ディスカッションペーパー 16-05
生活保護受給者の就労支援の研究
―自己制御理論に基づく求職活動支援の研究からの考察―

平成28年10月24日

概要

研究の目的

本報告では、生活保護受給者等自立促進事業(以下「生保事業」と言う。)におけるハローワークの新たな就労支援メニューの研究開発を目的として、欧米の求職活動支援の研究をレビューし、その理論と技法を検討した。求職活動支援とは、在職者や失業者などを含む求職者を対象として、限られた期間の中で求職活動を進める上でのスキル開発や動機づけの維持・向上を支援する訓練プログラムである。ハローワークでは雇用保険受給者を対象とした求職活動支援セミナーや生保事業における就労支援メニューが該当する。

研究の方法

文献研究

主な事実発見

(1)求職活動支援の研究の流れ

求職活動支援の研究の流れを概観すると、①理論の中心は、1970年代の行動学習理論から1980年代以降は計画的行動理論、社会的認知理論、対処行動理論などの認知理論に移行していく。2000年代以降になると、自己制御の観点から求職活動を概念化する研究が一般的となる。②支援の目的は、就職の可能性を高める効果的な求職行動の学習から、積極的かつ持続的な求職行動のため、背景にある認知や動機づけへの働きかけが中心となり、最近では求職活動の自律性の促進へと発展しつつある。③こういった変化に応じて求職活動支援プログラムも、求職活動に有益な知識とスキルの習得に加え、就職への動機づけの維持・向上のノウハウやストレスへの対処行動の学習などを取り入れようになり、最近では支援対象者自身で感情や行動を制御できるようになる自律性を支援する方向へ向かっている。

(2)求職活動支援の効果

求職活動の支援研究は、一般の求職者から、障害者や公的扶助等の特別な支援を必要とする就職困難者までと広範な対象で行われている。求職活動支援の効果は、公的扶助等の特別な支援を必要とする求職者や、身体的・精神的障害により働く条件が限定される求職者の方が、一般の求職者に比べ、より大きいことが明らかにされている。

(3)生保受給者に求められる自己制御

自己制御理論の観点から生保事業の就労支援メニューを研究する意義は、同事業の支援対象者が求職活動において自己制御を特に必要とすると考えることにある。生保受給者は生活困窮者層であり、その背景には傷病・障害、精神疾患や家庭の事情など様々な問題を単一的、あるいは複合的に抱えていると想像できる。このため、生保受給者は、求職活動や就職に関して制約が多いと推察され、彼らの就職活動や就職の実現には、より緻密な情動や行動の自己制御が求められると言えよう。また、この自己制御は同様な理由により、就職後の定着にも強く求められると考えられる。

(4)求職活動支援の技法

図表1に求職活動支援プログラムを構成する要素を示す。支援対象者が効果的に求職活動を進めるための「スキル開発」と、その活動を継続するための「動機づけの維持・向上」に大別され、前者は「求職活動のスキルの指導」と「自己提示の改善」へ、後者は「自己効力感の助長」、「自発的積極性の奨励」、「目標設定の促進」、「ソーシャルサポートの獲得」、「ストレスマネジメント」へと、合計7種類の基本構成要素に分類される。求職活動の「スキル開発」と「動機づけの維持・向上」は相互に促進し合う関係にあると考えられる。求職活動のスキルが上達すれば、求職活動に取り組む動機づけも向上し、動機づけが向上すれば求職活動のスキルを活用する機会が増え、そのスキルの習熟につながると考えられる。求職活動支援プログラムに「スキル開発」と「動機づけの維持・向上」の両方を取り入れると就職の実現が促進されることが明らかされている。

図表1 求職活動支援プログラムの基本構成要素

図表1画像

(5)自律型求職活動モデル

これまでの求職活動支援の研究では、その支援の効果として求人への応募や職業相談の回数など求職活動の量にのみ焦点が当てられ、その品質が十分に検討されてこなかった。この背景には、求職活動の量が増えると、就職の可能性が高まるという考え方がある。しかし、現実には活動量が増えてもその品質が高くなければ、就職に結びつく可能性は低くなると考えられる。たとえば、どれだけ多くの求人に応募したとしても、そこで提出された履歴書や職務経歴書の品質が低ければ就職の可能性は低くなる。

図表2 自律型求職活動モデル

図表2画像

図表2拡大表示

こういった問題を解決するため求職活動の品質に焦点を当てた自律型求職活動モデルが提出されている。このモデルでは求職活動の工程を、「目標設定」、目標達成のための「計画立案」、その計画に取り組む「目標追求」、一連の工程をふり返る「ふり返り」の4つに分け、この4工程の循環によって「工程品質」が向上するに伴い、求職活動の品質が向上すると考える。求職活動の品質とは、「求職活動の成果が、労働市場の需要側(応募先の求人事業所、職業紹介事業者、書類選考・面接試験の審査担当者、採用の担当者、カウンセラーなど)の期待に添うか、もしくは、その期待以上であるか、という観点から概念化したもの」と定義される。たとえば、支援者が面接試験対策のセミナーで模擬面接における支援対象者の言動を評価する際、需要側である求人事業所の採用担当者の視点で考え、どのように応答すれば彼らの期待に応えることができるのか、という判断基準で行う。自己制御の考え方からすると、支援者が需要側の視点を伝えるだけでなく、支援対象者がこういった需要側の視点を取り入れて自身の求職活動をふり返ることができるようになる支援が必要となる。

(6)ハローワークでの有効性の検討

労働大学校における自主的参加による課外研修を利用し、ハローワーク職員である参加者44人に、求職活動支援の理論の変遷、求職活動の自己制御理論、そして具体的な事例を交えながら自律型求職活動モデルを説明した。その後、アンケート調査により、現場で同モデルの活用が有効かどうかを聞いたところ、9割程度の参加者が肯定的に評価した。また自由記述式で研修の感想を求めたところ、「求職活動は、やらされるのではなく『自分がやらないといけない』」、「離転職を繰り返す求職者や、一つの職場に定着しない求職者に対しては、自ら考え仕事を探すことの支援は有効だ」、「ハローワークの窓口での相談方法が、このモデルに当てはまるため、自然としている相談がモデルと同様であった」などの回答があった。これらの結果から、研修に参加したハローワーク職員のほとんどが自律型求職活動のモデルの活用が有効であると評価しており、その考え方に違和感のないことがわかった。この背景には、相談者は職業相談の窓口から離れると自身で求職活動を進める必要があることから、ハローワーク職員は相談者が自律的に求職活動を進めることができるように、日頃から求職者に働きかけている可能性があると考えられる。

政策的インプリケーション

本報告では、生保事業におけるハローワークの新たな就労支援メニューの研究開発を目的として、欧米の求職活動支援の研究をレビューし、その考え方と技法を整理した。

求職活動支援の考え方は、求職活動に有益な知識とスキルの習得に加え、就職への動機づけの維持・強化のノウハウやストレスの対処方法の学習などを取り入れ、支援対象者自身で感情、思考、行動を自己制御する、求職活動の自律性を促す方向へと変化している。また、求職活動支援プログラムを構成する要素は「スキル開発」と「動機づけの維持・向上」を促す働きかけに大別され、求職活動支援プログラムでは両者を取り入れることにより、求職活動の自律性を促し、就職の実現を促進することが明らかにされている。

この求職活動支援の効果は、公的扶助等の特別な支援を必要とする求職者や、身体的・精神的障害により働く条件が限定される求職者の方が、一般の求職者に比べ、求職活動の支援による効果がより大きいことが明らかにされている。

これらのことから、求職活動や就職に関して制約が多いと思われる生保受給者の場合、その就職の実現にはより緻密な情動や行動の自己制御が求められることを併せて考えると、欧米の求職活動支援の研究の知見を利用して、生保受給者を対象とした自律的な求職活動を支援する訓練プログラムの開発が効果的であると示唆される。また、この自己制御は生保受給者の就職後の定着にも強く求められることが想像され、同訓練プログラムは定着対策にも効果を発揮すると考えられる。

今後の課題としては、欧米の求職活動支援プログラムの理論と技法を参考にしながら、新たな就労支援メニューを検討・開発することである。その就労支援メニューを試行し、効果を検証しながら改良を重ね、効果が認められるならば、その普及を目的として、訓練プログラムの実施マニュアルの作成、さらには支援者の養成が考えられる。

政策への貢献

  • 平成29年度業務実施要領(特に就労支援プログラム策定)の改訂の検討に活用される予定。
  • 平成28年度厚生労働省委託事業「生活保護受給者等に対する就労意欲維持・向上技法開発事業」。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「生涯にわたるキャリア形成支援と就職促進に関する調査研究」
サブテーマ「就職・採用実現のためのマッチングとコンサルティングに関する調査研究 」

研究期間

平成28年度

研究担当者

榧野 潤(執筆)
労働政策研究・研修機構 主任研究員
上市 貞満
労働政策研究・研修機構 キャリア支援部門統括研究員

関連の研究成果

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※本論文は、執筆者個人の責任で発表するものであり、労働政策研究・研修機構としての見解を示すものではありません。

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