資料シリーズ No.193
対人サービス職等の分野における能力評価の試み
~業界団体等の取り組みを中心に~

平成29年3月31日

概要

研究の目的

わが国においては成長分野への労働移動を促進する外部労働市場の役割等が注目されている中、外部労働市場とつながる能力開発を促進する仕組みの確立や、個人が主導する能力開発の実現が中長期的な課題になっている。こうした問題意識の下、厚生労働省の「労働市場政策における職業能力評価制度のあり方に関する研究会」報告書(2014年3月)や、内閣府「日本再興戦略改訂2014」においては、対人サービス職等の分野における新たな「業界検定」の整備が提言され、2014年度からは厚生労働省において「業界検定スタートアップ支援事業」が進められている。

本調査研究ではこうした動きを踏まえ、小売や卸売、医療・介護、冠婚葬祭といった対人サービス職種を含む産業分野で、能力評価のための制度運営や取り組みがどのように進められているかについて事例を調査し、今後の能力評価制度の構築に向けていかなる示唆が得られるかについて検討した。

研究の方法

業種内で何らかの能力評価の取り組み(資格認定制度・検定制度の運営、技能審査の実施、職業能力評価基準の策定など)を行っている産業を対象とし、これらの取り組みの主体となっている業界団体、または業界単位で設立された組織の関係者にインタビュー調査を行うとともに、制度や団体、業界に関する資料を収集し、ケースレコードとして取りまとめた。

主な事実発見

  1. 対人サービス職の職業能力評価、とりわけ資格認定制度や検定制度においては、知識のレベルを問う評価に加えて、対人場面での行動の評価が組み込まれているケースがよく見られる。対人場面の行動評価の方法としては、試験の中で実技試験を行うという方法(葬祭ディレクター技能審査協会の「葬祭ディレクター技能審査制度」、日本ショッピングセンター協会の「SC接客マイスター資格」、日本エステティック協会の「認定エステティシャン資格」、新日本スーパーマーケット協会の「チェッカー技能検定」など)と、評価を実施する組織が評価者を養成・認定し、その評価者が各職場において被評価者の働き振りを評価するという方法(シルバーサービス振興会の「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」、図表1)がある。

    図表1 介護プロフェッショナルキャリア段位制度における評価・認定スキームの全体像

    図表1画像

    資料出所:シルバーサービス振興会編『評価者(アセッサー)講習テキスト 平成28年度版』

  2. 試験による能力評価を大規模に行う場合、数多くの会場や試験スタッフをいかに確保するかという点が大きな課題となる。特に実技系の試験を大規模に行う場合には、多くの評価者(試験現場での採点官)が必要になる。例えば司会や幕張(図表2)といった実技試験を行う葬祭ディレクター技能審査の場合、試験ごとに約800人のスタッフを動員している。

    図表2 葬祭ディレクター技能審査1級・幕張課題の例

    図表2画像

    資料出所:葬祭ディレクター技能審査協会編『2014年度葬祭ディレクター技能審査模擬問題集』

  3. 新日本スーパーマーケット協会が実施する能力検定「S検」のうち、小売・流通業界に携わる者として身につけておくべき業界一般知識・商品知識・計数管理の基礎を有しているかを問う「ベーシック2級」の試験は、新入社員、パートタイマー、アルバイトを主な受験者として想定しており、協会が設けている専用ホームページにおいて、随時ウェブ受験が可能となっている。
  4. 今回事例として取り上げたほとんどの団体・組織が、運営・策定している職業能力評価の仕組みが、業界に属する企業やそこで働く人々によって、どのように活用されているかについては、個別事例のエピソードを一定数蓄積した形でしか把握していない。業界に属する企業が、採用、配置、評価、処遇といった人事労務管理の場面で職業能力評価の仕組みをいかに活用しているのか、あるいは資格認定や検定の取得が、業界で働く人々の賃金や役職などにどのように影響しているのかといった点について、自前で定量的なデータを有する団体・組織はほとんど見当たらなかった。

政策的インプリケーション

本調査研究の結果からは、以下のような政策的インプリケーションが得られると考えられる。

  1. 対人場面での行動の評価が重要な役割を占める対人サービス職等の能力評価では、そうした行動の評価を行う多数の評価者をいかに確保するかが、制度の運営にあたって重要な課題となる。制度の確立に向けて業界団体や組織をサポートする国や公的機関は、目処が立てられるような指導や財政的支援などを行うことが求められる。
  2. 評価制度の安定的な運営に向けて、当該業界で働く人々を養成する専門学校を活用することも考えられる。活用には2つの方法があり、1つは試験会場や評価(採点)実施場所として専門学校を活用すること、もう1つは専門学校が実施する一定のカリキュラム(とりわけ実習系のカリキュラム)の修了を、試験実施に替えることである。
  3. 対人サービス分野は多くの非正規労働者が就業しており、この分野で職業能力評価制度を確立することの重要な目的の1つは、彼らのキャリアアップの実現にある。非正規労働者の活発な制度活用をもたらすには、制度を活用する際の障害をできるだけ取り除くための取り組みが求められる。障害を取り除く取り組みと1つとしては、新日本スーパーマーケット協会の「S検」で行われているウェブ受験の整備が考えられる。こうした受験環境は非正規労働者の受験をより容易にすると考えられ、ウェブ受験が妥当とされるレベルや、不正受験への対応などを十分に検討した上で、「業界検定」など国や公的機関が関与する職業能力評価制度の大半については、一定レベルまでウェブ受験の体制を準備するという取り組みもありえよう。
  4. 企業内キャリアアップや同一業種・職種内企業間の労働移動の場面で活用される職業能力評価制度を確立していく上では、採用やキャリア管理における制度の活用状況、あるいは業界で働く個人のキャリアに与える制度活用の影響について、大量かつ継続的にデータを収集する必要がある。ただ、現状は、調査・分析を専門に担当する部署・スタッフを設けられるほど、多人数のスタッフを擁する業界団体はごく少なく、他事業にかけなければならない資源や労力との兼ね合いを考慮すると、仮にデータを収集・分析したいという意向が業界団体にあったとしても、その実現は容易ではないとみられる。こうした事情を踏まえると国や公的機関が、データの収集・分析に関し制度の運営主体である業界団体をノウハウ提供の面や財政面で支援していくことや、シンクタンクなどと連携したデータの収集・分析システムの構築にあたって支援していくことなどを、政策的支援として考えることができる。
  5. 厚生労働省の「労働市場政策における職業能力評価制度のあり方に関する研究会」報告書でも指摘されているように、製品・サービスの顧客に対する配慮は、労働市場において有効な職業能力評価制度を構築していくにあたっては、非常に重要な観点であり、今回取り上げた事例でも顧客にとっての必要性が高いと考えられる能力評価制度は、業界内に広く普及している。こうしたことを念頭に、職業能力評価制度を運営する業界団体等や、それをサポートする国・公的機関が連携して、職業能力評価制度に対するニーズの高い領域を掘り起こす取り組みも、労働市場インフラとして有効な職業能力評価制度の確立を図るという目的から、検討の余地があるものと思われる。

政策への貢献

対人サービス職業を対象とした「業界検定」など、職業能力評価制度を企画・実施する段階で留意すべき点について提言し、制度の定着や効果的な運営に貢献する。

本文

本文がスムーズに表示しない場合は下記からご参照をお願いします。

研究の区分

プロジェクト研究 「経済・社会の変化に応じた職業能力開発システムのあり方についての調査研究」
サブテーマ「能力開発施策のあり方に関する調査研究」

研究期間

平成26年10月~平成29年3月

研究担当者

藤本 真
労働政策研究・研修機構人材育成部門 主任研究員
山口 塁
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員
法政大学大学院社会学研究科博士後期課程
松永 伸太朗
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程
清原 悠
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員
東京大学大学院学際情報学府博士課程
鶴薗 佳菜子
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員
東京大学大学院教育学研究科博士課程

関連の研究成果

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