アジア・外国人労働者受入の制度と実態:シンガポール
人的資源を補う積極的受入れ政策

前ナンヤン工科大学付属調査研究所副部長
チョン・リン・スー

天然資源が乏しいシンガポールの経済は人的資源に大きく依存している。しかしながら、人口規模が約420万と小さく出生率も低下していることから、シンガポール政府は自国民に対しての教育訓練・職業訓練を推進する一方で、外国人がシンガポールで就労することを受け入れるオープンドア政策を常に採り入れてきた。特に高度な技能や資格を持つ労働者はシンガポール経済の競争力を維持するのに不可欠であるという認識のもとで、積極的な受入れが行われている。

雇用許可と労働許可

外国人がシンガポール国内で就労する際には、雇用許可あるいは労働許可を取得しなければならない。前者が企業や投資、熟練労働者など技能を有する労働者を対象としているのに対して、労働許可は一定職種における単純労働を行う労働者に対して発給される。人的資源省(MOM)によると、2005年現在の雇用許可および労働許可の保有者数は約62万人で、その内訳は図表1のとおりとなっている。

雇用許可および就労許可を得て入国する外国人労働者には就労パスが発給される。このうち人材省雇用許可局が発行する雇用パス(Employment Pass)は、業種と月給額によってP(1および2)、Q1、Sの3種類に区分されている。カテゴリー別の月給額は図表2の通り。

雇用許可

  1. Pパス
    専門職や管理職、役員、経営職などいわゆる幹部クラスの外国人労働者に発給されるパスである。Pパスは月給額によってP1パスとP2パスに区分される。
  2. Q1パス
    専門職・管理職など高度技能を有する外国人労働者に対して発給されるパスである。GCEにおけるOレベル()を5つ以上取得などの受給要件がある。
  3. Sパス
    専門性をもつ労働者や技術者など中間レベルの熟練人材へのニーズが高まったことを受け2004年に導入されたパスである。審査はポイント制で行われ、給料、学歴、技能、職種、職歴を含む複数の条件が考慮される。

労働許可

労働許可は、雇用パス取得の対象外となる建設分野、非建設分野、家庭内労働分野における単純労働職種を対象としている。期間は2年間で更新も可能。

  1. 建設分野
    BSC(基本技能証明書)のみを取得している場合、当該労働者は4年間の累積期間を超えて就労することはできないが、SECを取得している場合、当該労働者は最大15年間就労することができる。
  2. 非建設分野
    非建設分野は、サービス業、製造業、町議会管理業務、草刈り業務、および海事分野からなる。サービス業とは、金融業・保険業・不動産業・ビジネス業・運輸業・保管業・通信業・商業(小売、卸売)・地域サービス・社会サービス・個人サービス(家庭内労働者を除く)・ホテル・レストラン・喫茶店・フードコート・その他の認可された飲食施設・発送サービス・配達業・整髪業・美容院を指す。
  3. 家庭内労働分野
    女性の外国人労働者が、家事手伝い、子供や年老いた病人の世話の任務の一端を担うために雇用されている。これらの家庭内労働者は、働くシンガポール人女性を支援し、シンガポール経済と家族の快適な暮らしに貢献している。

図表1:雇用許可・労働許可の保有者数(2005)
図表1

資料出所:人的資源省(MOM)

図表2:カテゴリー別の月給額
図表2

「雇用率」と「雇用税」で需給をコントロール

技術水準の低い外国人労働者の需給は、「雇用率」(Levy)と「雇用税」(Dependency Ceiling)の両制度を運用することでコントロールされている。「雇用率」とは、企業が雇用できる外国人労働者の人数をシンガポール人従業員の人数に基づき制限するもの。業種によって異なる雇用率が設定されており、必要に応じて改定がなされる。「雇用税」は雇用する非熟練の外国人労働者1人につき、一定額の雇用税を雇用主が政府に支払わなければならないとするもの。3カ年の労働許可保持者を除くすべての労働許可保持者が対象となる。雇用税の額は業種により異なる。労働許可が有効である限り、取り消されるまで支払い義務がある。上限を超えた場合、熟練、非熟練にかかわらず労働者1人当たり月500シンガポールドルの雇用税が課される。なお、家内労働分野については、以下の条件において雇用税の減免が認められており、一般家庭の負担を軽減している。業種別の雇用率と雇用税は図表3のとおり。

MOM(人的資源省)が規定する家内労働分野における減免条件

  1. 雇用主または配偶者が、生活を共にしている12才未満のシンガポール市民である子または孫をもっている場合
  2. 高齢(65才以上)のシンガポール人、シンガポール市民である場合
  3. シンガポールの永住者である年配の近親者と生活を共にしている場合

図表3:雇用率と雇用税
図表3

外国人労働者の募集

労働者の雇用を希望する者は、外国人労働者を雇用する前に、就労許可管理者(Controller of Work Permit)に有効な就労許可証を申請しなければならない。建設労働者は、マレーシア、中国、非伝統的送り出し国(Non-Traditional Sources=NTS)、北アジア送り出し国(North-Asian Sourced:NAS)から募集できる。NTS諸国には、インド、スリランカ、タイ、バングラディッシュ、ミャンマー、フィリピン、パキスタンが含まれ、NAS諸国には、香港、マカオ、韓国、台湾が含まれる。中国、NTS、およびNASの労働者は、将来の雇用主が彼らの就労許可を申請している時、シンガポールに滞在していてはならない。これは、シンガポールにやって来る多くの非熟練者が求職するのを防ぐ目的がある。雇用主は、「基本認可(In-Principle Approval)」を取得し、労働者1人当たりにつき5000シンガポールドルの保証金を支払って初めて、労働者を呼び寄せることができる。

サービス分野の会社は、マレーシアとNAS諸国の労働者の募集を認められているが、原則としてNTS諸国の労働者の募集は認められていない。ただし町議会と契約している清掃請負業者は、労働力不足を満たすためにNTS諸国の外国人労働者も雇用することができる。

家内労働については、「外国人家内労働者制度(Foreign Domestic Worker Scheme)」での受入れが認められている。雇用主はマレーシア、フィリピン、インドネシア、タイ、ミャンマー、スリランカ、インド、バングラディッシュなどの承認されている送り出し国の外国人家内労働者を雇用することができる。

製造分野の会社は、マレーシア、中国、NAS諸国の労働者の募集を認められている。製造分野に雇用された労働者は、サービス分野に就労している他の諸国からの労働者と同様に、雇用主の変更は認められない。

就労許可の期間および本国送還

雇用パス(Employment Pass)またはS パスは、初回の申請に対して最長2年の期間に対する発行が可能だ。申請者は合法的に雇用を継続されている場合、各回、3年間の更新を継続できる。雇用パスおよびS パスの保有者に対する雇用期間の上限はない。これらのパスの保有者は、一般的な退職年齢時までシンガポールで働くことができる。しかし、雇用の中止または満了に至った場合、または、シンガポール永住権を取得した場合、雇用パスまたはSパスは取り消されるものとする。これらのパスは、雇用の中止または満了の期日に取り消されたものとみなされる。

外国人労働者の雇用主は、労働者の本国送還に責任を負うことになっている。雇用主がこの義務の履行を保証するために、彼らは、雇用する中国、NTS、NASの労働者1人につき5000シンガポールドルの保証書の作成を求められる。保証は、シンガポール移民局の管理者に支払い可能な銀行保証書、保険保証書、現金、小切手などの形態をとる。保証金は、当該保証書に記載されている条件に違反していない場合、労働者がシンガポールを出国する2週間以内に返済される。

外国人労働者に対する保護

外国人労働者に対しても、シンガポールの労働者と同様に、国内雇用法が適用される。通常、労働許可証保有者の雇用主は、雇用法に明記されている雇用条件を採用することに加え、労働者災害補償の提供の責任、建設労働者として雇用した者に対して「安全性入門コース(Safety Orientation Course)」を受けさせる責任を負う。マレーシア人以外の労働者については、雇用主は彼らの維持費と生活費に責任を負い、適切な住居を提供しなくてはならない。雇用主は、同様に、5000シンガポールドルの保証金を納めなければならず、労働者の最終的な本国送還の費用を負担しなければならない。

一方、家庭内労働者は、雇用法の対象でないため、MOMは、雇用主と外国人家庭内労働者との間の雇用条件に関する書面での取り決めを策定するためのガイドラインを提案している。このガイドラインは完全なものでなく、いずれの当事者も、雇用主と労働者との間で合意可能な他の条件を含めることができるが、外国人家庭内労働者の雇用主は、次の医療面の便宜を提供しなければならない。

  1. 労働者または労働者の近親者を保険金の受取人とし、労働者に10000シンガポールドル以上の個人障害保険を付保する。
  2. 労働者に発生するすべての医療費を負担し、病気の間の十分な休息を保証する。
  3. 労働許可管理者が指示するすべての義務的な検診のために労働者に発生するすべての医療費を支払う。これには6カ月毎の義務的な検診を含む。
  4. 外国人家庭内労働者の雇用主はまた、労働者の維持・生活費に責任を負い、負担する。これらの雇用主は、自己の家庭内労働者に対して安全な労働条件と満足できる宿泊設備を提供する。

シンガポールで働くすべての外国人は、現地の労働者と同様に、労働組合に加入することができ、組合員に付随する便益を享受できる。すべての労働組合員が享受できる社会的な便益の例には、レクリエーション施設の利用、および補助を受けた料金での技能向上コースへの出席その他の特権がある。2002年9月からは、役員の一部代表権を認めるように法律が改正された。労働組合が組織されている会社で働く役員クラスの雇用者のみが、制限された代表権で、それらの会社の一般従業員の組合に加入することができる。外国人労働者の労働組合への加入に関して公表されているデータはない。しかし明らかに、外国人の建設労働者と家庭内労働者らは、サービス分野で働いている仲間とは異なり、労働組合に入っている可能性は低い。これは、言語の問題に加え、彼らの給与が比較的低いことも原因と考えられる。雇用者との争いは当事者間で解決され、それがうまくいかなかった場合、労働者は自己の仲介業者、ボランティア/ボランティアグループ、またはMOMの支援を求めることができる。

外国人受入れに寛容な社会

シンガポール人は国際性の高い環境での生活に比較的に慣れており、外国人の数の増加にあまり気づかないようだ。シンガポール人は、厳しい競争社会に巻き込まれ過ぎており、自分自身の慌ただしい生活に忙殺されている感がある。シンガポール人の大半は、職場や会社の仕組み内の外国人と共に働き、交流することに問題を感じていない。

シンガポールで働いているすべての外国人のなかでも、マレーシア人は、シンガポール社会に溶け込むことにほとんど問題がない人々だ。これは、マレーシアがシンガポールに隣接していること、人種・言語・文化の類似性、そして彼らの多くが教育の一部をシンガポールで受けていることによる。シンガポール人の近親者や友人がいるマレーシア人も珍しくない。しかし、それ以外の外国人労働者については、地域社会に社会的に統合できる外国人も一部いることは確かだが、すべてではない。やはり、生活様式、文化、言語等の問題が、外国人労働者がシンガポールの地域社会に溶け込む阻害要因となっている。

一般的に、雇用パスの保有者は、シンガポールの同好会や団体に加入する傾向があり、そうした場所で、彼らは同じようにシンガポールで働き、生活している同郷の仲間と会い、交流することができる。一方で、とりわけNTS諸国出身の就労許可証の保有者は、大きな集団としてまとまる傾向がある。彼らは、仕事が休みの日には(たいてい、日曜や祝日に)、ショッピングセンターや公園などの公共のスペースのあちこちに集まることが多い。彼らが大勢、シンガポールの一定の場所に集合したことが、ビーチロードのゴールデンマイル・コンプレックスの「リトル・タイランド」やセラングーンロードの「リトル・インディア」を創りだした。オーチャードロードのラッキープラザやその近くの公園は、フィリピン人(主に家庭内労働者として働く)が好むたまり場である。彼らは、日曜日毎にこれらの場所に集合し、自分自身や共通の友人について、また、母国の家族や親類についての近況を交換している。

これらの外国人労働者が同郷の仲間のなかでより安心感を得られるのは、シンガポールが多くの外国人労働者を受入れ、ここに大勢の同郷人がいるという環境要因が大きい。これらのことから、シンガポールにおける外国人労働者は、他国における彼ら(彼女ら)よりも、現地の人々との社会的な統合の必要性を感じることが少ないのかもしれない。

参考

2006年3月 フォーカス: アジア・外国人労働者受入の制度と実態

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