<株式会社リンガーハットの取組>
外食業界トップクラスの賃上げに向けて、労使が3日間徹底交渉

新型コロナウイルス感染拡大防止に向けた休業・時間短縮や海外渡航禁止(インバウンド需要の蒸発)を始め、外出自粛や在宅勤務の増加(中食化)、酒類販売(夜間営業)の抑制、少人数会食化など、従来の営業基盤を揺るがすような社会構造・消費行動の変化に晒された外食業界。その市場規模は、コロナ禍前より(一時)3割縮小したとの推計もあり(注1)、多くの飲食店が経営ダメージを被った。「長崎ちゃんぽん」等のチェーン店・株式会社リンガーハットも、例外ではない。退店を余儀なくされ(2019年815店→2022年674店)、売上高は大幅に減少し(約469.3億円→約339.2億円)、従業員の離職も相次いだ(正社員:627人→536人、平均臨時雇用者数:4,975人→3,781人)(注2)。賃上げどころではない状況に思えるが、同社は昨年、業界トップクラスの賃上げを実現させ、続く本年も、一人平均12,791円(4.14%)の引上げや初任給の大幅増額等を決めた。当に、高付加価値化・値上げ戦略への転換で業績をV字回復させた当時(後述)を彷彿とさせるが、今次の背景にはコロナ禍を逆手に、事業変革やデジタルトランスフォーメーション(DX)等で急速に進化を遂げる同社の姿がある。賃上げを巡る直近の取組状況や今後の課題等について、総務人事チームに話を聞いた。

1.株式会社リンガーハットの概要

  • 本社所在地:東京都品川区
  • 創業:1962年、設立:1970年
  • 資本金:9,002百万円
  • 東京証券取引所プライム市場上場、福岡証券取引所上場 (8200)
  • 事業内容:長崎ちゃんぽんリンガーハット・とんかつ濵かつ・長崎卓袱浜勝を運営
  • 総店舗数:674店
  • 売上高:33,920百万円 (2022年2月期[連結]、以下同)
  • 従業員数:536人(外、パート・アルバイト※3,781人) ※期中平均雇用人数(1ヶ月155時間換算)

2.近年の賃上げ経緯と賃上げに向けた労使の話合い状況

コロナ禍で状況一変も、「頑張ってくれている社員にベースアップで報いたい」

株式会社リンガーハットの春季労使交渉は、正社員4等級(店長(係長相当))迄とパート店長(39人)を組織する労働組合(429人)(注3)が、毎年2月中旬に要求書を提出するところからスタートする。その後、総務人事チームとの間で財務状況、業績推移(経営計画含む)や来期の見通し、同業他社の動向等の情報を共有しながら事務折衝を重ね、3月中旬に労使トップが一堂に会する大詰め交渉を迎える。歴代労組委員長経験者の代表取締役兼CEOを始めとする経営陣と労働組合が、3日間に渡り膝詰めで対峙。内部人材の定着促進やモチベーションアップに向けて、業界トップクラスの賃上げ実現を目指し、少なくともコロナ禍前は業績好調を追い風に、定期昇給にとどまらずベースアップや諸手当の改定等で毎年、合意に漕ぎ着けてきた。

表:春季労使交渉・妥結結果の推移
画像:表
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だが、コロナ禍で状況は一変した。会社の存続さえ危ぶまれた2020年は、評価昇給に伴う定期昇給5,054円(1.65%)のみ(注4)で妥結。続く2021年も、定期昇給4,801円(1.54%)が中心で、ベースアップは69円(0.02%)にとどまった。しかしながら、2022年は定期昇給3,901円(1.27%)に加えて、外食業界トップクラスのベースアップ3,019円(0.99%)を実現。「コロナ協力金の支給も支援材料に、頑張ってくれている社員に、少しでもベースアップで報いたいという経営者判断に至ることとなった」。

3.賃上げに当たっての考え方と賃上げによる効果の実感

デジタルトランスフォーメーション推進で、店長の働き方を改善

多くの企業同様、同社の賃上げに業績等から客観的に導かれるルールは無く、あくまで団体交渉次第で決定される。上部団体の統一闘争方針をそのまま踏襲した組合要求に、毎回応えられる訳では無いが、例年、その背景にあるのは日々、発注業務や人員管理・人材育成に追われて繁忙を極める店長の労働条件を少しでも改善し、連続休暇を取得出来るような環境に近づけて欲しいという切実な願いだ。そうした中で、コロナ禍は賃上げが一時足踏みになったからこそ、むしろ業務の効率化や所定労働時間の削減など働き方の面から対応する好機ともなった。

例えば、それまでは各店長が、売上目標や経験値を基に日々、悩みながら決めていた食材の発注数。前日の売上実績や食材の使用量(推定在庫)、AIによる売上予測を基に自動で計算されるため、最終確認ボタンを押すだけでいいWeb発注システム(注5)が導入された(2021年4月より全店運用)。結果として、発注者負担を軽減するとともに、日々の棚卸しが不要になったばかりか食材ロスの削減にも寄与し、今後は、自然災害等の緊急事態下で変化する消費者需要にも、適応出来る見通しになった。

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株式会社リンガーハット提供

また、マニュアルの作成・運用についても、新たにクラウド型の共有プラットフォームを活用。誰もが理解しやすい動画入りで、標準化・効率化した接客や調理等のノウハウを学べるようにしたこと(タブレット配置)で、教育・トレーニング負担が軽減された。更に、従来はパート・アルバイト個々の希望を聴きながら、店長が紙ベースで作成・調整していたシフト管理についても、システム上で一元化。合わせて、給与明細の配布や年末調整の記入・回収等、店長依存で煩雑になっていた労務手続きを自動化する人事・管理システムの運用を開始し、デスクワークやストレスの軽減も図った。

年間総実労働1,860時間を実現しつつ、副業も許容へ

こうしたなか、同時期に所定労働時間を8時間から7.5時間へ削減し、年間総実労働1,860時間を実現させたが、結果として(時間単価はアップしたものの)実質的な収入減少に伴い、代償として副業を許容する制度も導入された。副業を希望する場合、(上長に報告する義務は無いが)本部に直接、申出た上で面談・説明を受け、毎月末に何時間働いたかを報告する仕組み(時間数上限あり)。副業先としては、倉庫の備品整理やコンビニ勤務、ウーバーイーツなど、短時間でも淡々とこなせるような仕事の申請が多いという。

4.賃上げを行う上での課題や取組から派生した影響

加速するパート・アルバイトの正社員登用

一方、賃上げにもかかわる課題として、同社が今、もっとも頭を悩ませているのは、45歳以上が3/4以上を占める「逆ピラミッド型」の年齢構成(定年は65歳)。上位職ほど人に仕事がついて回るため、ジョブローテーションを行い難いし、店長職でも高齢化が進む。また、賃上げを行ってもなお、正社員採用に人手が集まり難いのも大きな課題。コロナ禍で業界イメージが悪化してからより深刻化したため、現在、店舗にポスターを貼ったり、会議でアナウンスしてもらったりして加速させているのが、パート・アルバイトからの正社員登用(注6)だ。

パート・アルバイト当時の働き方に近いため、主な登用先となりやすい「エリア社員」区分は、転居を伴う転勤が無い分、「ナショナル社員」のような住宅手当が支給されない。また、昇進は6等級(ブロック長(課長相当))迄で評価昇給も半分だが、賞与は評価により決定される(Sはナショナル社員の90%、Aは70%、B~Dは50%)のが魅力的。先述した一連のシステム導入等も、ベテランと新人の間の属人的な要素による業績差縮小に貢献するとみられ、「今後は、女性や外国人等の登用を増加させたい」と話す。

5.継続的な賃上げに向けて

創業60周年を迎え、着実に企業体質強化へ

今後の継続的な賃上げに向けてはやはり業績回復が鍵を握るが、同社はデフレ経済下の売上げ低迷で過去最大の赤字を計上する事態(2009年)に陥るも、他の外食チェーンに見られるような安売り競争とは一線を画し、国産野菜100%メニューを投入して値上げを敢行、業績をV字回復させた経験を持つ。この間、物流費や人件費の高騰など経営努力を超えるコスト増に対しては、2度の値上げ(2022年4月、11月)を行ったが、それでも現場からは「私たちの提供する商品には、価格以上の価値がある」との声が上がり、経営判断を後押しする。

コロナ禍という思わぬ不運に見舞われたが、これを逆手に「伸びにくい麺」も開発。テイクアウト事業を促進させ、売上高の1/4迄、高めてきた。また、デジタルトランスフォーメーション化の加速で店長の働き方改革も進めるなど、創業60周年(2022年)を迎えた同社は、更なる飛躍に向け着実に企業体質の強化を図りつつある。

労働生産性が低いと指摘され続けてきた外食業界が今、大きく変わろうとしている。

[注1] (一社)日本フードサービス協会「外食産業市場規模推計」

[注2] 有価証券報告書に基づく。

[注3] パート・アルバイトは非組合員だが、6ヶ月毎の評価で時給が年2回、上がる仕組みがある。

[注4] 4等級迄は、概ね職務給+評価給(洗替え)。評価給は、総額原資一定の仕組みがあるため、定期昇給額は主に昇格者の人数等で変動する。

[注5] AI企業と共同でシステム開発し、2019年12月に導入テスト開始、2020年1月から導入店舗拡大など準備を進めてきた。

[注6]  正社員登用制度については「有期契約と無期契約をつなぐ リンガーハットと天満屋のケース(PDF:731KB)」に詳しい。

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