、厚労省制作の改正パート労働法の解説パンフレットに転載され、7月末に発表された「有期契約労働者の雇用管理の改善に関するガイドライン」でも正社員転換制度の事例の何本かを取り上げていただいた。これらを「好事例」と受け止めていただいたからだと思う。

今年に入って4月に改正パート労働法が施行され、それに続くように派遣労働法の改正が日程にのぼり、契約社員などの有期契約労働者についても「ガイドライン」が示された。非正規雇用の処遇改善に向け、一斉にいろいろなものが動き出した感がする。法律は現実を後追いするものとよくいわれる。だからこそ、先行する事例はその目指すべき規範となる可能性を秘めている。調査結果がすべて「好事例」となるとは限らないが、「好事例」になりそうな「先進事例」を、アンテナを張ってキャッチしていくことは、極めて重要だと感じている。

(2008年 9月 19日掲載)