資料シリーズ No.109
中小製造業(機械・金属関連産業)における人材育成・能力開発
―製造業集積地域での取組み―

平成24年 3月30日

概要

研究の目的と方法

製造業では、各企業が原材料・製品の輸送費、労働費用、その他生産や販売に関わる様々なメリットを考慮した結果、ある特定の地域に「産業集積」を形成する傾向が他の業種に比べて強い。そしていったん形成された産業集積地域のあり様は、集積を構成する企業の経営に影響を及ぼす。なかでも社外の教育訓練機会に依存する度合いが強い、中小企業における人材育成・能力開発活動は、立地する産業集積地域にどのような教育訓練機会が設けられているかによって相当程度左右されうる。こうした状況を踏まえると、製造業集積地域において、人材育成・能力開発の機会がどのような形で企業や労働者に対し提供されているのか、提供にあたっての課題は何か、といった点について実態を把握することは、中小企業における人材育成・能力開発に対する政策的・社会的取組みを検討していく上で意義が大きいものと思われる。

以上の問題意識に基づき、労働政策研究・研修機構の調査研究プロジェクト『中小企業における人材育成・能力開発』では、2010~2011年にかけ、日本各地の製造業集積地域において、人材育成・能力開発に関する取組みを積極的に進めていると思われる組織を対象にインタビュー調査を行ってきた。本書では、8つの製造業集積地域(1.山形県米沢地域、2.群馬県太田市地域、3.東京都大田区地域、4.新潟県燕三条地域、5.静岡県浜松地域、6.大阪府東大阪地域、7.愛媛県東予地域、8.大分県大分市地域)における人材育成・能力開発に関わる取組みを、その背景や取組みを進めていく上での課題などとともにまとめた。

主な事実発見

今回の調査対象地域において進められ、今後の製造業集積地域における人材育成に対して示唆するところが大きいと思われる取組みとして、以下のような取組みを挙げる事ができる。

1.地域における職業資格の作成と、資格を基準とした教育訓練の取組み

山形県米沢地域では、製造業企業を主体に、金融機関、行政を組み入れて結成された「米沢ビジネスネットワークオフィス」が中心となり、「米沢産業育成事業運営委員会」を設立され、この委員会が地域の主要産業である電子部品産業での技術力向上や各企業がもつ技術力の明確化などを目的として、「米沢地域共通鉛フリーはんだ付け技術認定制度」を運営している(図表1)。また、愛媛県東予地域(同県の新居浜市・西条市を中心とする地域)では、「プラントメンテナンス技術者育成事業」が行われており、事業内で実施される講座の修了者には「プラントメンテナンスマスター(PMM)」の資格が与えられる。この資格は以前から存在していた業界内資格を、資格取得のために受講しなければならない講座の内容を新たに企画するなどし、地域の人材ニーズに合わせて改編したものである。

図表1 米沢地域共通鉛フリーはんだ付け技術認定制度の運営体制

図表1 米沢地域共通鉛フリーはんだ付け技術認定制度の運営体制/資料シリーズNo.109

2.様々な機関を横断した、地域ぐるみでの人材育成に向けた取組み

高等専門学校や高等技術専門学校、各種公的団体など、地域内の人材育成支援機関の機能が重複しているきらいがあるため、愛媛県東予地区では財団法人東予産業創造センターが中心となって地域内における人材育成事業の体系(図表2)を構想し、この構想にそって各機関の果たすべき役割について整理した推進体制を、他機関と協力して実施していくことを目指している。静岡県浜松地域や群馬県太田市地域でも同様に、地域内における人材育成事業の体系が構想されている。

3.人材育成と並行して行われる、地域における新たな事業展開の模索

製造業集積地域において人材育成の取組みを主導的に進める機関は、多くの場合、地域の強みを活かした新たな事業展開に向けての取組みも並行して実施している。例えば、静岡県浜松地域では、はままつ産業創造センターが、同センターの実施する人材育成事業の修了者や、関連企業、地域の学術機関による研究会を立上げ、製品化・事業化を想定した応用技術の習得や地域が取り組むべき次世代産業分野の研究を進めている。また新潟県燕三条地域では、財団法人燕三条地場産業振興センターが人材育成のための各種講座・セミナーに加えて、地元企業が生産技術や製品開発に役立つ情報を得て実際に取り組むことを目的とした、新技術・新材料に関する研究会などを実施している。

図表2 愛媛県東予地域における人材育成事業の体系

図表2 愛媛県東予地域における人材育成事業の体系/資料シリーズNo.109

4.大学等教育機関との連携による「学理に基づいた」人材育成の取組み

製造業集積地域に立地する企業の多くは、大手メーカーの下請けである中小企業であり、これらの企業は製品の規格のほとんどが発注元によって決められていたり、自企業の持っている高い技術力を自覚できず有効活用できてなかったりするため、国際的な競争力の強化や新産業の創出が難しい状況にある。こうした中小製造業企業が置かれている状況を改善するため、群馬県太田市地域では、群馬大学との結びつきが強い財団法人地域産学官連携ものづくり研究機構が、ものづくりの学術的知識を有した中小企業の技術者育成(「学理と実践に基づく」人材育成)の支援を進めている。

5.製造業に勤務していた高齢者などにより組織されたNPOの活動

大分県大分市地域で活動するNPO法人技術サポートネットワーク大分は、製造業企業に勤務していた技術者によって組織され、企業の製造現場等における業務プロセスの改善指導とともに、大分市から人材育成に関する研修の実施を受託するなど、地域における人材育成支援活動を行っている。また、大阪府東大阪地域では、技能継承をはじめとする中小製造業企業の人材育成に関わるコンサルティング業務を、NPO法人地域基盤技術継承プラザが受託している。この法人は、大阪府の産業支援NPOをとりまとめている大阪府立産業支援型NPO協議会と連携し、講師・専門家派遣などの活動を進めている。

政策的含意

1.事業展開と人材育成を効果的に連携していく必要性

製造業における人材育成・能力開発は、1)現在の生産活動において必要な一通りのスキル・知識の習得、2)新たな事業展開に向けて必要なスキル・知識の習得、という2つの局面に分けて捉えることができるが、今後の製造業の市場や競争相手の状況を考えると、2)の局面の重要性がより高まるものと予想される。集積地域における人材育成・能力開発の取組み、およびそれらの取組みの支援を効果的に進めていこうとすれば、新たな事業展開とその事業を進める上で求められる人材スペックを視野に入れることが、ますます必要となろう。

2.地域における人材育成・能力開発資源を効果的に活用するための機会・体制整備

今回の調査対象地域の中にも見られたが、職業訓練機関、公共教育機関、公的および民間の諸団体など、人材育成・能力開発を担うことができる主体が数多くありながら、それらの機能を十分に活用しきれていないという地域は少なくないものと見られる。これら地域における人材育成・能力開発資源を活用していくためには、各主体の活動内容や活動の強みについての情報の頻繁なやり取りや、各主体の活動の柔軟かつ有効な編成を可能とする機会や体制(例えば、地域内のコーディネート機能の強化など)について、検討・見直しが必要である。

政策への貢献

中小企業を主たる対象とした人材育成・能力開発の支援策や、支援体制のあり方の検討における、基礎資料としての活用が期待される。

本文

  1. 資料シリーズ No.109 全文 (PDF:6.1MB)

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研究期間

平成23年度

執筆担当者

藤本 真
労働政策研究・研修機構人材育成部門・副主任研究員
大木栄一
職業能力開発総合大学校准教授
姫野宏輔
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員

入手方法等

入手方法

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