労働政策の展望
日本のOJTとPIAAC調査
問題意識
少子高齢化・人口減少の進む日本において豊かさを維持していくためは、労働者の時間当たり付加価値生産性を高めることが必要である。そのために教育や職業能力開発が果たす役割は大きい。経済のグローバル化やAIなどの技術革新の進展する中でその重要性は増している。
しかし、国際的にみるとOECD諸国の中で日本はGDPに占める企業の職業能力開発費の割合が「突出して低い」水準にとどまっており、経年的にも低下が続いていることが指摘されている(厚生労働省 2018)。最近の景気回復の中で、企業の労働者一人当たりの能力開発費はやや回復傾向にあるものの、OECD諸国の中で「突出して低い」ことに変わりはないと思われる。
技能形成は日本の雇用システムの中で重要な位置を占め、新規学卒一括採用、長期雇用、賃金制度など他の制度・慣行と補完的であることが指摘されてきた。中でも重要なのがOJTである。これらの制度・慣行はOJTによる技能の形成を促進する効果をもっていた。このことを踏まえると、上述のような日本のGDPに占める企業の職業能力開発費が「突出して低い」ことは驚くべきことである。
OECDのPIAAC調査は、16〜65歳の成人を対象として、各国共通の調査票で読解力などのスキルの習熟度を測定するとともに、学歴や現在と過去の就業状況、賃金などに加えて能力開発についても詳しく調べている。このPIAAC調査の結果を分析した研究も参照しながら、日本のOJTについて考えてみたい。
OJTの定義
日本では企業内訓練をOff-JT(Off-the-Job Training, 集合訓練)とOJT(On-the-Job Training, 職場訓練)に分類する。Off-JTは仕事(職場)から離れて研修所などで行われる訓練である。OJTは職場で仕事をやりながら上司や先輩等の指導のもとで仕事を覚えていく訓練である。しかし、海外では、OJT(On-the-Job Training)という用語は訓練をする場所がどこであれ、企業に在職中に行われる訓練、つまり企業内訓練のことを指す場合が多い(脇坂 2019)。
フォーマルな(あるいは計画的)OJTとは、指導者が指名されており、訓練成果のチェック項目が書かれているなど、観察しやすい指標が設定されているOJTを指す。多くはキャリアの初期の訓練である(小池 2005)。フォーマルなOJT以外にも、インフォーマルなOJTがある。実務経験を積みかさねて技能を習得することである。仕事をやりながら、わからないことを先輩にたずねて自分で勉強し仕事を覚えていく。インフォーマルなOJTの重要性は1960年代の人的資本理論の草創期から指摘されていた(Arrow 1962, Mincer 1962)。高度な技能はインフォーマルなOJTで形成される(小池 2005)。最近海外でもインフォーマルOJTの重要性が再認識されている(de Grip 2015)。しかし、インフォーマルなOJTを計量的に測ることは難しい。小池(2005)はインフォーマルなOJTを測る方法として、キャリア(「長期に経験する関連の深い仕事群」)としてとらえるという方法を採用している。
OJTが大切なのは、言葉や図で特定し、表現できない知識・技能があるからである。それを学ぶためには職場で仕事をしながら学ぶ必要がある。そして、学ぶ者の能動的な姿勢が重要である。小池・猪木(1987)は東南アジア2カ国と日本の装置産業の企業でのヒアリング調査から、日本の生産労働者の生産性が最新設備を備えた他のふたつの国よりも3倍程度高く、その技能形成は主にOJTによることを明らかにしている。
OJTによって形成される技能が必ずしも企業特殊的とはいえない。たとえば、職人の技能形成はOJTだが流動性は高い。小池(2005)は技能の企業特殊性はむしろキャリアの組み方の違いによるのではないかと指摘している。
日本の雇用システムと技能形成
日本の技能形成については、ヒアリング調査による綿密な実証分析を行った数多くの研究がある。小池(2005)によると、日本の大企業の生産労働者のもつ技能で重要なものは問題処理能力と職場に発生する種々の変化への対応能力(=知的熟練)である。具体的には、生産の仕組みや機械の構造に関する知識を持っていて比較的簡単な故障であれば修理できる技能であり、また、治具・工具の段取り替えが効率よくできる能力、職場の他の持ち場を担当できる能力、他の労働者に仕事を教えることができる能力、さらには、生産方法が変わった時、技術者と協力して効率的な生産ラインの組み方に関して助言できる能力、などである。こうした技能を生産現場の生産労働者が持っていて、現場で問題や変化への対応ができることが高い生産性につながる。
技能形成は長期の幅広いOJTと節目節目でのOff-JTによって行われるが、OJTが中心である。変化や問題への対処は重要なものほどマニュアル化できないものが多い。したがって、長い時間をかけて職場の中でやさしい仕事から徐々に難しい仕事へと関連の深い色々な仕事を実地に経験しながら技能形成をするOJTによる方法が効率的である。また、こうした経験に基づく知識を整理し、機械の構造などに関する工学的な知識を身に付けるためにOff-JTを行う。
さらに、賃金制度の中に技能形成へのインセンティブが存在する。日本の賃金制度には、能力給的な部分があり、技能の向上が賃金の上昇に結びつく度合いが大きい。すなわち、基本給は資格給であり、定期昇給がある。定期昇給の昇給幅や昇格が能力の査定結果を反映して決定される。また、評価の透明性を高めるため、上司の査定による各労働者の技能の幅と深さは一覧表(仕事表)にして職場に張られている。
ホワイトカラーでは総じて日本と欧米諸国との差はあまりない。小池・猪木(2002)は日本とアメリカ、イギリス及びドイツ四カ国について大卒ホワイトカラーの技能形成の実態を聞き取り調査とアンケート調査によって比較・分析し、つぎのようにまとめている。第一に、技能形成の核心である経験の幅に関して、どの国でも「やや幅広い1職能型」ないし「主+副型」が優位であることである。すなわち、大卒ホワイトカラーの技能形成は、職能の中でさまざまな小領域を経験して行われる傾向があるということである。第二に、Off-JTは欠かせないが技能形成の主役にはなりえず、社会的資格は、職業の入り口でものをいうにすぎないという点である。第三に、資格給が大卒ホワイトカラーの報酬制度として広く普及していることである。資格給とは、仕事等級を示す社内資格ごとに基本給が範囲給で決まる方式をいう。つまり、資格ごとの単一給ではなく、同じ資格でも基本給に幅があり、その幅の中を査定つきの定期昇給で上がっていく賃金制度である。このような資格給は、職場のさまざまな仕事を経験して技能を高めるという技能形成システムと補完的な役割を果たすと考えられる。
相違点として、第一は、日本は新卒中心の採用でその後も内部昇進優先タイプなのに、他国はそうでない。第二に、日本は「遅い選抜」であるが、他国では大勢は「早い選抜」である。第三は、下積みの仕事経験の有無である。日本にはあるが、他の国ではみられなくなった。
PIAAC調査
OECDは、2011〜2012年に24の加盟国・地域で第一ラウンドのPIAAC調査(Survey of Adult Skills)を実施した。その後、2018年までに加盟国を中心に合計39カ国に拡大している。この調査では16〜65歳を対象として、仕事や日常生活で必要とされる汎用的スキルのうち「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」の3分野のスキルの習熟度を直接測定している。また、成人の教育・能力開発の状況、スキルの使用状況、就業状況、健康状態、社会的活動等への参加等についても調査されている。各国共通の調査票を用いてこれだけ詳細な教育・能力開発・労働に関する情報を収集した調査は貴重である。しかも個票データが公開されている。2022年には第2回目のPIAAC調査が予定されている。詳しくは深町(2014)を参照されたい。
日本の特徴
PIAAC調査では日本の興味深い特徴が明らかになっている(国立教育政策研究所 2013)。
第一に、読解力スキル、数的思考力スキルの習熟度で日本は参加国中最も高い得点を挙げていることである。しかも得点の分散が小さく、格差が小さい。ただし、日本のスキルの使用頻度は低い。
第二に、賃金圧縮の程度が大きいことである。つまりスキルの習熟度の低い者と高い者の間の賃金格差が小さい。
第三に、日本の大卒比率はOECD平均程度でありながら、大卒以上レベルの「過剰教育」の割合が最も高い国であることである。大卒以上の学歴を持ちながら、大卒の学歴を必要とせず、高卒程度の学歴で十分こなせる仕事に就いている者の割合が最も高い。日本では大卒労働者が若年期に下積みの仕事をする傾向があることや学歴を要件とするポストが少ないことなどが考えられる。
PIAAC調査で測る日本のOJT
Fialho et al.(2019)はPIAAC調査を用いて、企業内訓練の受講率や受講時間、賃金や労働生産性への効果を推計している。企業内訓練をフォーマル訓練、ノン・フォーマル訓練、インフォーマル学習に分類している。フォーマル訓練は大学や専門学校等の正規の教育機関における資格取得のための社会人向け教育である。ノン・フォーマル訓練は、「計画的に一定期間行われる研修、指導、実践」とあり、Off-JT+フォーマル(計画的)OJTのことである。インフォーマル学習はインフォーマルOJTのことである(表1)。いずれも調査時点前1年間に受講した者を対象としている。
表1 企業内訓練の分類の比較
Fialho et al. (2019) | Squicciarini et al. (2015) | 日本の分類 |
---|---|---|
フォーマル訓練 | フォーマル訓練 | 正規の教育機関での資格取得等のための社会人教育 |
ノン・フォーマル訓練 | OJT | Off-JT |
計画的OJT | ||
インフォーマル学習 | インフォーマル学習 | インフォーマルOJT |
推計された受講率や受講時間をみると、インフォーマル学習が企業内訓練では最も多く受講されている訓練形態である。フォーマル訓練を除く企業内訓練の全受講時間のうち、80%がインフォーマル学習である。また、OECD平均でインフォーマル学習、ノン・フォーマル訓練及びフォーマル訓練の受講率は、それぞれ70%、41%及び8%である。日本ではフォーマル訓練、ノン・フォーマル訓練は比較的低いものの、インフォーマル学習は他の国と同程度である。こうした傾向はドイツやフランスでもみられる。
企業内訓練の受講が賃金に与える影響をみると、ノン・フォーマル訓練が11%、インフォーマル学習が3.5%、それぞれ賃金を引き上げる効果がある。しかし、フォーマル訓練は逆に賃金を引き下げる効果があり、労働者も費用負担をしていることがうかがえる。一方、インフォーマル学習の受講は生産性(労働時間当り付加価値)を5%高めている。ただし、これらは短期的な効果である。
Squicciarini et al.(2015)は企業内訓練への投資額のGVA(総付加価値額)比を推計している。推計結果をみると、日本、韓国、イタリア、フランス、ドイツといった国々では比較的低い。一方、アメリカやイギリス、カナダ、オーストラリア、北欧諸国などで高くなっている。その差は主にフォーマル訓練(=資格取得のための社会人教育)への投資額の差に起因する(図1)。後者の国々ではフォーマル訓練の受講率が比較的高く、かつ大学などの授業料が高い。つまり、厚生労働省(2018)が指摘した日本のGDPに占める企業内訓練費の割合が「突出して低い」という事実は、職業資格等に関する制度・慣行の違いに起因している可能性がある。
図1 企業内訓練投資(GVA比)
資料出所:Squicciarini et al. (2015)
スキル使用とHPWP(高効率作業慣行)
PIAAC調査では生産性の代理指標として技能の使用頻度を使っている。労働者が持っている技能と実際に生産活動で発揮される技能とを区別するという発想に基づいている。技能の使用頻度はアンケートでたとえば読解力スキルであれば(年、月、週といった期間に)メールを書く頻度を聞いており、その回答から作成されている。技能の使用頻度が高いことは、労働者にとっては高い賃金や高い仕事満足度をもたらし、マクロレベルでは、一人当たりGDP(生産性)との相関が正で有意であることがわかっている。
生産性は労働者の技能水準だけでなく、人的資源管理や労使関係等の制度的な要因によっても影響を受ける。職場がどのように組織されているか、あるいは仕事がどのように設計され、どのような人的資源管理が行われているかによる。HPWP(=High Performance Work Practices(高効率作業慣行))は、問題解決チーム、ジョブローテーション、訓練、選抜的採用、雇用保障、インセンティブ報酬(能力給、ボーナス)、情報共有などから成り、主にブルーカラー職場での労働生産性を向上させるための革新的な人的資源管理を意味する。アメリカでは1980年代から取り入れる企業が増えている。そして、いくつかの研究では、厳密な実証分析によって実際に高い生産性をあげていることが明らかにされている(Ichniowski and Shaw 2003)。
OECD(2016)は、PIAAC調査の結果を用いて、HPWPの導入度合いを測るHPWP指標を作成している。そして、技能の使用頻度(=生産性の代理指標)の分散を労働者の技能習熟度、HPWP指標、企業規模、職業、産業、国特性といった要因に分解している。その結果、技能使用の分散へ最も寄与が大きかったのがHPWP指標であることを見出している。このことからOECDは、企業がHPWPを導入することの意義を強調している。
しかし、このOECDの分析においては、日本のHPWP指標は高くない。HPWPはもともと1980年代までの日本のブルーカラーの職場の高い生産性の要因について諸外国で研究され、提案されているものである。その指標で日本が低いのはなぜか。実はOECDのHPWP指標には、ジョブローテーションや能力給、査定の有無など日本の職場の作業組織の重要な要素が取り入れられていない[注1]。
なお、日本の製造業や自働車産業に関しては、上述のような日本のOJTの特徴を踏まえた斬新な実証研究がある(黒澤他 2007;佐々木・山根 2012;Ariga et al. 2013)。
むすびにかえて
本稿では、聞き取り調査を中心にした研究成果やPIAAC調査を用いた国際比較研究などを踏まえて、日本の企業内訓練、とりわけOJTについて考察した。その結果、改めて日本がOJTへの投資で他国に劣っていないことやインフォーマルOJTの重要性が明らかになった。インフォーマルOJTを受講している労働者はOff-JTや計画的OJTの受講率も高い。また、賃金や付加価値生産性を高める効果も認められる。そして、職場組織や作業慣行がインフォーマルOJTの促進や効果に大きな影響を与えていることもわかった。インフォーマルOJTが高い効果をもたらす職場づくりが求められる。その際労働者の能動的な参加が重要である。働くことが学ぶことであるならば働き方改革は学び方改革でもある。
バブル崩壊後の長期不況下で日本の雇用システムには大きな変化があった。成果主義的賃金制度の導入、女性労働者や非正規雇用者の増大などである。しかし、成果主義的賃金制度(役割給等)は運用次第で技能形成を最も必要とする非管理職層の技能形成へのインセンティブが失われないようにすることはできる。女性労働者や非正規雇用者の能力開発については、両立支援策等による雇用の継続や非正規から正規雇用への転換ができる環境を整備することなどが考えられる。また、社会的な職業能力評価制度を整備することも提案されている(原 2014)。さらに、企業内で正規労働者と非正規労働者の技能を同じ仕事表にまとめることで正規労働者への転換を促進することも試みられている(脇坂 2019)。そして、就職氷河期世代はOJTによる能力開発の機会を失った世代である。適切な支援が求められる。
脚注
- [注1] OECDのHPWP指標は、作業の順番、方法、スピードに関する裁量性、同僚との協業・協力、情報共有、時間管理、業務計画立案、労働時間の柔軟性、訓練、賞与等に関する回答から作成される。
参考文献
- 黒澤昌子・大竹文雄・有賀健(2007)「企業内訓練と人的資源管理施策─決定要因とその効果の実証分析」林文夫編『経済停滞の原因と制度』第9章,勁草書房,pp.265-302.
- 小池和男(2005)『仕事の経済学』第3版,東洋経済新報社.
- 小池和男・猪木武徳(1987)『人材形成の国際比較─東南アジアと日本』東洋経済新報社.
- 小池和男・猪木武徳(2002)『ホワイトカラーの人材形成─日米英独の比較』東洋経済新報社.
- 厚生労働省(2018)『平成30年版労働経済白書』.
- 国立教育政策研究所(2013)『成人スキルの国際比較─OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書』明石書店.
- 佐々木勝・山根承子(2012)「職場訓練の効果の検証方法─自動車産業の場合(PDF:294KB)」『日本労働研究雑誌』No.618,pp.46-54.
- 原ひろみ(2014)『職業能力開発の経済分析』勁草書房.
- 深町珠由(2014)「PIAACから読み解く近年の職業能力評価の動向(PDF:775KB)」『日本労働研究雑誌』No.650,pp.71-81.
- 脇坂明(2019)「OJT再考」『学習院大学経済経営研究所年報』33巻,pp.59-89.
- Ariga K., M. Kurosawa, F. Ohtake, M. Sasaki and S. Yamane (2013) "Organization Adjustments, Job Training and Productivity: Evidence from Japanese Automobile Makers,"Journal of the Japanese and International Economies, 27, pp.1–34.
- Arrow, K. J. (1962) "The Economic Implications of Learning by Doing," The Review of Economic Studies, Vol.29, No.3, pp.155-173.
- de Grip, A. (2015) The importance of informal learning at work, IZA World of Labor 2015: 162 doi: 10.15185/izawol.162
- Fialho P., G. Quintini and M. Vandeweyer (2019), "Returns to different forms of job-related training: Factoring in informal learning," OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No.231.
- Ichniowski, C. and K. Shaw (2003) "Beyond Incentive Pay: Insiders' Estimates of the Value of Complementary Human Resource Management Practices," Journal of Economic Perspectives, Vol.17, No.1, pp.155–180.
- Mincer J. (1962) "On-the-Job Training: Costs, Returns, and Some Implications," Journal of Political Economy, Vol.70, No.5, pp.50-79.
- OECD (2016) "Skills Use at Work: Why Does It Matter and What Influences It ?", OECD Employment Outlook, Chapter 2, OECD Publications, Paris, pp.61-109.
- Squicciarini M., L. Marcolin and P. Horvát (2015) "Estimating Cross-Country Investment in Training: An Experimental Methodology Using PIAAC Data," OECD Science, Technology and Industry Working Papers.
2020年2・3月号(No.716) 印刷用(PDF:659KB)
2020年2月25日 掲載