組合民主化の取り組み
―労働改革 2019

2019年5月1日、労働分野の司法制度および組合の自由・団体交渉に関連する複数の法律で、500近い条文が改正された。改正の中軸は、労働組合の民主化である。実質的な組合改革が実現すれば、メキシコの労働環境が刷新されると期待が寄せられる一方、改正の施行後、一部労働組合からは強硬な反対が起こり、また、全改革導入のための予算不足が指摘されるなど、課題も多く残されている。

組合改革の第一歩

メキシコでは、政府や使用者への協力と労働者のコントロールを引き替えに、組合幹部が権益を得る「代表的労働組合」や、組合活動の実態のない「ペーパー組合」「幽霊組合」が、多くの労働現場を支配してきた。昨年12月に発足したオブラドール新政権は、このような従来の労働組合のあり方に批判的な立場をとっているが、今回の改正は、政権独自の自発的取り組みではない。

国内外の批判を受け、2012年以降、労働法条文からの排斥条項の除外や、憲法上で司法制度の変革を行うなど、労働組合の民主化を目的とした法改正が漸進的に行われてきた(注1)。さらに、2018年9月、ILO・98号(団結権および団体交渉権条約)に批准、同月末、新たな北米自由貿易協定として米墨加協定(USMCA)(注2)が合意に達したところで、国内の法整備に大きな外的圧力が加わった。とくに、USMCAの実現を目指すメキシコに対して、米国とカナダは、国内の労働環境を国際基準に合致させることを協定の批准・発効の必須条件としたため、やや強引とも思われる形で今回の改正が実った。

5月に行われた労働法の改正は、基本的に、組合の民主化・透明化を確実に遂行するため、従来の条文により明確な記述や詳細な施行ルールが加えられたものである。これにより、実質的な組合改革に向け、最初の一歩が踏み出された。

改正のポイント

2019年労働改革の数ある改正の中でとりわけ重要な項目に、連邦労働法・第357条[組合設立の自由]、第365条[組合登録の規定]、第371条[組合規約]、第390条[労働協約の締結・登録]が挙げられる。

第357条は、労働者および使用者が組合を設立する権利と、組合設立の妨害が罰せられる旨が述べられた条項である。改正により、「使用者によって支配された労働組合の設立」や、「労働者を使用者のコントロール下に置く目的で作られた労働組合を支持すること」が、上記の『妨害』として見なされると明記された。また、改正前の第365条条文では、組合登録に必要な書類のひとつが、「組合員の氏名・住所の一覧」とされていたが、これではダミー組合員の作成が容易であった。改正後は、これにCURP(居住者に発効される国民皆登録番号で、全国民の公式ID番号)が加えられ、ダミーや重複が困難になる。これらの改正は、特に御用組合やペーパー組合、幽霊組合の一掃を目的としていると考えられる。

第371条は、組合規約に含まれるべき項目とその内容を定める条文である。改正前は、組合役員の選出に関して、「総会で合意された形式で、間接または直接の秘密投票を行う」と定められていた。改正後は、「直接・個別(personal)・自由な秘密投票」に変更され、そのための「投票手順の作成と手順書に具体的に記載されるべき内容」が記された。また、改正前には「組合役員の任期」は記載を求めるのみであったが、改正後、「任期や再選回数について総会での直接・個別・自由な秘密投票で決定する」および「改正第358条を遵守する(=無期限の任期を禁じる)」が追加された。その他、「協約内容の承認や協約更新の承認のための直接・個別・自由な秘密投票を実行するための手順」も規約内容に加えられた。移行期間として、組合規約の改定は、改正法発効より8カ月以内が期限とされた。この改正は、次の第390条改正と合わせ、組合の様々な決定に各労働者の参加・承認を義務づけており、組合幹部による排他的決定を妨げることとなるため、とりわけ旧来の代表的労働組合が抵抗を示している点である。

第390条は、労働協約の締結およびその公的な登録を定める条文である。改正前は、労働協約が締結された場合、調停仲裁委員会に協約のコピーを提出する」ことが定められているのみであった。改正後は、調停仲裁委員会の後身にあたる「調停・労働登録センター」へ「複数の書類を提出する」ことが定められた。変更のポイントは二つある。まず、最初の労働協約の登録に必要な書類として、「代表性を証明する書類(以下、「代表証明書」)」が加えられたこと、そして、協約の締結または見直し後にその内容について労働者の承認が求められること、である。主な内容はつぎの通り。代表証明書を獲得するためには、労働協約でカバーされる労働者の30%以上の支持があることを証明する書類(CURP記載の労働者一覧を含む)等をもって、調停・労働登録連邦センターに申請を行わなければならない。二つ以上の労働組合が申請した場合は、より多い労働者の支持がある組合に労働協約を締結するための代表性を付与する。代表証明書の有効期限は6カ月。代表証明書を獲得した労働組合は、企業との労働協約締結または協約の見直し後、その内容について労働者の承認を得るための意見聴取を行わなければならない。意見聴取は、直接・個別・自由な秘密投票の形で行い、当該の労働協約でカバーされる労働者の大多数の支持が得られれば協約が承認される。また、第400条の改正により、2年毎に行われる協約の見直しにおいて、投票を通じて新たに労働者の大多数の支持を得ることが必要となる(注3)。移行措置として、本改正発効から4年以内に、直接・個別・自由な秘密投票による承認を伴った労働協約の見直しを行うこと、また、労働者への意見聴取の手順を新法に適合させる期限は1年とされた。この改正により、従来よりも労働者が度々組合の決定(投票)に参加するため、企業側にも労働時間の減少という意味での負担が生じると言われる。

その他、2017年の憲法改正で大筋の決定がされていた(注1を参照)、「調停仲裁委員会」から「調停・労働登録センター」への移行、および「労働裁判所」の設置についても、連邦労働法に反映され、具体的な規定や移行期限等が定められた。移行期限は「調停・労働登録センター」については2年、「労働裁判所」については4年とされた。

なお、その他の改正内容には、労働組合との関係だけでなく、企業による労働者の扱い、すなわち、雇用関係や労働環境に対する変更を求めるものもあり、企業側の対応も必要となる。

代表的労働組合は改革に反対

改正後の17日、ドミンゲス労働副大臣は、「メキシコの大半の労働協約は、企業の側に立ち、労働者に最低限の給与と福利厚生を保障するだけの偽物だ。そのような契約をもつ組合は(改正に対して)脆弱で、労働改革が導入されれば恐らく消失するだろう」と発言。さらに「使用者保護の労働協約は、全協約の67%から、地域によっては90%ほどに達する。商業施設やホテルに行き、従業員に質問してみるといい。大抵彼らは労働協約も、組合規約も、組合リーダーも知らない」と指摘する。

メキシコ労働者連盟(CTM)など、長年の政労使協調文化で大きな権力を築いてきた労働組合は、今回の改革に極めて否定的な反応を示している。彼らは、2000年の政権交代までの70年間、一党支配体制を維持した制度的革命党(PRI)から、代表的労働組合として独占的権力を与えられる代わりに、労働者をコントロールし、経済発展に「安定」を提供する役割を担ってきた。このような歴史的背景をもつ労働組合は「官製労働組合」と呼ばれるが、2000年の「民主化」以降もその体質に変化は見られなかった。彼らは今回の改革によって、組合幹部や労働協約の内容に関して「組合が自由な決定権をもてず、組合の自由が犯される」と主張する(注4)。これに対し、労働者全国連合(UNT)などの「独立系労働組合」と呼ばれる非官製労働組合は、一部意見の相違があるものの、概ね今回の改革を「組合の基本的なルールに過ぎない」として支持しており、CTMらの抵抗には批判的である。

新たな統一労働組合連合の形成

2019年2月13日、鉄鋼産業労組トップで、政権与党MORENAの上院議員であるナポレオン・ゴメス・ウルティアを指導者とし、新たな労働組合の連合組織「労働者国際連盟(Confederación Internacional de Trabajadores: CIT)」が発足した。ゴメス氏は、PRIがかつて擁した古い労働運動の形を変え、MORENA党の「新しい組合主義」を作り上げる、という目標を掲げている。発足時には、すでに10の労働者連盟と150以上の労働組合が参加しており、連盟の参加メンバーには、独立系組合の中心的存在であるUNTや労働真正戦線(FAT)、さらに、CTMの地方リーダーなども含まれるという。経済紙エル・フィナンシエロによれば、その目的のひとつは、労働組合の巨頭CTMの絶対的指導者カルロス・アセベス・デル・オルモの勢力や、いくつかの労働組合および使用者連盟を主流から外すことにある。CITは、今後、米労働者連合AFL-CIO、カナダ労組、英国労働党系の労組と同盟関係を結び、国際的なネットワークを構築することを視野に入れている。

改革の実現と次の課題

代表的使用者組織の企業家調整評議会(CCE)やメキシコ経営者連盟(Coparmex)は、労働改革に対して、明暗の側面があると指摘する。組合の民主化や組合費の透明化、調停による労使紛争の早期解決などを評価しつつも、労働者や組合の権利が拡大し、政府の干渉が増大することに対する危惧もある。いずれにしても、CCEが、「労働改革は、国の安定と発展の柱になる」と述べるなど、使用者側からは改革を受入れる姿勢がうかがえる。従って、労組CTMらの抵抗を除けば、労働改革実現に大きな障害はない、とも言えるが、実はすべての改革が導入できるかどうかはいまだ不透明である。労働組合からも使用者連盟からも、改革実行のための予算不足が指摘されているからだ。

この点に関して、国外からの協力や圧力は、改革実現のための後押しとなるかもしれない。去る8月、カナダとメキシコの両労働大臣の会議の場で、USMCAの労働規制にかかる司法制度の改革導入に関して、カナダとメキシコの政府間協力が行われることが発表された。また、7月には、アメリカの議員代表団がメキシコを訪問し、労働改革の導入日程や予算などについて、メキシコ政府高官と話し合いをもち、9月には、民主党議員を中心にアメリカ議会で、今後も労働改革の行方を注視するようにとの提案が行われた。

今回の労働法改革が法律の制定で終わることなく、実質的な改革につながるために、政府レベルでの取り組みは続けられている。また国内では、今回の改革では特に触れられることのなかったアウトソーシングやこれにかかる雇用契約の規制についての改革が必須とみられており、新たな労働改革への動きが始まっている。

参考資料

  • 各種新聞記事、メキシコ連邦労働法、連邦官報(D.O.F.)

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