資料シリーズNo.259
欧米諸国におけるデジタル技術の進展を踏まえた公的職業訓練に関する調査―アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス―

2022年8月31日

概要

研究の目的

ウィズコロナ・ポストコロナの状況下で公的職業訓練を含めた人材育成政策の重要性が高まっていることを踏まえ、欧米諸国におけるデジタル技術の進展を踏まえた公的職業訓練をはじめとする人材育成施策の動向や現状、課題等について調査することを目的とする。対象国は、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスの4カ国として、次の諸点について情報収集を行う。

  • 公共職業訓練制度の概要(初期職業訓練・継続職業訓練ほか)
  • デジタル技術の進展を踏まえた公的人材育成施策
  • ‐現状と課題(産業構造の変化を見据えた政府の中長期計画の概要等)
  • ‐政府が支援するデジタル分野の人材育成の対象、レベル、支援内容(公的職業訓練、企業への支援、個人への支援別に)
  • ‐ウィズコロナ・ポストコロナを踏まえた追加的施策

研究の方法

文献サーベイ

主な事実発見

本調査は、政府や公的機関が運営する職業訓練プログラムの他、民間組織が実施するプログラムに対して公的に支援されている訓練プログラムを「公的職業訓練」として捉え、デジタル技術の進展を踏まえた訓練プログラムの特徴を明らかにした。調査の中心となるスキル・技能レベルは、ミドルレベルからローレベル=エントリーレベルである。また、調査対象となる訓練参加者は、求職者、失業者、在職者、就業経験のない新規学卒者であるが、場合によっては就業前の学校教育で実施されている訓練プログラムも含まれている。

アメリカに公的な職業訓練施設はなく、訓練は大学やコミュニティカレッジ、民間事業者等で行われる。連邦政府または州等の地域政府は、これらの施設で訓練を行う個人や企業に助成金等を支給する形で国民に訓練機会を提供している。「デジタル人材の育成」に関する公的職業訓練もこうした枠組みの中で実施される。

バイデン政権は2021年3月に「米国雇用計画」を発表し、労働者の能力開発支援にあたって「人種・ジェンダーによる不平等をなくし、低所得で十分なサービスが行き届いていないコミュニティや、高校卒業前の学生が高給の職業に就くためのキャリアパスを構築する」ことを主眼とする政策を推進する方針を示した。技術革新や産業構造の変化に対応するとともに、デジタル技術を使用できるかどうかで生活や就労に格差が生じることを防ぐ観点から、デジタル・スキルの取得やデジタル人材の育成に取り組んでいく姿勢を強めている。

一方、各州等では全米50州のうち23州及びワシントンD.C.が「デジタル・スキル・ギャップに対処するための総合的な計画」を策定し、デジタル・スキルの育成に向けた取り組みを強めている。計画の策定にあたっては各地の行政、経済界、労働界、教育界の代表者らが参加する委員会等が「将来の仕事の変化」を踏まえて、現場のニーズに適う政策を実現する試みがなされている。

イギリスにおける公的職業訓練の主な対象者は、若年層と低資格層(および失業者)であり、中等教育修了相当のレベルの資格までが、主な補助の範囲となっている。デジタル・スキルは、近年、英語や数学とならんで習得が必須の分野と位置付けられ、教育機関において関連資格に関する訓練の提供が進められている。デジタル産業に限らず広範な業種での就労に必要な能力と捉えられており、公的職業訓練はその基礎となるスキルを提供している。また、デジタルデバイドの恐れのある低資格層に対しては、生活や就労に要する基礎的デジタル・スキルを習得するための訓練が無料で提供されている。一方で、デジタル産業で即戦力となりうる人材を育成するためには、より高度な知識や能力が求められるが、職業教育はそうしたスキル需要に応えきれていないとの指摘もある。デジタル・文化・メディア・スポーツ省は、求人情報の分析に基づいて雇用主のデジタル・スキル需要を類型化(図表1参照)した上で、求職者は基礎的スキルに留まらず、特殊スキルを習得すべきであると分析している。

図表1 デジタル・スキルの類型

図表1画像

出所:Department for Digital, Culture, Media and Sports (2019)

ドイツにおける公的職業訓練は、若者を対象とする「初期職業訓練」と初期訓練修了者や社会人等を対象とする「継続職業訓練」の2つに大別することができる。また、こうした職業訓練は、一義的には企業(使用者)が自ら責任と費用を持ち、現場重視の実学主義によって人材育成を行っている。職業訓練には、「教育」という観点が多く含まれるため、連邦教育研究省や所管の連邦教育訓練機構、州政府や地域の商工会議所、当該産業を管轄する連邦経済技術省が担う役割が大きい。しかし、近年のデジタル化の進展により労働環境が大きく変わる中で、その流れに取り残されるリスクがある弱者に対する支援や継続訓練に政策的焦点が当たるようになり、労働社会省や地域の雇用エージェンシー(職業安定機関)が果たす役割が従来よりも相対的に大きくなっている。

ドイツの場合、「デジタル化の進展を踏まえた人材育成」という文脈の主眼は、「デジタル分野の人材育成」ではなく、「デジタル化によって失業の恐れがある者」や「訓練機会の少ない低技能労働者や中小企業労使」に対する継続訓練の参加支援に力点が置かれている。「デジタル分野の人材育成」については、全職種の訓練に共通する学習項目である「標準職業プロフィール項目」に、「デジタル化した労働環境」という分野が2021年8月から新たに加わる等、職種を問わない訓練生全員に対する基礎的なデジタル知識の習得と底上げに重点が置かれている。IT関連の職業資格は、連邦教育訓練機構によって初期職業資格から戦略プロフェッショナルまで、それぞれの資格に応じた職業訓練が設けられている(図表2参照)。

図表2 IT関連の訓練と資格

図表2画像

出所:BIBB (2021)をもとに作成。

フランスにおける公的職業訓練には、学校教育における資格取得のための課程、学卒者(若年者)に対する見習訓練制度、失業者(求職者)に対する失業手当の給付を受けながらの職業訓練プログラム、在職者に対する職業訓練個人口座制度に則った講座の受講などがある。デジタル人材を育成する公的職業訓練は、既存の資格の中にデジタル関連の専攻が付加される形で施策が推進されている。

フランスにおけるデジタル化の推進戦略における人材育成は、2008年に策定された「デジタルフランス2012」の具体策の中に盛り込まれた。学校教育および学卒間もない若年者を対象とする初期教育訓練を企業の人材ニーズに適合させるため、既存の職業分野とデジタル専門分野を連携させた訓練コースの設置が基本方針として示されている。デジタル人材の育成を目的とする公的職業訓練は、基礎的な技能レベルでは、既存の職業教育修了証および職業バカロレアの専攻の中にデジタルシステムに関する訓練が設けられている。中程度の技能レベルでは、バカロレア取得後3年以上の経験に基づくデジタル関連の資格が設けられており、デジタル分野の訓練を専門とする見習訓練センターなどで課程を修了することによって資格が得られる。また、情報通信分野の職業訓練を受ける者に対して、職業訓練個人口座の残高が不足している場合、国が支援する措置が取られているほか、電子機器やロボット等の新産業分野を支援する職業訓練のための投資プランが発表されている。

政策への貢献

『第11次職業能力開発基本計画』の実施にあたって、あるいは、「新しい資本主義」の重要な柱の一つである『デジタル田園都市国家構想』における職業訓練のデジタル分野の重点化に関して、政策の検討に参考資料として活用されることを想定。

本文

研究の区分

情報収集

研究期間

令和3~4年度

執筆担当者

北澤 謙
労働政策研究・研修機構 調査部主任調査員補佐 序章 第4章
石井 和広
労働政策研究・研修機構 調査部主任調査員補佐 第1章
樋口 英夫
労働政策研究・研修機構 調査部主任調査員補佐 第2章
飯田 恵子
労働政策研究・研修機構 調査部主任調査員 第3章

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