労働改革は難航、改正法案の国会審議は3月以降に先送り

州知事や労組との話し合いを終え、11月半ば、マクリ大統領の労働・財政・年金・政治・司法におよぶ改革の骨子が確定した。各法案についての国会審議が始まり、まず、年金改革法が12月に国会で承認されたが、算出基準の変更による実質的な減額措置となるため、承認後、首都では大きなデモや暴動が発生した。こうした影響や、労組が合意を反故にするなどして反対機運が高まったため、労働改革法案の審議は3月以降に先送りされることとなった。

90年代以降の経済社会政策の変遷

アルゼンチンは、90年代に国営企業の民営化や貿易自由化などの経済開放政策を推進し高い成長率を達成した。アジア、ブラジルでの通貨危機を契機に90年代末になると経済が低迷し、債務危機に直面したが(2001年末にデフォルト宣言)、通貨安などに支えられ2003年より経済情勢が好転し、2009年まで年平均約9%の成長を続けた。経済回復の途にある2003年に、反新自由主義の姿勢をとるキルチネル政権が誕生し、その人気も伴い、後継には夫人のクリスティーナ大統領が2007年に選挙で勝利した。両政権(各任期:2003-2007、2007-2015)下では、企業の再国有化や公共料金引き下げなどを含む公共投資の拡大、貿易制限を通じた産業保護、年金や子供手当などの再分配を通じた社会政策が実施されながら、経済的にも比較的安定した成長を続けていた(注1)。しかし2011年以降、景気後退、インフレの進行(注2)、主力輸出品の大豆価格の下落や資本逃避などによる国際収支の悪化が目立つようになり、2015年末の大統領選挙によって中道右派政党のマウリシオ・マクリ氏に政権が移譲された。マクリ大統領は、公務員の大量解雇、前政権下で施行された規制(農産品輸出規制、外貨購入規制、輸入規制等)の廃止など、新自由主義的な構造改革を進めている。

こうした経済社会情勢の変化や政権交代に伴い、90年代以降、幾度もの労働法改正が行われた(詳細は別表参照)。もともとアルゼンチンにおいて労働者保護のための労働法と社会保障制度を整備したのは、第二次大戦後に成立したペロン政権である。それを大きく改革したのが1989年に成立したメネム政権であり、同政権下の90年代前半には、複数の有期契約労働の法制化、試用期間の延長、パートタイム契約の導入など、労働分野の規制緩和が進んだ。しかし、政権末期の98年には、これらの柔軟な雇用契約のほとんどが破棄され、新たな改正法(25013法)が成立した。後継のデ・ラ・ルーア政権が行った労働法改革(2000年)によってふたたび雇用関係の柔軟化が進んだが、キルチネル政権は、2004年、労働者保護的な内容に修正するための改正法(25877法)を施行した。このような「行ったり来たりの改革」(国連地域機構CEPAL報告書による)を経た後、現行の労働法は、限定的に労働の柔軟化が進んだ一方、従来の保護主義的な内容が存続している。これには各政権の政策方針だけでなく、強力な労働組合の存在と、彼らと政権との関係が大きく影響していると考えられている(注3)。今回、マクリ大統領が提示した当初の改正草案も、代表的労組CGTとの交渉の結果、複数の重要項目が修正または削除された。

マクリ政権による労働改正法案のポイント

国会での審議が待たれる改正法案は、昨年11月、トリアカ労働大臣と労組CGTのトップらの間で一週間にわたる話し合いが行われ合意に至った。改正案は全130条項あり、内容は多岐にわたる。以下では改正案の主要なポイントを挙げる(注4)

労働の柔軟化

まず、労働の柔軟化として解雇補償金の算出基準(最終年の最大月給与×在職年数)の変更がひとつの争点となっていた。当初案では、残業代や報奨金などの基本給以外の多くの部分を給与ベースから除外するとしていたが、CGTと合意後の法案では、残業代および報奨金(売上ベースなどの毎月のもの)は除外項目から外され、毎月の定期性のない、評価システムに基づく手当および使用者が認めた労働者の支出の補償のみが給与ベースから除外されることとなった。

他にも、パートタイム労働を規定する条項で、「通常の2/3以下の日労働時間」から「通常の2/3以下の週労働時間」への改正があり、日単位から週単位に上限期間が変更されることで企業側の利便性が高められる内容となっている。また、公的職業訓練受講時の就労時間上限の変更がある。現行では、18歳以上の高等教育機関等に在籍する学生を対象とし、就労時間の上限を週20時間までとしているところ、改正案では、対象を学生のみから卒業後一年以内のものまで含め、就労時間上限を週30時間に拡大する。(別表参照)

下請け取引の規制緩和

次に、外注・下請け時の規則(労働法第30条)に対する変更が考えられている。既存の条項は主に、下請け企業に対して労働・社会保障関連の法規順守を要請するなど、元請けの企業に一定の義務を課すものだが、今回の法案で、清掃、警備、機器・設備設置、飲食、緊急医療など企業の補足的業務、及び、人の輸送サービスに対しては、この条項を適用しないとする文言が加えられ、元請け企業の負担の軽減につながっている。ただし、下請け企業に対しては、各人員の契約について、関連する職場の労働組合に通知する義務が追加されている。

労働者保護

一方、法案には、有給の拡大と育児のための時短勤務といった、福利厚生の拡充も織り込まれている。有給の定めとして、現行法では「子供の誕生による有給を2日付与」するところ、改正法案は「子供の誕生または養子の受入れによる有給を15日付与」すると大幅に拡大し、さらに「計画された特定の理由による無給の休暇を30日付与」するとの項目も追加されている。また、4歳以下の幼児養育のための時短勤務を定める条項が新たに加えられる。

雇用労働者区分の明確化

その他の重要な項目として、収入の80%を超えるまたは週22時間以上の労働を一つの事業主・法人に提供している労働者を、労働法の適用対象とする改正が挙げられる。現行の労働法第2条では、①公務員、②家事労働者、③農業労働者が、適用対象外として定められているところ、改正法案では、これらに加え、「収入の80%以下もしくは週22時間以下の範囲で、一個人事業主または一法人にサービスを提供している労働者」を適用除外とする項目が追加されている。これにより、労働法に保護される自営業者と保護されない自営業者の区分が明確化されることとなる。

なお、労組との交渉の結果、最終的な改正法案から除外された主な項目には、労使関係にかかる訴えが可能となる期限の2年から1年への短縮、「時間銀行(Banco de horas)」、育児以外の時短労働、使用者と労働者の権利と義務の平等化、がある。時間銀行とは、平日の時間外労働および休日出勤に対する手当を、通常の金銭的補償ではなく、(実際の残業時間より少ない)時間で支払うというものである。改正法案からは削除されたが、政府としては、産業別の交渉で導入を進めたいと考えている。

昨年10月の議会選で与党は勝利を収めており、マクリ政権としては年内の成立を期待していたはずだが、CGT内部での意見の食い違いや、同政権が推し進める改革全体への反対が強まる中、労働法改革は暗礁に乗り上げている。改正案には労働者に有益と思われるフレキシビリティや権利の拡大が含まれており、それら法案を分割して先に成立させようとの意見もみられたが、上述の規制緩和や、雇用促進を目的とした企業の社会保障負担軽減など、反対の強い項目が不成立に終わると予想され、マクリ政権としては一本の労働法改革として法案の承認を求めたいところだ。

(別表)90年代以降に施行された労働法改正の整理表(PDF:266KB)

参照ウェブサイト

参考文献

  • 宇佐美耕一(2013)「アルゼンチン・クリスティーナ政権の経済・社会モデル」『ラテンアメリカレポート』(アジア経済研究所)
  • 宇佐美耕一(2007)「1990年代におけるアルゼンチンの労働・社会保障改革再検討―競争的コーポラティズムの合意」『新興工業国における雇用と社会保障』(JETRO-アジア経済研究所、研究双書)
  • 松下洋(2003)「アルゼンチンにおける第二世代改革としての労働改革:ネオ・ポピュリズム型改革の限界」『ラテンアメリカにおける政策改革の研究』(神戸大学経済経営研究所)
  • CEPAL (2017) Estudio Económico de América Latina y el Caribe 2017: la dinámica del ciclo económico actual y los desafíos de política para dinamizar la inversión y el crecimiento.
  • Cook, Maria Lorena (2007) The Politics of Labor Reform in Latin America, Between Flexibility and Rights, The Pennsylvania State University Press, University Park, Pennsylvania.
  • Tokman, Víctor E. (2004) Las dimensiones laborales de la transformacion productive con equidad, Serie financiamiento del desarrollo, CEPAL.

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