労働政策レポートNo.15
時間外労働の上限規制への対応
―自動車運転の業務に従事する労働者を対象に―
概要
研究の目的
2024年4月より、自動車運転の業務に従事する労働者(以下、自動車運転者)に適用された労働時間規制(改正労働基準法と改善基準告示)に対して、企業はどのように対応したのか、どんな課題が発生したのか、発生した課題に対して、企業の労使はどのように対応したのかを明らかにする。
研究の方法
ヒアリング調査
主な事実発見
本稿は、物流業4社、バス会社2社、タクシー会社2社の計8社の事例分析を行っている。調査対象企業の属性や事業の特徴、主な分析対象は、表1のとおりである。調査対象企業は大企業であり、労働組合を有する。また、物流業は全国で事業を展開し、主にB to B事業を行う。バス会社とタクシー会社は、特定のエリアで事業を行い、B to C事業を行う。なお、同じ業種でも、企業によって事業の特徴が異なっており、それに伴い、主な分析対象となる運転者は異なる。
図表1 企業の属性、事業の特徴、主な分析対象
企業 | 事業エリア | 従業員規模 | 事業の特徴 | 主な分析対象 |
---|---|---|---|---|
物流業A社 | 全国 | 約17,000人 | B to B事業。顧客多くは中小企業(業務量の予測が困難)。 | 市内ルートと店舗間ルートを担当する運転者 |
物流業B社 | 全国 | 約14,000人 | B to B事業。中距離輸送もしくは短距離輸送を行う。 | 中距離・短距離輸送の運転者 |
物流業C社 | 全国 | 約17万人 | B to C事業がメイン。ニーズの減少傾向が続いている。 | 市内ルートを担当する運転者 |
物流業D社 | 全国 | 2,200人程度 | B to B事業。C社の100%子会社。 | 店舗間ルートを担当する運転者 |
バス会社E社 | 関東 | 900人弱 | B to C事業。路線バス、高速バス、貸切バスを運行。 | 路線バスの運転者 |
バス会社F社 | 関東 | 約950人 | B to C事業。路線バス、高速バス、貸切バスを運行。 | 路線バスの運転者 |
タクシー会社G社 | 関東 | 約2,000人 | B to C事業。24時間営業(複数のシフトを導入し対応)。 | 日勤・隔日勤務の運転者 |
タクシー会社H社 | 関西 | 約950人 | B to C事業。私鉄傘下のタクシー会社。電車の運行時間帯を中心に営業。 | 日勤・隔日勤務の運転者 |
以下では、8社の事例分析を通じて得られた主な事実発⾒についてまとめる。その主な事実発⾒とは、1.労働時間規制適⽤に伴う企業の対応、2.労働時間規制適⽤後にみられた課題と対応、3.労働組合による規制、4.協⼒会社との関係の4点である。
- 労働時間規制適用に伴う企業の対応
調査対象企業は、新しい労働時間規制の適用に際し、4つの取り組みを行っている。
第1に、輸送ルートの見直しである。これは物流業全社で行われた。輸送ルートの見直しには、①荷降ろし先を減らしたり、組み替えたりすることで荷降ろし時間等の削減を行うものと、②中継輸送を活用して、1つの便の運行時間等を短縮する対応がある。これにより、1日の拘束時間内に輸送を終えられるようになり、トラック運転者の負担の軽減につながった。
第2に、荷主への要求である。この取り組みは物流業A社、B社、D社で行われた。取引関係を考えれば、業務委託を受ける企業は、荷主に対して要求をするのは困難だと考えられる。しかし、物流業3社は、労働時間規制を遵守するために、荷主に対して待機時間の削減やダイヤの見直しを求め、それを実現した。
第3に、応援体制の整備である。物流業C社s支店の収集エリアには、集配先の多い住宅地や集配先間の距離の長い山間地があり、それらのエリアの集配時間が長くなる傾向がある。s支店は、各エリアの集配状況を可視化し、作業が終わったエリアからの応援を行えるようにした。これにより、s支店の運転者全体の残業時間の削減と平準化につながった。
第4に、休憩所の確保と整備である。物流業C社s支店は、労働時間規制に基づく休憩時間を確保するために、各エリアに休憩所を設置している。しかし、休憩所の整備状況は一律ではないことから、全ての運転者が安全で安心して休憩が取れる状況にはない。それゆえ、C社s支店は、C社労組s支部の要求を受けて、休憩所の整備に取り組んでいる。
- 労働時間規制適用後にみられた課題と対応
調査対象企業は、改善基準告示で定められたルールを遵守しようとしていたが、その際に、課題発生の可能性を含め、6つの課題が発生した。その課題と対応について取り上げる。
第1に、連続運転時間に関わる課題である。連続運転時間については、「連続運転時間は4時間以内、運転の中断は合計30分以上」というルールが定められている。この課題は、物流業B社・C社・D社で発生した。その原因は、道路渋滞や天候不良である。ただし、天候不良は予期しえない事象に該当すると考えられ、それへの対応時間は連続運転時間から除くことができること、また、連続運転時間を超過するケースは稀に発生する程度であることから、深刻な問題にはなっていない。
第2に、36協定で定めた時間外労働の時間数に関わる課題である。この問題は、深刻な人手不足を抱えるバス会社F社で発生した。バス会社は、ダイヤを運輸局に提出しており、ダイヤに定められた運行を行わなくてはならない。バスの欠便を出さないため、F社は運転者に残業を要請せざるを得ない状況に置かれている。しかし、F社は、運転者の絶対数が足りていないため、最終的には多くの運転者が36協定に定められた残業時間を超過してしまった。F社労組は、会社に運転者の増員を要求し、同社は採用に力を入れているものの、応募者は少なく、人手不足は解消されていない。
第3に、1日の拘束時間に関わる課題である。この課題が発生したのは、物流業A社・B社である。物流業A社では、集荷の遅れが配送までの運行スケジュール全体に影響を及ぼすことで、1日の拘束時間の超過が発生する。A社は、課題が発生するルートを特定し、月1回の労使協議で対応策を検討している。物流業B社では、繁忙期に物量が増加したことで、1日の拘束時間超過が発生した。B社は、荷主に対して、待機時間の削減への対応を要求する等の対応を行った。
第4に、1ヵ⽉の拘束時間に関わる課題である。この問題が指摘されたのは、タクシー会社G社である。タクシー会社G社の日勤の運転者のシフトには、昼間勤務と夜間勤務があり、2人の運転者が1台のタクシーで営業を行う。G社m営業所では、夜間勤務の運転者が帰庫時間を守れていない可能性が指摘された。G社労組m支部は、定期的に営業所の責任者と話し、労働時間の確認を行っている。
第5に、休息期間の時間確保に関わる課題である。バス会社E社のバス運転者は、積極的に残業を引き受ける人と極力残業をしたくない人に分かれており、特定の運転者に残業が集中する傾向がある。2024年4月以降、休息期間の時間は9時間となったため、以前と同じように残業を引き受けてしまうと、休息期間の時間の確保が困難になってしまう状況にある。ただし、調査時点では、E社で休息期間の時間を確保できないという事態は発生していなかった。
第6に、休日の時間確保に関わる課題である。この課題は、タクシー会社H社で発生した。休日は、休息期間の時間と24時間を足し合わせたものである。H社では、もともと休日の時間の確保ができていなかった時期があり、その際にH社労組が会社に対応を求めて解決した経緯がある。2024年4月より、休息期間の時間が1時間延びたことで、再びその問題が発生したが、今回もH社労組が会社に対応を求めて解決した。
図表2 労働時間規制を適用した際に発生した課題と原因
企業 発生した課題 原因 物流業A社 1日の拘束時間に関わる課題が発生した。 物量の予測が困難であり、物量が増えると、運行に遅れが出る。 物流業B社 連続運転時間と1日の拘束時間に関わる課題が発生した。 天候不良や繁忙期の物量の増加による。 物流業C社 (s支店) 連続運転時間に関わる課題が発生した。 渋滞等による。 物流業D社 (n支社) 連続運転時間に関わる課題が発生した。 降雪による大渋滞が発生したため。 バス会社E社 残業を担当する運転者の休息期間の時間確保が困難になりつつあるという課題が指摘された。 運転者不足のため。 バス会社F社 36協定に定めたの残業時間(月70時間)に関わる課題が発生した。 運転者不足のため。 タクシー会社G社 (m営業所) 日勤(夜勤担当)の運転者で、1ヵ月あたりの拘束時間に関わる課題が発生した可能性あるという課題が指摘された。 売上を優先する運転者が帰庫時間を守らないことがあるため。 タクシー会社H社 日勤の交替勤務の運転者で、休日の時間の確保に関わる課題が発生した。 休日の時間が1時間延びたことにより、休日の時間確保の対応が必要になった。 注1.連続運転時間に関わる課題は稀に発生している。
注2.上記の課題には、発生する可能性のあるものも含まれる。
- 労働組合による規制
自社の従業員の労働時間管理上の責任は、使用者である企業にあるが、調査対象企業では、労働組合が企業内の労働時間規制の遵守に貢献している。調査対象企業の労働組合は、36協定を締結する際の過半数代表になっているだけでなく、多くの企業では、労使が定期的に労働時間について話し合っている。その際には、従業員の労働時間の確認だけでなく、課題があれば、その対策について検討を行う。企業によっては、労働時間規制を遵守するよう、組合が企業に対応を求めることもある。先行研究が示すとおり、労働組合は従業員の労働時間の決定に関わっており、労働時間規制の遵守に貢献しているといえる。
ただし、労働組合による規制が⼗分であるかといえば、そうとはいえないように思われる。調査対象企業の労働組合は、36協定や労使協議などを通じて、企業に労働時間規制を遵守させようとしているが、労働時間短縮に貢献しているとは⾔い難いからである。調査対象企業のうち、労使で労働時間の短縮に取り組んでいるのはC社s⽀店のみであった。なぜ、調査対象企業の多くは労働時間短縮に積極的に取り組んでいないのか。
調査の限りでは、2つのことがあげられる。1つは、人手不足や業務量の変動等によって、労働時間規制を遵守できない事態を避けることである。この通りであれば、企業の労使は上限に近い時間数で36協定を締結するはずである。実際、調査対象企業にはそうした企業が存在する。
2つは、一定の賃金水準を確保するため、ある程度の残業時間をこなす必要があることである。この場合、企業や組合が労働時間を短縮しようとしても、実現するのは難しくなる。このことは、先行研究が指摘していることであり、また、タクシー会社G社m営業所の事例(本文25~26頁の④)でも見られたことである。
- 協力会社との関係
自動車運転者が働く業界のうち、物流業の特徴は下請け構造にある。一般的にいえば、下請け企業であるほど、企業経営は厳しく、当該企業で働く労働者の労働条件や労働環境は劣悪になりやすくなる。しかし、下請け企業は業務発注がなくなることを恐れ、委託元に対して、条件の見直し等を要求しづらいことが考えられる。 調査対象企業と協力会社の関係をみると、物流業各社は、協力会社に対して、無理な運行をさせないよう配慮したり、運賃単価の見直しの要求に応じたりしている。その背景には、協力会社から委託しているルートを返上されたりすると、自社の事業を継続するのが困難になってしまうからだと考えられる。
ただし、協力会社からの要求に対応するだけで、問題の全てを解決できるとは限らない。物流業A社は、顧客の多くが中小企業であるため、顧客に運賃単価の見直しを要求しても応じてもらえないことがある。一方で、A社は協力会社から運賃単価の見直しを要求されており、A社が運賃単価の見直しの原資を負担する構造になっている。いわば、A社は、荷主と協力会社との板挟みの状況にある。この状況が続けば、A社が荷主からの業務に応えられなくなる可能性が考えられる。協力会社との関係については、下請け企業である協力会社に目が行きがちになるが、A社のように、協力会社に業務を委託する企業の運賃単価の見直しも必要になる。そのためには、荷主や顧客の理解を促し、両者を巻き込んで議論を行う必要があると考えられる。
政策的インプリケーション
本稿は、物流企業4社、バス会社2社、タクシー会社2社の計8社の事例分析から得られた事実発見に基づいて、下記の4点の含意を導き出している。
第1に、労働時間規制を遵守する際に発生した課題である。調査対象企業は、労働時間規制を遵守しようと取り組んでいるが、いくつか課題が発生した。物流業では、連続運転時間に関わる課題と1日の拘束時間の課題が発生した。物流業では、1日の運行に関わる課題がみられた。バス会社では、深刻な人手不足から、36協定で定めた残業時間の超過が発生したり、休息期間の時間確保の課題が指摘されたりした。タクシー会社では、1ヵ月の拘束時間超過の可能性が指摘されたり、休日の時間確保の課題が発生したりした。休息期間と休日は、勤務と勤務の間の時間であることから、拘束時間の超過や残業時間の増加は、休息期間や休日の時間の減少を意味する。このように、業種によって、ある程度、労働時間規制を遵守する際の課題に共通点がみられる。その背景には、同じ自動車運転者でも、業種によって働き方が異なることがあるからだと考えられる。それゆえ、これらの課題が深刻化する場合は、業種別の対応が必要になると考えられる。
第2に、労働時間規制の効果と課題である。調査対象企業の取り組みをみる限り、労働時間規制を遵守するために、企業は事業を見直したり、発生した課題に対して、労使で対応を行ったりしている。つまり、労働時間規制の強化は、経営面の効率化を促したり、労働者が働く環境の整備につながったりする側面がある。これらは労働時間規制の効果といえる。ただし、その一方で、課題もみられた。事例分析では取り上げていないが、決められた時間で仕事を終えられるよう、仕事を区切ることによって労働密度が高まった結果、労働者への負荷が強まったり(物流業C社s支店)、一定の時間の運行に対して、休憩を取ることが義務付けられているため、運行全体の効率性が損なわれたりした(物流業D社n支社)。
第3に、労働時間規制を遵守するうえでの障害である。自動車運転者が働く運輸業・郵便業は、他産業に比べると、労働時間が長い一方で、賃金が低いという課題があり(本文の図1-2、1-3、1-4)、それが慢性的な人手不足をもたらしていると指摘されてきた。それが顕著にみられたのが、バス会社F社である。同社では、人手不足であるにもかかわらず、バスの欠便を出せないため、運転者に残業を要請した結果、長時間労働が常態化していた。この背景には、労働条件の課題が人手不足を招き、それが労働時間規制遵守の妨げになるという構造がある。この構造は、程度の差こそあれ、運輸業・郵便業に共通しており、これが自動車運転者の労働時間の適正化の障害となっていると考えられる。この構造を改善するには、労働条件を改善することで、採用応募者を増やしつつ、残業をしなくても済む賃金水準にまで引き上げる必要がある。ただし、そのためには、一定の原資が必要になることから、これをどう確保するかが課題となる。現状では、基本的に企業に対応が求められており、それだけでは限界がある。そこで、自動車運転者を対象とした処遇改善事業を行ったり、顧客や荷主の理解を促して適正な運賃単価や料金に引き上げたりすることが考えられる。
第4に、労働組合の貢献と課題である。労働組合は、36協定締結の際の過半数代表になっており、自社の労働者の労働時間決定に関わっている。具体的には、定期的に会社と協議を行う中で、従業員の労働時間の確認を行っており、企業が労働時間規制を遵守する際のパートナーになっている。労働時間規制の遵守という文脈で考えると、労働組合の存在は有効だといえる。
しかし、日本の労働組合は、2つの課題を抱えている。1つは、労働組合の規制力が弱いことである。労働組合は労働時間決定のアクターであり、先行研究で指摘したように、労働時間の短縮にも取り組んできたが、調査対象企業をみる限り、特別条項付の36協定を締結し、労働時間を上限に近い水準で設定している企業が多い。つまり、労働組合の対応は、改善基準告示違反はしないよう規制はしているものの、労働時間の短縮に貢献できていない。2つは、組織率の低下である。日本の労働組合の推定組織率は16%程度であり、低下傾向が続いている。それゆえ、別の解決方法を模索する必要がある。その際に参考になるのが、物流業A社、B社、D社の取り組みである。この3社は、荷主に対して、労働時間短縮につながる要求を行い、それを実現した。その背景には、物流が機能しなくなれば、自社の事業継続の支障となるという懸念が荷主にあったと考えられる。自動車運転者の長時間労働を解消するには、荷主や顧客を巻き込んで取り組むことが有効だと考えられる。
政策への貢献
既存の施策の実施状況の把握及びその評価/EBPM の推進への貢献に活用予定。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」
研究期間
令和6年度
執筆担当者
- 前浦 穂高
- 労働政策研究・研修機構 副主任研究員