第15次五カ年計画「雇用政策」
―雇用の質・AI活用・社会保障を強化
中国国務院は6月11日、「雇用優先実施戦略『第15次五カ年計画』」(以下、「計画」)を公表(注1)した。2026~2030年において、雇用状況の全体的な安定を確保するとともに、質の高い十分な雇用の実現に向けて、さらなる進展を図る方針を示している。また、十分な就業機会の確保、公平な就業環境の形成、雇用構造の一層の改善などを主要目標に掲げ、都市部の新規就業者数や都市部調査失業率などを含む10項目の主要指標を設定。計画期間中におけるそれぞれの数値目標等を提示している。AIの活用や、プラットフォームワーカー等に対する社会保障の強化なども重視している。
就職難とAIの普及で雇用環境が複雑化
5年前と比べ、中国の雇用を取り巻く環境は一段と複雑化している。労働市場の雇用吸収力が弱まる一方、大学卒業者数は1,270万人と高水準に達し、16~24歳の若年失業率が依然として15%を上回っている。さらに、AI(人工知能)の発展により、一部の職種では代替リスクも高まっている。このため、雇用機会の確保に加え、産業構造の変化に対応した人材育成や職種転換支援の強化が重要な課題となっている。
雇用の安定と質の向上の両立を図る
「第15次五カ年計画」の就業目標からは、雇用の量的安定を確保しつつ、政策の重点を雇用の質の向上へ移していることがうかがえる。「第15次五カ年計画」の主要指標は以下の通りである(表1)。
| 指標 | 2025年 | 2030年 | 年平均 | 属性 |
| 1.都市部の新規就業者数(万人) | 1,267 | ― | 一定規模を維持。各年度の状況に応じて定める。 | 期待目標 |
| 2.都市部の調査失業率(%) | 5.2 | ― | 5.5未満 | 期待目標 |
| 3.全就業者に占める都市部就業者の割合(%) | 65.6 | 68 | ― | 期待目標 |
| 4.労働生産性上昇率(%) | 6.1 | ― | GDP成長率を上回る | 期待目標 |
| 5.労働年齢人口の平均就学年数(学校教育を受けた年数の平均) | 11.3 | 11.7 | ― | 絶対目標 |
| 6.就業者に占める技能人材の割合(%) | 30 | 35 | ― | 期待目標 |
| 7.基本年金保険加入率(%) | 95 | 95以上 | ― | 期待目標 |
| 8.失業保険加入者数(万人) | 24,900 | 25,500 | ― | 期待目標 |
| 9.労災保険加入者数(職業災害補償を含む)(万人) | 30,500 | 34,500 | ― | 期待目標 |
| 10.基本医療保険加入率(%) | 95 | 約95 | ― | 期待目標 |
出所:中央人民政府ウェブサイトより作成
注:期待目標(预期性指标):政府が「この水準を目指してほしい」と示す目標。
絶対目標(约束性指标):政府が責任を負って達成すべき目標。
都市部新規就業者数については、2030年までの一律の数値目標を設けず、「一定の規模を維持し、各年度の状況に応じて設定する」としている。経済情勢や産業構造の変化を踏まえ、弾力的に運用する姿勢を示した。一方、都市部調査失業率については、年平均5.5%未満に抑える目標を掲げ、雇用の安定を政策運営の基本に据えている。また、都市部就業者の割合を65.6%から68%へ引き上げることは、都市化の進展に加え、農業から製造業・サービス業への労働移動を促進する狙いがあると考えられる。
また、技能人材の割合を30%から35%へ引き上げるとともに、労働年齢人口の平均就学年数(学校教育を受けた年数の平均)を11.3年から11.7年へ延ばす目標を掲げている。これらの目標からは、人材育成を強化し、産業競争力の向上につなげる方針がうかがえる。
労働生産性については、「GDP成長率を上回る」と定めている点が特徴である。これは、単に就業者数を増やすのではなく、技術革新やデジタル化、技能向上によって一人当たりの生産性を高め、経済成長の質を向上させることを重視していることを示している。
社会保障分野では、基本年金保険と基本医療保険の加入率を95%前後の高い水準で維持する。一方、失業保険の加入者数は2025年の2億4,900万人から2030年には2億5,500万人へ、労災保険の加入者数は職業災害補償制度の対象者を含め、3億500万人から3億4,500万人へ、それぞれ増やす目標を掲げた。
加入率を高水準で維持しながら加入者数を増やす方針の背景には、フレキシブルワーカー(柔軟な雇用形態で働く者全般を指す)やプラットフォーム就業者など、従来の社会保険制度では対象になりにくかった労働者を制度に取り込む狙いがあると考えられる。
9分野での主な方針
「計画」は、雇用の「安定・拡大」と「質の向上」に向け、以下の9分野にわたる方針を打ち出した(表2)。
| 分野 | 主な内容 |
| 雇用優先のマクロ政策の強化 | 財政、金融、産業、消費、投資、貿易、地域政策と雇用政策の連携を強化する。政策や大型プロジェクトが雇用に与える影響を事前・事後に評価し、「人への投資」やAI発展を通じた雇用創出を促進する。 |
| 産業と雇用の連携強化 | 伝統的製造業や労働集約型産業の雇用を維持する一方、介護、保育、観光、飲食、物流、情報サービスなどの雇用を拡大する。新興産業や未来産業を育成し、新たな職業・職種の創出を図る。 |
| 現代的人材育成の加速 | 全国的な人材需給データ基盤を整備し、大学の学科・専攻や人材育成を産業・地域の需要に適合させる。若者、農民工、失業者などを対象に大規模な職業技能訓練を実施する。 |
| 大学卒業者など若年層の就業ルート拡大 | 求人開拓、就職支援、困窮者支援、権益保護を一体的に進める。百万人規模の若者向け技能向上事業と就業実習ポスト開発計画を実施する。 |
| 農民工、退役軍人など重点層への就業支援 | 農民工の地域間移動や地元での就業を支援し、常住地(居住地)における基本公的サービスの利用を促進する。退役軍人や就職困難者、登録失業者には、就職、職業訓練、起業などの継続的な支援を行う。 |
| フレキシブルワーク・新就業形態の発展 | 配送、配車、ネット商品・貨物輸送、ライブコマース(ライブ配信を活用した商品の販売)などの発展を促し、新たな就業機会を創出する。職業傷害保障や適正な報酬支払いを進め、アルゴリズムの透明性を確保する。 |
| 就業・起業サービスの整備 | 全国を網羅する公的就業支援サービスと統一的な雇用情報基盤を整備する。起業訓練、融資、創業支援を一体的に提供し、人材サービス業の専門化、デジタル化、国際化を進める。 |
| 労働者の権利保護の強化 | 戸籍、社会保障、職称(注1)、人事档案(注2)などによる制度的障壁を段階的に取り除く。最低賃金、労働時間、休暇、労働契約、賃金支払いなどの制度を整備し、社会保険の適用を拡大する。 |
注1:個人の学歴、技術経験歴、職業経験歴などに基づき評価・認定される専門技術職の資格・等級。
注2:国が作成し、所属組織・機関の人事部門で保存される個人情報文書(身上調書)。家族構成や学校での成績、職歴、犯罪歴などを記載している。本人は閲覧できない。
出所:中央人民政府ウェブサイトより作成
伝統産業の雇用維持と新たな成長分野の開拓
産業面では、軽工業、繊維、建設など労働集約型産業の雇用を維持する一方、介護・保育、文化・観光、デジタル経済、グリーン経済などの成長分野で雇用機会の拡大を図る。
「計画」は、産業高度化や技術革新と雇用安定を両立させるため、①新規雇用の創出、②既存労働力の職種転換、③セーフティーネットの強化――という三段階の対応策を示している。
新規雇用の創出では、新興産業、未来産業、新たな業態・ビジネスモデルを育成し、新たな職種や雇用機会を生み出す。
職種転換については、職業訓練事業やAI関連の技能訓練を通じ、技術代替の影響を受ける労働者が新たな職種へ円滑に移行できるよう支援する。
セーフティーネットについては、失業保険の適用拡大、雇用リスク準備金の設置、雇用モニタリング・早期警戒体制の整備などを進め、技術革新の影響が短期間に大規模な失業へ発展することを防ぐ。
産業界と連携した教育・職業訓練
教育面では、全国的な人材需給マッチング・ビッグデータプラットフォームを構築するほか、大学の学科・専攻の再編・最適化を進める。また、現代的な職業教育を発展させ、特色があり、高い教育水準を備えた職業本科大学を整備する。
職業訓練では、「求人需要+技能訓練+技能評価+就業支援」を一体化した支援方式を導入する。サプライチェーンの中核企業が主導し、産業界、教育機関、技能評価機関が連携する人材育成体制を整備するとともに、プロジェクト型や企業の採用需要に応じたオーダーメード型訓練を普及させる。
さらに、「新八級工」と呼ばれる職業技能等級制度を推進し、学歴証書と複数の職業技能証書について、相互認定を進める方針を示している。
AIの雇用創出効果を重視
AIによる雇用創出も重要な柱となっている。「計画」は、AIの応用分野の開拓や技術成果の事業化を通じて、起業機会や新たな職種を創出する方針を示した。さらに、人とAIが協働する新たな働き方を模索するとともに、雇用政策や公共就業サービスの高度化にもAIを活用する。
AIを雇用喪失の要因としてのみ捉えるのではなく、労働生産性の向上や新たな雇用機会の創出につなげる姿勢が特徴的である。一方、AIの普及による業務内容や労働需要の変化に備え、雇用への影響に関する研究やリスクの早期警戒・対応体制を強化する。今後は、企業と学校との連携を強化し、労働市場のミスマッチを解消するため、職務転換に対応したAI関連の教育・職業訓練や就業支援サービスを着実に実施する。
フレキシブルワーカーの社会保障強化
フレキシブルワーカーの規模が拡大するなか、その課題は雇用機会の確保から、雇用の質の向上へと移行している。
具体的な対策として、公的サービスの対象をフレキシブルワーカーへ拡大するとともに、居住地で職業訓練や子どもの義務教育、住宅保障などを平等に利用できるようにすることで、従来の雇用形態との格差是正を図る方針を示している。また、労災保険や職業災害補償制度の適用拡大に加え、住宅積立金制度への加入を支援するなど、フレキシブルワーカーに対する社会保障の充実を推進するとしている。
さらに、ギグワーク(プラットフォーム就業、フレキシブルワーク)市場の規範化・標準化を進めるとともに、求人・職業紹介、職業訓練、起業支援、権益保護などを一体的に提供するワンストップサービス拠点を整備する方針を示した。また、現状ではフレキシブルワークは従来の労働統計では把握が難しいことから、統計制度の整備を進めるとともに、政策立案の基盤となるデータ収集・分析体制の強化を重視している。
注
- 中央人民政府ウェブサイト(国务院关于印发《实施就业优先战略“十五五”规划》的通知
)参照。(本文へ)
参考文献
- 中国政府網、労働報
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