ところかわれば

主任研究員  平田 周一

近年、日本社会における格差問題が盛んに議論されている。中でも、いわゆる正規雇用者と非正規雇用者の間に大きな格差があることが注目を集めている。労働力調査によると、2006年には雇われて働いている雇用者のうちの約3分の1を、パートタイム、派遣社員、契約社員などの非正規労働者が占めるようになった。労働力調査によると、1990年ごろまでは非正規雇用者の占める比率は 20%に満たなかった。しかも、非正規雇用者の多くは既婚女性がパートタイムなどの仕事に就く場合で占められていたと思われる。パートタイム労働者の大多数は女性であり、35歳から 44歳くらいの年齢でパートタイム労働者の比率が高かったことが、その証拠である。ところが、1992年以降、いわゆる平成不況の時代に入ると、非正規雇用者の占める比率は徐々に上昇した。特に、それまで低かった男性の非正規雇用者、15歳から 24歳の若年層、学校を卒業して正社員として就職して働いている人が最も多かったはずの 25歳から 34歳層における非正規雇用者の比率が増加した。

ところで、非正規雇用者の拡大が問題になっているのは日本だけではないということは知られているのだろうか。お隣の韓国では 1997年のアジア経済危機以降、急速に非正規雇用者の数が増え、日本と同様に格差の問題が議論されていることは新聞紙上でも紹介されていた。日本、韓国ばかりではなく、ヨーロッパにおいても非正規雇用者の数は増えている。例えば、ドイツでは 1996年でパートタイム労働者の占める比率が 16.7%であったのが、2006年には 25.8%に増加した。また、1990年代以前は数が少なかった契約社員や派遣社員の数も急速に増えている。ヨーロッパ連合(EU)では、Flexibility(柔軟性)と Security (安全)を併せた Flexicurity という標語を掲げ、このような非正規雇用者の収入や雇用の安定が脅かされないような警戒を強めた雇用政策を展開している。

なぜ、非正規雇用者が増加するのかについては、ウールリッヒ・ベックというドイツの社会学者が、産業化が成熟した社会において非正規雇用が増加することを示し、特に経済のグローバル化の進行、IT技術の進歩によって非正規雇用の増加が加速することを示している。

ところが、非正規雇用者が増加しながら、日本のように深刻な問題が起きていない国もある。オーストラリアである。オーストラリアは日本と逆に、1990年代に入ってから現在まで好景気が続いているが、Casual Worker と呼ばれる非正規雇用者が急速に増加している。ところが、Casual Workerの増加は日本のように社会問題化せず、企業にとっても良い人材を得るために有効であり、働く人々にとっても Casual Worker から正規雇用への移行は容易であり、自ら進んで Casual Worker になるものも多いという。

非正規雇用者の増加は世界的な現象であり、多くの国々で問題となっている。しかし、オーストラリアのように深刻な社会問題を引き起こさずに済んでいる国もある。ところかわれば、同じ現象が引き起こす結果も様々であり、日本における非正規雇用者の問題を考える時も、他の国々に目を向ける国際比較の視点に立つことも重要だろう。

(2008年 6月25日掲載)