労働政策研究報告書No.216
諸外国におけるハラスメントに係る法制

2022年3月31日

概要

研究の目的

2019年、パワーハラスメント防止対策が労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律に定められるに至り、また、同年ILOの仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約(2019年暴力及びハラスメント条約(第190号))が採択されるなどして、様々なレベルでハラスメントについての関心が高まる中、日本のハラスメント法制について引き続き活発な議論が行われると想定されることから、そうした議論が行われる際の参考となるよう諸外国におけるハラスメントに係る法制について十分な把握を行うため、労働政策研究・研修機構では、課題研究として、当該研究をなすこととした。

研究の方法

文献調査、研究会開催

主な事実発見

国家というレベルで比較可能であったイギリス・アメリカ・ドイツ・フランス(以下では当該4カ国を「各国」と略する)について下記のような事実発見があった。

  1. 各国では、ハラスメントに関し何らかの規制を有するところとなっているが、おおよそのところ、以下のような状況となっている。すなわち、各国の概観としては、労働法分野において明確かつ詳細な規定を有するのがフランス、一般法としての制定法を有するのがイギリス、特定の事由を理由とするものについて制定法を有するのがドイツ、差別的ハラスメントについて規定を有するのがアメリカといったところとなる(とはいえ、当該整理はハラスメントに係る制定法を中心とした概括的な整理にとどまる)。このようにしてみると、職場におけるハラスメントに係る規制が整っているのはフランスといえそうではあるものの、各国とも一般法や各種法理を有するところ、単純比較は困難であり、最も厳格な規制を有している国などとしていずれかの国を挙げることは難しい。
  2. ハラスメントの定義、あるいはその概念について、最も包括的かつ広範なものとして指摘できるのがイギリスにおける1997年ハラスメントからの保護法(PHA: Protection from Harassment Act 1997)上のそれである。その背景には、ハラスメントに関し、「広範な行為を定義づけることはできない」、あるいは、「容易に要件づけることはできない」といった考慮があったとされている。一方、イギリスの2010年平等法(EA2010: Equality Act 2010)の26条1項における定義は、年齢・障害・性同一性障害・人種・宗教または信条・性・性的指向といった保護特性を核とするものであるところ、かかるような発想は、ドイツの一般的平等取扱法(AGG: Allgemeines Gleichbehandlungsgesetz)の3条3項と類似するものと指摘し得る(そもそも規定本体の文言も類似している)。いずれも欧州指令を背景としつつ立法がなされているために、そうした類似が生じているものと言い得る。ところで、各国におけるハラスメントの定義ないし概念において、一定程度共通していることとして、以下の3点を指摘できる。まず、一定の継続性ないし反復性を要するとしている点である。次に、被害者にとっての職場環境の悪化といった結果の発生も、各国のハラスメントの定義ないし概念において一定程度共通している点である。そして、尊厳を侵害するといった点も、各国のハラスメントの定義ないし概念に関し一定程度共通するところとなっている。
  3. 各国においては、被用者や労働者のみならず、求職者や採用予定者等についても、一定の枠組みで保護が図られている。また、第三者からのハラスメントに関しては、イギリスにおいて以前規定があったところ現在は削除されている(とはいえ、今後、新たに規定が設けられる可能性が高い)。一方、アメリカにおいては、一定の場合、使用者に損害賠償責任がある。また、フランスにおいては加害者に顧客も含まれ得るとされているところ、第三者ないし顧客からのハラスメントについての各国の対応はまちまちである。
  4. 各国において、基本的には裁判所の利用が、紛争解決・履行確保のための主な手段となっているものといえる。また、各国においては、行政機関も紛争解決・履行確保につき様々な形で役割を担うところとなっている。
  5. 各国における規制の効果・対応の実績については、直接的なデータが不足しており、状況を確実に捉えることは難しい。各国、それぞれ様々な方法で規制を試みているところとなるが、その効果のほどについては必ずしも明らかでない。
  6. 各国では、様々な課題が生じるところとなっている。イギリスでは、労働(雇用)法分野、すなわち職場におけるハラスメント対策に特化した制定法が労組等各種団体により求められているが、実現には至っていない。アメリカでは、断片的な法令による対処がなされており、規制の実効性を欠く状況となっている。ドイツでは、裁判によるモビング(日本のパワーハラスメントとほぼ同様の概念)救済が困難であるとの認識のもと、他の手段の活用が模索されるという状況になってしまっている。労働法分野において明確かつ詳細な条文を有するフランスにおいても、それにより事態が解決したわけではない。その解釈を巡って様々な議論が生じており、条文化はステップの一つに過ぎないことを示すところとなっている。

政策的インプリケーション

  1. 一定の保護特性ないし保護属性といった事由を予め定めておき、それに係るハラスメントを規制するというような法的方法が、イギリス・アメリカ・ドイツにおける各制定法で採られている。かかる法的方法は、どういった特性が保護されるべきかクリアにし、当該特性に係るハラスメントが規制されるという分かりやすさを有するものであって、一定の示唆を与え得るものと評価できる。
  2. 上述したような法的方法、すなわち、一定の保護特性ないし保護属性といった事由を予め定め、それに係るハラスメントを規制するという法的方法が採られる場合において、ハラスメント概念は、それら ① 保護特性等に関連し ② 被害者の尊厳を侵害し ③ 被害者にとって好ましくない一定の環境を創出するものなどとして構築されている。保護特性等を用いる法的方法の他にも、各国は様々な法的方法を有するところとなっているが、ハラスメント概念について特徴的なのは、一定の継続性ないし反復性を要するとしている点であり、これは各国で一定程度共通していることとして指摘することができる。
  3. 各国では、ハラスメントにつき様々な法制が設けられているが、基本的には裁判所の利用がハラスメントに係る紛争についての主な解決手段となっており、行政機関も様々な形で役割を担うところとなっている。しかし、ハラスメントについて、万全の状況にある国は存在しないかのように思われる。ハラスメントについての明確かつ詳細な条文が労働法典に存在するフランスの状況は一見かなり整った状況にあるようにも思われるが、条文が存在するがゆえ、その解釈をめぐり様々な議論が生じてしまっているという状況にあり、混乱が生じているようにも見受けられる。そうすると、条文を設け法制を整えることは必ずしもハラスメントの解決に直結するものではないという経験が示されているものといえ、フランスにおける状況は、法的な文脈での一定の限界を示唆しているものといえよう。結局のところ、ハラスメントについては、各国における法制を参照しても、必ずしも当該問題を解決に導く明確な最適解は存在しないようにも思われる。しかし、各国が多々の模索をなし、様々な法制を設け、裁判例も積み重なる中、ハラスメント概念あるいはさらに進んで要件論的な文脈において、示唆が全くないわけではない。ともあれ、ハラスメントについて確かな対処をなし、それを根絶に近い状態にさせるのは法的な文脈のみでは困難であるように解され、他分野との協働がキーになるものと思われる。

政策への貢献

厚生労働省をはじめ、各種政府会議で資料として活用されることが期待される。

本文

研究の区分

課題研究「諸外国におけるハラスメント規制に関する研究」

研究期間

令和2~3年度

執筆担当者

滝原 啓允
労働政策研究・研修機構 労使関係部門 研究員
藤木 貴史
帝京大学 法学部 助教
原 俊之
明治大学 法学部 講師
細川 良
青山学院大学 法学部 教授
濱口 桂一郎
労働政策研究・研修機構 労働政策研究所 所長

関連の研究成果

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