オンブズパーソンによる職場の苦情処理と問題解決

米国の多くの企業や医療機関、学術研究機関、連邦政府機関などの組織には、オンブズパーソン(オンブズ、オンブズマン)といわれる人たちが職場でさまざまな問題を抱える従業員の相談窓口になり、苦情処理や問題解決にあたる制度(組織オンブズ)がある。「組織オンブズ」は一般的に組織内に設置され、組織の経営幹部から任命される。紛争などが生じた場合、独立的、中立的、非公式な立場から守秘義務をもって問題解決にあたることが任務とされる。増加する個別労働紛争を未然に防止するために、日本でもこの制度をひとつの選択肢として活用できないだろうか 。

労働政策研究・研修機構(JILPT)は2016年11月1日に「職場の苦情処理・問題解決におけるオンブズパーソンの役割」と題する研究会を東京で開催した。国際オンブズマン協会(IOA)の元会長で、現在はアジア開発銀行(ADB)のオンブズ・ディレクターを務めるニコラス・ディール氏が、自らの経験をもとに組織オンブズ の意義や 役割などについて語った。以下はその概要である。

(調査部海外情報担当)


ニコラス・ディール (アジア開発銀行オンブズ・ディレクター)

問題は魔法のように解決しない

写真:ニコラス・ディール氏

写真:ニコラス・ディール

アメリカでは1960年代、社会的に不安定な状況が生じ、大学での学園紛争などいろいろな衝突が起き ていた。その時、大学では事務方と学生とを仲介する役割をする人が求められるようになった。同時期にアメリカのいろいろなコミュニティの中で、紛争を解決するプロセスで、誠実な仲介者(honest broker)が求められるようになってきた。1970年代には大学でオンブズのオフィスが設けられ、草の根の発展を遂げてきたといえる。その後、企業やさまざまな組織がオンブズの制度をとりいれ、職場を改善していくようになっていった。

私は1990年後半から2000年代初めにかけて、ニューヨーク市にある大手金融機関で働いていたが、そこで上司とトラブルになった。意思疎通があまり上手くいかず、その結果、仕事の進め方をめぐって問題がいくつも噴出した。職場の問題の解決を手助けするオンブズの存在を知っていたので、相談することにした。

簡単な解決法は見出せなかったが、友人でもなければ直接の関係者でもない人と話す機会を持ったことは、大きな力になった。会話をするなかで、これから進んでいくべき選択肢が明確になってきた。結局私が選んだのは、職を辞すことだった。この選択は勇気のいるものだったが、現在の仕事への道を切り開いてくれたわけで、今は非常に充実している。

人が交わる場所では、どこでも問題が持ち上がる。それは自然なことだ。問題が大きくなるまで長い間放置しておく職場より、解決を手助けする建設的な方法を見出すことができる職場でありたい。

私の部屋を訪れる人は時に、職場の緊張がもたらす体の不調を訴える。夜眠れないという人が多く、ストレスが深刻な状態で医師の診察が必要なケースも稀ではない。また、従業員が仕事の問題を配偶者や子どものいる家に持ち込んでいれば、家庭生活に影響が及んでいるかもしれない。

私の経験でも示されたように、問題は魔法のように解決するわけではない。オンブズを利用することで、決して一人で悩んでいることはないと感じることができ、いくつかの現実的な選択肢にたどり着くことができた。実際そのなかから選択し、長い年月を経て、私はいま困難な状況にある従業員を手助けする側にいる。

オンブズパーソンの支援方法

私がいまオンブズパーソンとして勤務する組織では、次のような方法で従業員を支援している。

まず、問題が難しくなるのを防ぐ手助けをすることである。前向きに仕事をできる環境を構築することの利益を考えてみるよう、従業員を促すことに時間を費やす。具体的には、皆に直接説明したり、イントラネットで資料や教育ビデオを見せたりする形をとる。加えて、個人個人に紛争解決の指導を行うとともに、従業員を集めてコミュニケーションや紛争解決についての研修を行うこともある。

管理職に対しては、コミュニケーションのスキルを教える。それから人々が紛争状態、緊張状態にあるとき、どのような行動をとるかといったことを話す。そして大変重要なこととしては、紛争がみられたとき、管理層、マネジャーはいつどのような形で介入していくか、どういった形で建設的な介入ができるのか、といったことをトレーニングする。マネジャーの中にはこういう介入をしたがらない、放っておけば止まるのではと感じている人も多いからだ。

二つ目の方法は、紛争解決への直接介入である。効果的な解決方法を見つけ出すことができるように、一方の当事者を手助けすることも含まれる。

別のアプローチとして、「シャトル外交」と呼ばれる方法がある。対面での話し合いが生産的ではないと両当事者が判断した場合、双方の間を行き来してそれぞれの言い分を伝える手助けをするものだ。

もうひとつは「 ミディエーション(対話推進)」で、生じた問題の解決に向けて、今後どのように進めていくべきか、関係当事者らが集まって話し合う。

どの方法が望ましいかは、その職場の人々の文化規範によることが大きいようだ。例えば、対面での話し合いが事態を悪化させるリスクをはらむ組織 文化もある。そのような場合、シャトル外交の形でオンブズパーソンを利用する方が格段に建設的だ。

オンブズパーソンの仕事として三つめの重要な要素は、体系的にフィードバックすることである。今起きている問題の傾向に基づき 、定期的に、組織の経営陣に提言 を行う。これは組織の方針や手順についての問題を反映したものになる場合もある。問題によっては、安全上の観点から緊急に対応しなければならない。

例えば、危険薬品が不適切に処理され、流されていると従業員が確信している現場があった。その従業員はもし自分が問題を指摘した人物だと特定されれば、報復のターゲットにされるのではないかと恐れていた。

オンブズ室では、危険薬品の処理を担当する組織の関係部署すべてに連絡をとり、当該物質の適切な処理について早急に研修を行うこと、薬品廃棄手続全般を対象に監査を実施するよう強く提言 することによって、この問題の解決を支援することができた。

このような包括的なアプローチを採ることにより、声をあげた個人から注意を反らすことができると同時に、それまで報告されていなかった問題が改善できたかもしれない。

成果を上げるために、オンブズパーソンは組織内部の人々と信頼関係を構築しなければならない。信頼関係があれば、オンブズパーソンが担当者を呼び出して薬品廃棄に関して早急に訓練を行うよう求めると、要請を受けた者は提言の背景に重要な目的が存在することが分かっているので、優先してそのことを実行する。

私はこの経験を通じて、オンブズパーソンの機能は独立したものだが、成功は社内に構築した関係に大きく依存するという重要な点に気づくことができた。もしオンブズパーソンが信頼に足る存在で従業員全員の支援者であると見なされなければ、解決すべき問題が生じたときに、真摯に受けとめてもらうことは難しい。反対に、協力的な関係を築ければ、問題の迅速な解決に大いに役立つはずだ。

オンブズ室は保険のようなもの

オンブズパーソンは会社の上級管理職と定期的に会って、従業員の間に生じている傾向についてフィードバックすべきだ。時として、上級管理職はレベルが高くなるほどフィードバックを得ることが難しくなり、従業員が抱える問題から分離されてしまう恐れがある。オンブズは問題についてリーダーが学ぶことのできる、より直接的な手段となりうる。

組織によってはオンブズに任期が設定されている。私の場合、任期は3年で、一度に限って更新でき るが、その後は組織の方針により、いかなる資格でも組織で仕事を続けることはできない。新任のオンブズが組織について学び、公式・非公式の仕組みをいかに舵取りするか本当に理解するのに時間を要するため、任期の設定には欠点もある。一方、会社との関係は最大でも6年を超えることはないと理解することは、任務を遂行するうえで心理的自由を与えてくれる。

アメリカの大学では学部の中で信頼度が高く退官に近い教授が選ばれることもある。こういう人は組織のことをよくわかっていて、上層部にも話しやすい。ある組織ではオンブズマンを二人置いていて、一人は長くその組織で勤めていた教授、もう一人は紛争調停の専門職の人だった。内部で当事者からある程度距離を置いている人か、長くその組織に勤めている人か、外部の専門家か、どういう人が相談者として最適かというのは組織によって異なる。

オンブズ室の存在そのものが組織文化や行動様式に違いをもたらすという話も耳にする。支援やフィードバックを求めることのできる場所が存在するというだけで、一定の安心感が生まれる。オンブズ室は保険証券のようなものかもしれない。日常生活で役割を果たすことはないけれども、なにか問題が生じれば存在感が増す。

経営幹部の理解を得る

オンブズパーソンにはいくつかの公式的な権限が与えられている。それとは別に非公式なレベルで組織のさまざまなレベルの人たちと関係を築き、サポートを得ている。とくに組織の最高レベルの経営層とのよい関係、サポートが大変重要になってくる。それは象徴的なサポートかもしれないが、オンブズが問題を提起した際に、きちんとそれに対応するよう最高レベルの人からきちんとした表明が出ていることが重要になってくる。

オンブズマンに与えられている権限の数は多くはないが、影響力は大きい。さきほどの事例で科学物質を扱う現場で監査を行う公式な権限は与えられてはいなかった。非公式な立場から行ったものだ。オンブズが問題提起したことに、多くの人が動いた結果だと思う。

重要なのは組織の幹部がオンブズの役割をきちんと理解し、オンブズが提起する問題に対応することだ。組織によっては、オンブズの制度が設けられたとしても、表面的にすぎない場合もある。オンブズ制度があるというイメージだけを前面に出しているところもある。それではオンブズが問題解決の役割、機能を果たすことはできない。私たちオンブズパーソンの業務が組織にとっても、組織の幹部にとっても、最高の状況にするために行っているものだということを組織の幹部に理解してもらい、信頼、サポートを得ることが大事だ。

オンブズは「村の長老」

オンブズを利用するうえで従業員、とりわけ管理職に共通する壁は、オンブズに助言を求めることが、その人物の脆弱さや欠陥の表れであると認識されることである。しかし、助言を求めることは役割を果たす能力がないことを意味するのではなく、むしろ人が活動していくうえで正常な形だと考えるべきだ。

かつて私が勤務していた組織では、営業部門の部長が大きなグループを統括していて、頻繁にオンブズと相談していた。さらに部下の管理者にも、同じようにオンブズを活用して、問題が大きくなる前の早い段階で解決できるようにして欲しいと語っていた。このようなオンブズに協力的な発言は大変貴重だ。お陰で、「相談するのは良くないことだ」と捉えるのではなく、オンブズの役割を建設的な経営手法のツールと見る環境が生まれた。

オンブズの役割は歴史的に見て「村の長老」のそれに似ている。オンブズは懸念される問題の解決を手助けする公正な担い手として、皆から信頼される人でなければならない。相手に敬意を払い、思いやりを持ってセンシティブな問題を処理し、提起された問題の当事者となるように、一定の距離を保ちつつも従業員に共感できなければならない。

よく怒鳴る管理職からの相談

他の従業員を管理したことのない人にとって、その任務に伴う大きな責任を正当に評価することは難しい。傍目には、管理職は人に仕事を割り当てるだけで楽なように見えるかもしれない。しかし、ほとんどの管理職にとっては、成果を出しつつ、部下の心身の健康にも注意を払わなければならないという大きなプレッシャーがあるのが現実だ。

200人を超える従業員を統括する管理職と仕事をしたことがある。その人は細かいことに大変うるさい人だった。頻繁にチェックし、自分のやり方に従うよう攻撃的に命令し、度々かんしゃくを起して従業員を怒鳴りつけていた。

この管理職はそのようなやり方が普通であった環境でこれまで仕事をしてきたが、今の職場は労働組合が組織されており、こうした行為は受け入れられない。結局、部下の成績よりも自分の行為が問題となり、成果を上げることができなくなった。

自分の仕事が危機にあることを知ったその管理職はオンブズのもとを訪ねてきた。彼はたとえ自分の行動様式を変えなければならないとしても、―それは実際には大変難しいことだろうが―、なんとか問題を解決しようと固く決心していた。

オンブズをしていると、予期しないような、人の弱さを理解できるようになる。この管理職は大変攻撃的で自信満々の印象を与える人だったが、会話を交わすうちに、朝、職場の駐車場に到着すると、しばしば胃に不調を来たしていたことが分かった。彼がストレスを受けていたこと、またそれがどれほど彼の体に影響を与えていたかということを、部下は全く知らなかった。

数カ月間にわたって、毎週面談を重ねていくうちに、彼の行動は幾分穏やかになってきた。私が提言したのは、あなたのすべての行為をすぐに変えるのではなく、むしろ違うスタイルをゆっくり試していくというものだった。第一段階として、自分で怒りそうになるのが分かったら、文字通りその場を離れる。第二段階として、今度は部下を叱責するのではなく、現状について問いかけるようにする。最終的には、部下や関係者に問題の改善について提言を求める段階まで進んだ。部下は新しいやり方に実に良く反応し、彼はほどなくして積極的なフィードバックを得られるようになった。

このことは彼に部下と上手く仕事を続けていく自信を与えた。怒鳴ることで人をコントロールできるとまだ考えているものの、やり方を変えればより大きな影響力を行使できること、また部下たちからも信頼を寄せられるようになることが実際に示されたからだ。部下は彼の指示に最低限従う状況から、上司の努力を積極的に支持し、成功に貢献するところまで変わった。

深刻なハラスメント・いじめ

ハラスメントやいじめはアメリカでも大変な問題になっている。それは心理的にも身体的にも従業員に大きな影響を与えるので深刻だ。オンブズパーソンとしての経験から考えると、その発生の原因は共通している場合が多いが、対応の仕方は組織が置かれている環境によって異なる。

たとえば、上司と直接解決策を模索する場合もある。多くの場合、残念なことだが、紛争の状況から離れるという選択肢を選ぶ。環境を変えるとか、その問題に直面して解決することを考えずに、問題から自分の身を離してしまう。これは自分の声や意見が組織に与える影響を過小評価しがちなことが背景にある。

それは多文化環境にある組織に多く見られる。自分の行動やコミュニケーションが、意図していたものとは違うものと誤解されることがあり得るからだ。私がいま働いている組織には50以上の国籍を持つ人が働いており、そのようなことがよくある。

オンブズパーソンの役割は、問題を抱える従業員が効果的に解決できる方法を見つける手助けをすることだと思う。問題を抱える人はそのことをどのような方法で表明できるかを知らない場合が多い。どういう選択肢があるのかもよくわからない。直属上司に相談するのがよいのか、もしくは別の上司に相談するのがよいのか、どうしたらよいのかわからないことがよくある。

ハラスメントは問題として新しいものなのか、それとも問題としては長い間存在していたものが、最近になって前面に出てきたものなのか。おそらく長く潜在的に問題であったものが、社会が変わっていくなかで、顕在化してきたのだと思う。

組織の中で多様性、流動性が着目されるようになってきた。移民や、米国内でもさまざまな地域の人が同じ職場で働くようになる。そういった中で生じる紛争解決のためにきちんとした調査が入るようになり、注意も払われるようになり、問題が明らかになってきた。

管理職の役割にも変化が生じてきている。紛争を解決することや部下を守ることがその責務として加わってきていると思う。歴史的にはこういった責任は少なかったのではないか。法的にもそのような責任が出てきていると思う。まだ倫理的義務という段階だが、少しずつ法的義務の方に向かっている。職場でハラスメントを解決することが管理職の役割として加わってきている。

昇進には「人を扱う」能力が必要

非管理職の従業員に目を転じると、他人を傷つけることなく、また声を挙げたことに対して標的にならずに問題を提起する方法に苦悩するケースが多々見られる。

仕事量が不平等だと苦情を訴えにオンブズ室を訪れた従業員3人のグループがあった。問題は、能力がないと思われる従業員が一人いるということだった。周囲はその従業員の通常業務をこなす能力を信用していなかったため、その分の仕事は、すでに過重労働気味だった同僚たちに割り当てられた。一方、その従業員は、私用電話をかけたり、ネット検索をしたり、時間の余裕があった。

写真:ニコラス・ディール氏

写真:ニコラス・ディール

私が多くの集団で観察した現象によると、仕事が平等に課されているときは、互いに助け合い、同じ目標に向かって仕事をするという仲間意識が生まれる。反対に、仕事量に不平等が生じると、人々は混乱する。いったんは人を助けようという空気が生まれるが、いずれ怒りが募ってくる。

そんな中、従業員たちは働いていない人に腹を立て始めた。仕事の不満が個人に向かうようになり、集まりからその人物を締め出す、陰口を叩くなど、職場環境は悪化していった。その職場の従業員は管理職を非常に好ましく思っていたが、この問題を解決する力はないと感じていた。

従業員から要請を受けて、私は管理職と話し合いを持った。その管理職は然るべき成績を挙げていない従業員についての問題を十分把握していたものの、どう対応すべきか悩んでいた。それまで問題が報告されていなかったため、現状がチームに及ぼしている悪い影響に気づいていなかった。

そこで私は管理職が成績不振の従業員を上手く管理するための戦略を構築できるよう手助けをした。他にも、追加の仕事をこなしている従業員の評価を注意深く強化し、この状況を解消するために対策を講じることを約束するという方法もとった。

多くの組織に共通している問題は、従業員の昇進を、指導力よりも技術知識に基づいて行う慣行だ。組織によっては両方とも重視しているところがあり、従業員はチームを率いる責任を与えられる前に、「人を扱う」能力を示すよう求められる。このような訓練は最も重要であり、オンブズは役立ちそうな会合(session)の開催を推奨する。

オンブズパーソンに必要な資質

オンブズパーソンには次のような資質が求められよう。まず、多くのところから信頼、敬意を得られる人材であることが大事だ。次に、組織が行っている業務の内容、目的に関する知識があること。三つ目は組織、グループのダイナミクス、そこでの紛争解決に関する知識があること。四つ目は組織のいろいろなレベルでコミュニケーションがとれる能力があることである。たとえば社長と話したすぐ後に、採用して2カ月にも満たない人と話をすることもあり得る。このように柔軟な形でコミュニケーションをとれる能力が求められる。

相談に来た人の話を忍耐強く聞くことも重要だ。私は相談しに来てくれる人に敬意を持っていることを、目に見える形で示していくようにしている。それは、その人の抱えている問題が自分にとっても重要な問題であると示すことでもある。しっかりと忍耐強く、時間をとって、深く相談者に耳を傾ける。相談に来てくれた人が、「はじめて自分の相談をこんなに真摯に聞いてくれた」と考えるように、しっかりと話を聞いたうえで助言する。忍耐強く聞くことによって、相談してくれる人たちの問題をきちんと理解することができるようになる。

相談の結果、離職してしまった人も、所属していた組織に自分の意見を聞いてくれる人がいたと思ってくれたらいい。そうであれば組織としてもよい組織だったと認めてもらえるだろう。

人事部門との関係

オンブズパーソンとして効果的に仕事をするにあたっては、人事部門からある程度距離を置く一方で、密接な協力関係を築いておくことが重要だ。オンブズパーソンの仕事は人事の仕事をサポートすることだと言える。従業員の間に困難な状況が生じたとき、どのように処理したらよいのかをコーチすることもある。人事の同僚の仕事量が多いときは、対人関係から起こる問題に自分が関わることで、人事の同僚の仕事を軽減してあげている。
組織によって人事の方針、方向性、慣行のようなものは異なるが、それぞれの組織で個人、あるいはチームがどのように業務を行っていくかということのアドバイスもしている。

そこで重要なのは、人事とオンブズが均衡を保つ形で仕事をすることだ。両者が同じ方向を向くことも大切だが、競争関係が生まれてしまうと効率的な業務が行えなくなってしまう。良好な信頼関係を二者間で築いていくことが重要になってくる。仕事内容では「住み分け」も大事だ。オンブズが人事よりよく行えるもある。たとえば経営層や人事に直接携わっていないので、そういう立場からよりよく仕事を行えることがある。一方、人事の行っている仕事で、自分にはできないこともある。

今の職場では毎年人事評価を行っているが、その際オンブズは大変注意深く対応しなければならない。オンブズは公式的な管理プロセスには立ち入らない、介入しない。評価の内容そのものに対して、ある従業員がよい業績をあげたとか、悪い業績だったとか、そういったことは聞いてはいけない。オンブズができることは、評価がきちんと手続にしたがって行われているか、従業員がその手続を理解しているかどうかを見ることだ。

そして、公式な手続が終了した段階で、その結果に基づいて、どういったことをすれば次の年に改善できるのかを考える。上司にとっても、部下にとっても、将来的によりよい方向に改善するよう、相談を受けたり、そのサポートをしたりしている。

文化的背景によって異なる支援方法

オンブズのモデルがどの文化的背景にも適合するものなのかどうか、よく分からない。私がアメリカとフィリピンで働いたときに感じた違いを紹介したい。

一般的にアメリカでは、オンブズ室が設置され、提供されるサービスが周知されると、従業員は個人で内密に約束を取り付けてオンブズパーソンにアプローチする。

ADBに勤務して1年目、フィリピン人の職員は他の集団に比べてオンブズ室を利用することが極めて少ないことに気がついた。ADBは本部をマニラに置いておりフィリピン人職員が大勢いることから、これは問題だった。

なぜこういう事態になっているのか。結論を急ぎたくなかったため、ハーバード交渉調停臨床プログラム(HNMCP)(注1)と共同の調査プロジェクトを立ち上げた。フィリピン人従業員約30名と面談を行い、オンブズ室についての彼らの認識とサービスの使い心地を調査した。

その結果、多くのフィリピン人はオンブズ室を検察官の役割と関連づけていることが分かった。フィリピンには政府の汚職を突き止め訴追する任務を負う「国家オンブズマン」が存在するためだ。ADBのオンブズ室にやって来た職員が失望するケースがあった。その職員は私に「国家オンブズマン」と同じ役割を期待していたのだ。

また、個人でオンブズに接触することに懸念をもつ人もいるようで、より安全な環境として、共通の問題を議論するグループフォーラムの開催を望む兆候も見られた。そこで、オンブズ室はフィリピン人職員を対象にした公開討論会の開催を決め、困難な問題を扱う方法について指導を行った。これはフィリピン人職員が自ら問題を提起してオンブズや同僚から助言を得るチャンスになった。最終目標は、職員にスキルを習得してもらい、今後の相互支援に向けて同僚同士で情報交換ができるように支援することだ。

このようなフォーラムはアメリカのオンブズ制度では一般的でないが、我々の提供するサービスを組織の構成員のニーズや文化規範に合わせてカスタマイズすることは重要である。

日本での導入の可能性

フィリピン人にとって、オンブズは新しい制度だったので、「最初の利用者にはなりたくない」という考えもあったようだ。フィリピン人職員の利用が高まったのは、同じフィリピン国籍の同僚のオンブズの役割が大きかったと思う。センシティブな問題を相談するときは、やはり母国語で話せる相手がいると大変安心できる。

機密、個人情報の厳守をはっきりとさせることも重要だ。今の職場でもオンブズの部屋に入るときは、建物の構造上、他の人に見られないようになっている。オンブズを使った人は、その人の許可がないと他の人に知られない仕組みにもなっている。そのように長い時間をかけて職員の信頼を得ていく。設立から1~5年で組織にすぐ浸透するものではない。

どういう組織でオンブズマンは受け入れられやすいか。アメリカの大学でオンブズの制度がはじまったのは、そこが新しいものを受け入れられる場所だったからかもしれない。

日本のことを考えると、競合他社がオンブズマンの制度を取り入れていると知ったら、自社でこの制度を取り入れられるのかを考える機会になると思う。また、困難な職場環境が長く続いた企業だと、改善の方法を模索しているところもあると思う。そういうところでもオンブズ制度を導入することを比較的考えやすいのではないだろうか。

講師プロフィール

ニコラス・ディール (Nicholas Diehl)

アジア開発銀行(ADB)オンブズ・ディレクター。プリンストン大学、米国国立衛生研究所、米国赤十字社のオンブズパーソンなどを歴任し、2012~13年には国際オンブズマン協会 (International Ombudsman Association)の会長を務める。

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