ディスカッションペーパー 23-04
看護師、介護職員、保育士、幼稚園教諭を対象とした処遇改善事業の有効性の検討に向けて―先行研究レビューを手がかりとして

2023年4月19日

概要

研究の目的

看護師、介護職員、保育士、幼稚園教諭を対象とした処遇改善事業の有効性について、離職に関する先行研究サーベイから検討する。

研究の方法

文献サーベイ

主な事実発見

本稿の目的は、看護師、介護職員、保育士、幼稚園教諭(以下、医療・福祉・教育サービス職種)を対象とした処遇改善事業の有効性について、離職に関する先行研究サーベイから検討することにある。具体的には、医療・福祉・教育サービス職種の離職理由に賃金があるのかどうか、同職種について、賃金による離職抑制効果が見られるかどうかを検討する。加えて、先行研究レビューの結果を、今後実施予定のヒアリング調査に活用することも検討する。

上記4職種が提供するサービスに対するニーズは、今後も高まることが予想されているが、サービスを提供する人材は不足している。有効求人倍率や充足率を確認すると、いずれの職種も職業計に比べ、有効求人倍率は高く、充足率は低い状況にある。

医療・福祉・教育サービス職種については、継続的な賃上げを目的とした処遇改善事業が行われてきた。この処遇改善事業には2つのタイプがある。1つ目は、事業所に処遇改善方法の決定を委ねる事業、2つ目は、処遇改善事業の提供を受けるために、一定の要件を満たすことが求められる事業である。1つ目の事業の特徴は、具体的な処遇改善方法(対象者の範囲と具体的な処遇改善額の決定など)の決定を事業所に委ねることにあり、2つ目の事業の特徴は、事業の適用を受けるための要件を設定し、より多くの要件を満たせば、より多くの補助金が支給されることにある。どちらも対象職種の賃上げを目的としたものであるが、2つ目の事業には、人事制度や職場環境等の整備、キャリアアップの仕組みの導入等が含まれている。処遇改善事業には、継続的な賃上げという目的だけでなく、人材を定着させるという狙いがあると考えられる。

ただし、医療・福祉・教育サービス職種は、先行研究によって、報酬などにより経済的に動機付けされるとは限らないことが指摘されている。処遇改善事業によって、賃上げを行っても、人材が定着するとは限らない。加えて、管見の限りでは、処遇改善事業の効果を分析した先行研究は、分析対象が介護職員に限定されていること、その分析は処遇改善事業によって、介護職員の賃上げが行われたかどうかに焦点が当てられており、その結果、人材が定着したかどうかについては分析を行っていないという現状である。

ここに、人材の定着という観点を含め、処遇改善事業の効果を検証する必要性が生じる。ただし、この点については、今後実施予定のヒアリング調査を通じて検証を行うことにしている。そこで、本稿では、先行研究レビューを通じて、可能な限り、処遇改善事業によって、賃上げのみならず、離職が抑制されるのかどうかを検討している。

1.離職率の推移と賃金水準の推移

処遇改善事業実施以降の医療・福祉・教育サービス職種の離職率の推移と賃金水準の推移を確認する。図表1は、医療・福祉・教育サービス職種(幼稚園教諭を除く)の離職率の推移を示している。これによると、介護職員は2013年から、保育士は2014年から離職率が低下傾向を示していることがわかる。その一方で、看護師の離職率には低下傾向は見られない。介護職員には2012年度から、保育士には2013年度から処遇改善事業が行われており、ここに処遇改善事業の効果が出ている可能性が考えられる。なお、看護師に処遇改善事業が行われるのは2022年からである。看護師については、処遇改善事業の効果は見られない。

図表1 医療・福祉・教育サービス職種の離職率の推移(2011年~2021年、%)

図表1画像:医療・福祉・教育サービス職種の離職率から、各職種の人材の定着状況を確認する。

出所:厚生労働省『雇用動向調査』(各年版)および公益社団法人日本看護協会『調査結果』(2018年・2021年・2022年)、厚生労働省『社会福祉施設等調査』(平成24年~令和元年)、公益財団法人 介護労働安定センター「令和3年度『介護労働実態調査』結果の概要について」より作成。

注1.幼稚園教諭については、データが得られなかったため除外している。

注2.看護師と保育士の離職率のデータは正規職員である。介護職員の離職率は、訪問介護員と介護職員の2職種をあわせたもので、非正規労働者(有期雇用者)を含む。訪問介護員とは、介護保険法の指定を受けた訪問介護事業所で働き、高齢者等の家庭を訪問して家事などの生活援助、入浴などの身体介護を行う者を指し、介護職員とは、訪問介護以外の介護保険の指定介護事業所で働き、直接介護を行う者を指す。

図表2の医療・福祉・教育サービス職種の賃金水準の推移を確認する。図表2のデータは、2012年の賃金構造基本統計査の「きまって支給される現金給与総額」(一般労働者、10人以上、男女計、学歴計)を分母とし、それ以降の各職種の現金給与総額を除した数値である。2012年の金額を上回る場合は、数値は100を超える。

職業計の賃金水準は、2015年から2019年にかけて、102~103%で推移しているものの、2020年に低下し2021年に再び上昇している。各職種の賃金水準を見ると、職業計とは異なる動きをしている。ホームヘルパーと福祉施設介護員は2013年から、保育士は2014年から、幼稚園教諭は2013年から、看護師は2019年から上昇傾向を示している。介護職員には2012年度から、保育士と幼稚園教諭には2013年度から処遇改善事業が行われており、賃金水準の上昇が見られる時期は、処遇改善事業の開始時期とある程度一致する。このことから、この3つの職種については、処遇改善事業によって、賃金は上昇した可能性があると考えられる。

図表2 医療・福祉・教育サービス職種の賃金水準の推移(2012年~2021年、%)

図表2画像:賃金構造基本統計査から医療・福祉・教育サービス職種の賃金水準の推移のデータを作成し、各職種の賃金が上がったかどうかを確認する。

出所:厚生労働省『賃金構造基本統計調査』(平成24~令和3年)より作成。

注.ホームヘルパーと福祉施設介護員については、令和2年から職種の定義が変更されたため、2019年までのデータを取り上げている。

2.先行研究レビューの成果

医療・福祉・教育サービス職種の離職に関する先行研究レビューの成果を整理すると、以下の2点を指摘することができる。

第1に、医療・福祉・教育サービス職種の離職理由の1つに、賃金があげられていることである。医療・福祉・教育サービス職種についても、継続的な賃上げを行えば、離職が抑制される可能性はある。ただし、これらの職種に見られる主な離職理由は、「賃金」以外に、「労働条件」、「人間関係」、「職場環境」、「ライフイベント」がある。継続的な賃上げを行えば、「賃金」を理由とする離職を抑制できるかもしれないが、「賃金」以外の要因による離職は残る可能性がある。

第2に、賃金による離職抑制効果である。医療・福祉・教育サービス職種を対象に、賃金による離職抑制効果に関わる先行研究を見ると、いずれの職種についても、賃金の離職抑制効果を認める研究もあれば、その効果を認めない研究も存在する。したがって、医療・福祉・教育サービス職種に限ってみると、賃金による離職抑制効果があるかどうかについて、結論は得られていないのが現状である。したがって、継続的な賃上げを目的とした処遇改善事業によって、人材の定着が進むとは限らないといえる。

このように、先行研究レビューを通じて、離職理由と賃金による離職抑制効果の2点から、医療・福祉・教育サービス職種を対象とした処遇改善対事業の有効性を検討してきたが、処遇改善事業の効果が見られる余地はあるものの、現段階では、その結論を出すことは困難な状況にあるといえる。

3.ヒアリング調査への示唆

先行研究レビューの成果を、今後実施予定のヒアリング調査への活用を検討する。それが、以下の3点である。

第1に、処遇改善事業の効果を検証した先行研究の課題である。既述のとおり、先行研究が抱える課題は2点ある。1つ目は、先行研究の分析対象が介護職員に限定されていることである。介護職員以外の処遇改善事業の効果は検証されていないため、他の職種を含め、処遇改善事業の効果を検証する必要がある。2つ目は、先行研究の分析上の課題である。先行研究は、処遇改善事業によって、対象職種の賃金が上がったかどうかに焦点を当てているものの、当該職種の人材が定着したかどうかについては分析を行っていない。今後実施予定のヒアリング調査では、実際の処遇改善の実態に加え、人材が定着したかどうかを調査する予定である。こうした分析を行うことができれば、医療・福祉・教育サービス職を対象とした処遇改善事業の効果の検証を進めるだけでなく、賃上げによる離職抑制効果の研究が抱える課題(結論が得られていない)の克服につながるのではないかと考えられる。

第2に、職種別に見られる離職の特徴を活かして調査を設計することである。看護師の離職の特徴は、新人看護師と中堅看護師といったキャリア段階によって、離職理由が異なることにある。介護職員の離職の特徴は、事業所規模や経営主体によって離職率が異なること、全ての年齢層で職場の人間関係を理由とした離職が多いことにある。また、介護サービスは身体に負担のかかる作業が多いことから、介護職員の健康管理の重要性が指摘されている。身体への負担は、提供するサービスの種類やサービス受給者の重症度によって異なると考えられることから、提供するサービスを考慮する必要がある。保育士と幼稚園教諭の離職の特徴は、専門職ゆえに保育観や指導方法の違い、価値観の押し付けに起因するものが多く、それがストレスになり離職につながることが指摘されている。また、幼稚園教諭の離職理由については、公立であるか私立であるかの組織形態による差異が指摘されている。

第3に、事業の特徴を踏まえて調査を実施することである。処遇改善事業には、事業所に処遇改善方法の決定を委ねる事業、処遇改善事業の提供を受けるために、一定の要件を満たすことが求められる事業の2つがある。1つ目の事業については、事業所によって、処遇改善方法は異なることが考えられることから、処遇改善のパターンに応じて、調査対象を選定する必要がある。2つ目の事業については、複数の事業があり、事業によっては、複数の事業の適用を受けている可能性がある。加えて、同一事業でも事業が求める要件にレベルが設定されている。それゆえ、適用を受けている事業数や事業が求める要件の達成状況を考慮して調査を設計する必要がある。

政策への貢献

既存の施策の実施状況の把握及びその評価/EBPM の推進への貢献に活用予定。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」

研究期間

令和4年度

執筆担当者

前浦 穂高
労働政策研究・研修機構 副主任研究員

関連の研究成果

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※本論文は、執筆者個人の責任で発表するものであり、労働政策研究・研修機構としての見解を示すものではありません。

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